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天下人への道
手取川の戦い 前編
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元亀2年(1571年)2月、謙信は中々落ちない七尾城を孤立させる為、その支城群である熊木城等を次々と落とした。しかし肝心の七尾城は家老の長続連ちょう つぐつららの抵抗で、3月に入っても戦況に変化はなかった。
―――
上杉軍、本陣
「七尾城は思いの外、堅いですね。どう致しますか?一旦引きますか?」
「いや、このまま攻め続けよう。そうすればきっと信長が出てくる。決着をつける絶好の機会だ。」
甘粕景持が遠慮がちに言うと、謙信は顔に笑みを浮かべながら答えた。
岐阜城に送っていた密偵の首が春日山城の門の外に置かれた日以来、謙信は密かに信長への恨みを募らせていた。元々考えていた能登への侵攻を早めたのも信長と決着をつけたいという気持ちの表れであり、その為にもこの七尾城の攻略は必要不可欠であった。
「七尾城は今、家老の続連が実権を握っている。だが同じ家老の遊佐や温井をこちらの味方につける事が出来れば内部から崩壊する可能性もあるし、このまま籠城を続けてもいつか綻びが出来る。いくら堅い守りと言えど、そう長くは持たないだろう。遅かれ早かれ信長に援軍を要請するはずだ。信長が出てくれば後は七尾城の事は捨てて、直接対決といこうではないか。」
そう言うと、謙信は更に笑みを深くした。それを見た景持は気づかれないようにそっと体を震わせた。
上杉謙信という人物はいつも冷静沈着で、余り自分の感情を表に出さないところがあった。強い正義感でこれまでの戦で勝利を収めてきたし、信心深い心で越後の平定を行ってきた。人柄も良く家臣達からの信頼も厚い。
だが最近の謙信は少し変わったように思う。元々将軍である義昭から信長を倒す事を頼まれてはいたが、積極的に戦を行うという事はしてこなかった。それは自国の越後の内政や関東方面への侵攻に忙しかったという事もあったが、将軍をも追放する行動力と何かしらの能力を持っているのではないかという懸念があって先延ばしになっていたのだ。しかし今回の事で痛感した。このまま信長を放ってはおけないと。だから保留にしていた能登への侵攻を決意し、強行したという訳だった。
「さて、信長殿はどう出るのか。楽しみだな。」
謙信は笑顔を消すと、静かにそう呟いた。
―――
七尾城
「続連様、信長様が援軍を寄越してくれるそうです!これで安心ですね。」
「そうか。良かった。いつまで持ち堪えられるか、正直なところ心配であったのだ。」
家来の報告に、続連はホッと胸を撫で下ろした。
堅城の七尾城と言えど、毎日続く上杉軍からの攻撃に消耗は激しかった。ここで信長からの援軍は心強い。続連は数か月に渡る籠城ですっかり痩せこけてしまった頬を上げて笑った。
「北ノ庄城から柴田様の軍もこちらに来ているそうだ。これで圧倒的にこちらに有利になるな。」
「そうですね。」
「続連様!いらっしゃいますか!?」
「何だ、騒々しい。」
その時廊下から慌ただしい声が聞こえる。続連は苛立ちながら障子を開けた。
「遊佐続光が……裏切りました!」
「何だとっ!?」
思わず大きい声が出る。一緒にいた家来も驚きで固まった。
遊佐続光というのは続連と同じ家老だ。元より親上杉派であったから日頃から注意していたのだが、とうとう裏切ったと言う。続連は立ち上がった。
「こうなっては援軍を待っている暇はない。準備をするぞ。」
―――
織田軍
「あ……雨だ。」
頬に落ちてきた雫に気づいて蘭が上を見上げる。最初はポツポツだったその雨は、あっという間に本降りになった。
「不味いな。よし、急ぐぞ。」
「はい。」
信長は馬の尻を勢い良く叩いてスピードを上げた。蘭は落ちないように信長にしがみつく。蘭は信長の背中に額をつけながらテキストに載っていた文を思い出していた。
そのテキストには、手取川が雨のせいで増水していた為に柴田軍のほとんどが溺死したと書いてあった。七尾城は上杉軍により落城するがそれを知らない勝家は秀吉が止めるのも聞かずに手取川を渡ってしまい慌てて撤退するが、上杉軍に追撃されて結局1000人余りの戦死傷者、さらに増水した手取川で多数の溺死者を出す大敗を喫した、と。
(勝家さん……!)
蘭は心の中であの大らかな笑顔を思い出してぎゅっと目を瞑った。
―――
柴田軍
柴田軍は北ノ庄城から出陣して手取川付近に来ていた。雨がさっきより強く降っている。
「柴田殿、信長様が来るまでここで待ちましょう。雨も強くなってきておりますし、無理に進軍しても良い事はありません。」
「何を言っている。信長様の為にもここは手取川を渡って少しでも七尾城の近くに行っておかないといかんだろう。」
「七尾城はもう落ちます。だから我々はここで信長様を……」
「七尾城が落ちるだと?何を寝ぼけた事を言っている。あそこは堅城だぞ?」
「いくら堅城でも三ヶ月も攻撃を続けられたら落ちるのも時間の問題です。それに家老の遊佐は上杉派です。今頃裏切って、内部から崩壊している可能性も。」
「馬鹿を言うな!お前に何がわかる。予知能力でもあるのか。とにかく俺は行くぞ。」
「柴田殿!!」
秀吉が裾を掴むのを無理矢理剝がして勝家が進もうとする。慌てた秀吉は走って勝家の前に回り込んだ。
「どけ!!」
「私は貴方を尊敬しています。姓を羽柴に変えたのは『丹羽長秀』殿と『柴田勝家』殿。この二人のようになりたいと思ったからです。豪快な性格と繊細な話術。忍者も顔負けの密偵力。大胆な行動力と厚い人望。全て持ち合わせている貴方が羨ましく、そして憧れた。信長様には貴方が必要なのです。ここで無理をして貴方に何かあったら、私がここにいる意味がなくなるのです。どうか、どうかお願いします。信長様が来るまで動かないで下さい!」
秀吉はそう言うと勢い良く頭を下げた。それを見た勝家は呆然と立ち尽くした。
今まで秀吉にこんな風に言われた事はなかった。姓を『羽柴』に変えたのは知っていたが、まさかそんな理由があったとは思いもしなかった。
勝家は驚き過ぎて声が出ず、しばらく秀吉の後頭部を眺めていた。
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