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第29話 看板の落書き
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疲れた。こんな時は、速水の笑顔が恋しくなる。
「竜一さん。もう少しで『かさぶらんか』の前を通過しますが・・停車しますか?」
「ああ・・いや、そのまま通過してくれていい。こんな早朝では、改装業者もまだ『かさぶらんか』には到着していないだろう。オーナの速水が立ち合うとしても、改装業者が来てからだろうからな・・」
「承知しました」
専属運転手は気を利かせて、何時も花屋『かさぶらんか』の前を車で通過してくれる。だが、閉店改装中の『かさぶらんか』で、速水を見かけることはめったにない。花屋『かさぶらんか』が開店すれば、会える回数も増えるだろう。だが、叔父の忠告を無視して速水と頻繁に会う事は、幼馴染の立場を悪くする可能性が高い。
それでも、速水に会いたい。幼馴染が酷い目に遭い、退行状態に陥ったと竜二から聞き胸が痛んだ。速水は未だに親父の囲いから解放されていない。叔父が俺や竜二から速水を遠ざけ、速水を愛人とするならば、叔父自身が速水の心を救うべきだ。それができないというなら、今すぐ速水を解放して欲しい。
速水を保護し病んだ心を癒す事は、親父の長男である俺の義務のはずだ。親父の清一によって、身も心も弱らせ病んでしまった速水に、何もできない今の状況は苦痛以外の何ものでもない・・俺自身が狂ってしまいそうだ。
「竜一さん、店先に速水さんがいますよ!」
「えっ?」
「車を停めますか?」
「ああ、停めてくれ」
「はい、承知しました」
車を店先の少し手前で止めると、俺は運転手に先に帰宅するように命じた。俺に護衛が付いていない事に懸念を示した運転手だが、それでも俺の命令に従った。俺は車が走り去るのを見送った後に、『かさぶらんか』に向かった。速水は一人ではなかった。速水の隣には、護衛の伍代が立っていた。
伍代は、清一の子種で俺とは異母兄弟に当たるが、あまり好ましい人物には思えない。伍代には、元『性奴隷』としての影が見え隠れして、俺の不快感を誘う。その伍代が速水の肩を抱いて、何事か彼に囁いている。その行為は、もはや護衛としての一線を越えている。俺は不快感を抑えることなく、彼らに近づいた。
「伍代、何事だ?」
「あれ、竜一さんじゃないですか?」
「あ、竜一さん!!」
「速水、久しぶりだな?元気だったか?」
「元気だよ!竜一さんは?」
俺が速水に笑いかけると、彼はふわりと笑って伍代の拘束を解くと、俺の前に飛び出してきた。だが、勢いがありすぎた。速水は勢い余って、俺の胸に飛び込む形になった。役得はありがたく頂く。俺をそっと速水を抱き寄せると、伍代に自然と背を向ける形になるように誘導する。
「速水。随分早朝から店先にいるが、何かあったのか?」
「そうなんだよ!!『かさぶらんか』の看板に落書きされて・・参っているところなんだ」
「落書き?」
俺は『かさぶらんか』の看板を見上げた。それはもはや落書きではなかった。明らかに、速水への嫌がらせ行為だ。俺は怒りで震えを感じた。だが、当の本人である速水は、のんびりと口を開いた。
「ね、酷いでしょ?アナルにペニスを突っ込まれた男の落書きって、明らかにオーナーの僕への嫌がらせだよね。はぁー、改装中で防犯カメラも取替中の期間を狙ってやられたから、犯人が分からないんだよね。もうすぐ、看板を撤去してくれる業者が来てくれる予定なんだ」
「確かに悪質だな。犯人に心当たりはないのか?」
速水は少し暗い顔をして、看板から視線を逸らした。
「うーん。『性奴隷』の僕が青山組の組長の愛人になって、偉そうに振舞ってるって思てる人が結構多いんだよね。それに、『ムカデ男』の一件も絡んでるかもしれないし・・」
「叔父は、お前を守ってはくれないのか?お前は武器を手に入れるために、叔父の愛人になったはずだ。その代償も払った。それなのに、叔父は、お前を守り切れていないじゃないか!!」
「え?待ってよ、竜一さん!!ちゃんと守ってもらってるよ、清二さんには。輪姦もレイプもされていないもの!もし、僕が清二さんの保護下になかったら、今頃『性奴隷』の僕はどこかの地下に閉じ込められて、やられまくってたと思うよ?公衆便所として、知らない人間に毎日突っ込まれていたと思う」
「そんな事を俺が許すと思うのか、速水!俺はお前の・・お前の、幼馴染だ。お前が地下で犯される事なんてありえない。誰にもお前に危害を加えさせない。いや、速水は既に『ムカデ男』に傷つけられた。お前を守れなかった俺には、何も言う資格はないかもしれない。それでも・・心から速水を守りたいと思っている」
「竜一さん。うん、ちゃんと気持ち伝わってるよ?ありがとうね」
