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天下人への道
放火魔の正体
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―――
岐阜城、大広間
信長が部屋に入ると、既に来訪者はいた。正座をして頭を下げている。それを横目に見ながら信長は上座に腰を下ろした。秀吉と途中で呼んで合流した蘭も後に続く。
「頭を上げろ。」
「はっ!」
信長が促すと意外と幼い声が答える。ゆっくりと顔を上げる様子を蘭は固唾を飲んで見守った。
「……え?」
上げた頭には白い頭巾が被さっていた。そのせいで顔が良く見えない。信長は眉を顰めた。
「何だそれは!信長様の前で失礼だぞ。脱げ。」
「失礼は承知しておりますが、私は癩病を患っています。それでも宜しいのならば。」
「癩病!?」
秀吉が飛び上がる。蘭もその聞き覚えのある言葉に首を捻った。
(癩病って……確かハンセン病じゃなかったっけ。菌が原因で発症する感染症で、未来では医療が発達してるからほとんど聞かなくなったし感染力は低いとされてるけど……)
秀吉が慌てて信長の腕を引っ張って立たせようとする。その者との距離は少ししか離れていないから移るかと思ったのだろう。しかし信長はそれを制してその場に座り直した。
「構わん。顔を見せろ。」
信長の言葉に目を剝く秀吉と蘭だったが、その者は信長の真摯な視線を受けると白頭巾に手をかけてそれを脱いだ。
露わになった顔はそのほとんどの皮膚が発疹で覆われており、でこぼこしていた。右目が腫れぼったくなっていて唇は若干爛れているようで、信長を含めた三人から思わず溜め息が漏れる。そんな反応を見たその者はすぐさま白頭巾を被り直した。
「一瞬でしたので今ので移るという事はないでしょう。お目汚し、失礼いたしました。」
「……いや、すまなかった。癩病というのは痛みなどはあるのか。」
「いえ、痛みも痒みもありません。ただ右目が少し見え辛いだけで、日常生活に支障をきたす事はありません。しかし人様に移すといけないという事で発症した当初からこの頭巾は手放せませんが。」
表情は見えなかったが軽く笑った気配がして、信長はホッと息をついた。そして気を取り直すように咳払いを一つした。
「それで本題だが、『放火』の力を持っているというのは本当なのか?」
「はい。本当でございます。」
「もしかして一乗谷城から続く不審火はお前の仕業か。」
「はい。」
あっさり頷く相手に、蘭は拍子抜けした顔をした。
「何故そのような真似を?」
「信長様のお役に少しでも立てればと思って、勝手な事だとは思いましたが力を使わせて頂きました。」
「その力はいつからだ。」
「生まれた時からだそうです。物心ついた頃にはあちこちに火を点けて遊んでおりました。」
そう言って可笑しそうに笑う。蘭はまじまじとその者の顔を凝視した。
(どっからどう見てもまだ子どもだよな……10、歳くらいか?)
「そうか。それでお前の名前は?まだ聞いていなかったな。」
「大内吉継と申します。」
「大内っ!?」
思わず大きな声が出る。蘭は慌てて口を押さえた。信長の視線が痛い。
(大内吉継っていったら石田三成と親友で、秀吉が開いた茶会での逸話が有名だよな。)
大内吉継と言えばどのドラマや小説や漫画でも白い頭巾を被っていて、ハンセン病を患っているという設定であった。
ある日秀吉が茶会を開いたのだが、吉継が口をつけた茶碗を病が移るからと誰もが敬遠してその場が白けそうになったところを、石田三成が横から茶碗を奪ってそれに口をつけて茶を飲んだというエピソードがあった事を蘭は思い出した。
(でも何でその大内吉継が自分の力を使って信長を助けてたんだ?)