速水がそっと俺の胸に、顔を埋めてきた。その体が僅かに震えていた。速水がこんなひどい看板を見て、傷つかないわけがない。俺なら、速水がこの看板を目にする前に撤去したはずだ。それを叔父はなぜしない。青山組の組長がこの街で起こった事を、把握していないとは思えない。叔父は、本気で速水を守るつもりなど無いのかも知れない。
なぜ、速水を傷つける。
俺は叔父への怒りを、抑えることができなかった。スマホを取り出すと、叔父に電話を掛けた。しばらく応答がなく、イライラが募る。ようやく電話に出た叔父の声は、のんびりしたものだった。
「おう、竜一。見合いは上手くこなしたか?」
「叔父さん。たとえ青山組の上部組織関係の娘でも、見合い初日にベッドに誘う女なんてありえません。ややこしいことになるのが嫌で、早朝まで何とかベッドに引きずり込まれるのを回避するのに、どれ程苦労したか。オールナイトの映画を見るという、中坊並みの攻防を彼女との間で展開してきました。もう嫌です。これ以上、お見合いは引き受けません!!」
「しかし、組の上層部からお前への見合いの申し込みが多くて、全部は断り切れねーんだよ。お前が、妙に男前なのが悪い。いっその事、お前が青山組を引き継ぐと宣言してくれると、こちらとしても見合いを断りやすいんだがな?上層部の奴らは、青山組を引き継ぐのが、竜一か、竜二なのか、探りばっかり入れて来るしよ。お前が、もし青山組を継がないなら、自分の組に引き抜きたいって組織が多いんだよ。お前は、金儲けの才があるからな」
俺はイライラを募らせながら口を開いた。
「今、俺の胸の中に速水がいます」
「あぁ!?」
突然、叔父の声のトーンが下がる。威嚇の体制に入った叔父に対して、俺は怒りのままに話し出す。
「『かさぶらんか』の看板に卑猥な落書きがされています。その事はご存じですか?」
「伍代から報告が上がっている。それがどうした?」
「貴方が、速水を守らないのならば、俺が幼馴染として彼を貰います」
「おい、ふざけんなよ!!」
「ふざけていません。こんな看板は、速水に見せるべきではなかった。叔父なら、速水が気が付く前に撤去できたはずだ。それをしないとは、随分と『愛人』に対して冷たい態度ですね?それとも、叔父にとっての速水は、親父と同じくただの『性奴隷』でしかないのですか?」
「・・・竜一、速水と電話を代われ」
「竜一さん、清二さんと話しているの?」
速水が不安そうな表情を浮かべたので、なお一層彼を抱きしめた。
「速水を脅すつもりなら、やめてください。叔父さん・・あなたは、俺の父親じゃない。何を気にしているのかは知りませんが、幼馴染の速水との絆を断つように、速水を誘導するのはやめてください。貴方にその権利はないでしょ?」
「速水は俺の愛人だ。そして、青山組の組員のお前は、組長の俺に従うのが当然だろーが?それに、速水は『かさぶらんか』のオーナーとして、これから自立していく。その為には、現実を見るべきだろ。その対策も自身でするべきだ。その為に、護衛に伍代を付けた。あいつなら、速水をうまく誘導して、速水の成長を促せるだろうからな」
「・・・伍代にすべてを任せろと、言いたいのですか?」
「竜一も竜二も、速水に構いすぎだ。奴の成長を妨げていると何故わからない。竜二は、速水を女として囲いたがってるから、まだ心情は理解できる。だが、竜一。お前の事は、よくわからん。速水に対する感情は、幼馴染のそれを超えている。お前も・・速水を抱きたいのか?」
その言葉に、俺は怒りが爆発した。そのまま手にしたスマホを地面に投げつける。そして、こちらを伺っていた伍代に対して、言葉を発していた。
「速水は俺の仕事場に連れていく」
「それは困ります・・竜一さん」
「幼馴染に職場を案内するだけだ。『かさぶらんか』の看板を汚した犯人が見つかるまで、速水は俺が預かる」
「組長を怒らせても、速水さんにはマイナスになるだけですよ?」
「そんな事は分かっている!!だが、今は速水を俺の手元に置きたい。幼馴染を心配することも許されないほど、息苦しい街なら、速水を連れてこの街を出る。青山組は竜二が継げばいい。俺には元々、やくざは向いてなかった。いい機会だ。俺も未来の事をじっくり考えたい」
「竜一さん・・大丈夫?」
俺の心が酷く乱れて不安定になっている。速水は、それを心配しているのだろう。
「この街に馴染めない俺もお前も、血の中で浮き沈みを繰り返していた更紗らんちゅうと変わりはしない。だが、今は、お前も俺も親父の囲いから解放された。互いに、この街を出たってかまわないんだ。お前が共に来てくれるなら、俺はこの街を去ることができる・・速水」
「・・竜一さん」
俺はきつく速水を抱きしめていた。
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