「それで?何故お前は俺を助けていた?何か魂胆があるのだろう?」
「私の父親は六角の家臣であったのですが、戦で討死いたしました。私と母はその時六角の家を追い出されて今は近江を転々としています。母は少し体が弱くて私もこのような見た目ですので生活はとてもいいものとは言えませんでした。しかし私には『放火』の力があります。金や食べ物をたくさん持っている家を適当に探して火を点け、家の者が着の身着のまま逃げて行った後にそれらを盗んで食い繋いできました。」
「…………」
流石の信長も言葉が出ない。蘭はそんな壮絶な人生を事もなげに言い放つ吉継が若干恐ろしくなった。
「しかしこの手も長くは続きませんでした。誰かが村を放火して回っていると噂が立ったのです。私と母はその村を出て行かざるを得ませんでした。そんな折、信長様が比叡山を焼き討ちにしたという話を耳にし、もしかしたら私のこの能力が信長様のお役に立つのではと思ったのです。そうすればいつかお会いして、私と母を助けてはくれないかと……」
「見返りを期待したという訳か。成程。」
信長はそう言うと、帯の間から扇子を取り出すとそれをパチンと鳴らした。
「いいだろう。お前には今まで世話になった。本願寺の件は正直言うと俺の手で葬ってやりたかったが、他の件に関しては助かったからな。そうだな……サル、お前の下で使ってやってくれ。」
「え?私ですか?」
「あぁ。母親についてはねねの世話役にでもさせろ。体が弱いと言っていたが寝たきりという訳ではないのだろう?」
「はい。」
「よし、決まりだな。早速二人をねねに会わせろ。明日中にだ。」
「……かしこまりました。」
あまり乗り気ではない様子の秀吉だったが信長に命令されれば断る事は出来ない。仕方なく頷いた。
「『放火』の能力を手に入れたとなれば、まさに万人力。これは義昭や上杉との戦に使えるな。」
信長はそう言うと、堪え切れないというように笑みを溢した。
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岐阜城、大広間
信長が部屋に入ると、既に来訪者はいた。正座をして頭を下げている。それを横目に見ながら信長は上座に腰を下ろした。秀吉と途中で呼んで合流した蘭も後に続く。
「頭を上げろ。」
「はっ!」
信長が促すと意外と幼い声が答える。ゆっくりと顔を上げる様子を蘭は固唾を飲んで見守った。
「……え?」
上げた頭には白い頭巾が被さっていた。そのせいで顔が良く見えない。信長は眉を顰めた。
「何だそれは!信長様の前で失礼だぞ。脱げ。」
「失礼は承知しておりますが、私は癩病を患っています。それでも宜しいのならば。」
「癩病!?」
秀吉が飛び上がる。蘭もその聞き覚えのある言葉に首を捻った。
(癩病って……確かハンセン病じゃなかったっけ。菌が原因で発症する感染症で、未来では医療が発達してるからほとんど聞かなくなったし感染力は低いとされてるけど……)
秀吉が慌てて信長の腕を引っ張って立たせようとする。その者との距離は少ししか離れていないから移るかと思ったのだろう。しかし信長はそれを制してその場に座り直した。
「構わん。顔を見せろ。」
信長の言葉に目を剝く秀吉と蘭だったが、その者は信長の真摯な視線を受けると白頭巾に手をかけてそれを脱いだ。
露わになった顔はそのほとんどの皮膚が発疹で覆われており、でこぼこしていた。右目が腫れぼったくなっていて唇は若干爛れているようで、信長を含めた三人から思わず溜め息が漏れる。そんな反応を見たその者はすぐさま白頭巾を被り直した。
「一瞬でしたので今ので移るという事はないでしょう。お目汚し、失礼いたしました。」
「……いや、すまなかった。癩病というのは痛みなどはあるのか。」
「いえ、痛みも痒みもありません。ただ右目が少し見え辛いだけで、日常生活に支障をきたす事はありません。しかし人様に移すといけないという事で発症した当初からこの頭巾は手放せませんが。」
表情は見えなかったが軽く笑った気配がして、信長はホッと息をついた。そして気を取り直すように咳払いを一つした。
「それで本題だが、『放火』の力を持っているというのは本当なのか?」
「はい。本当でございます。」
「もしかして一乗谷城から続く不審火はお前の仕業か。」
「はい。」
あっさり頷く相手に、蘭は拍子抜けした顔をした。
「何故そのような真似を?」
「信長様のお役に少しでも立てればと思って、勝手な事だとは思いましたが力を使わせて頂きました。」
「その力はいつからだ。」
「生まれた時からだそうです。物心ついた頃にはあちこちに火を点けて遊んでおりました。」
そう言って可笑しそうに笑う。蘭はまじまじとその者の顔を凝視した。
(どっからどう見てもまだ子どもだよな……10、歳くらいか?)
「そうか。それでお前の名前は?まだ聞いていなかったな。」
「大内吉継と申します。」
「大内っ!?」
思わず大きな声が出る。蘭は慌てて口を押さえた。信長の視線が痛い。
(大内吉継っていったら石田三成と親友で、秀吉が開いた茶会での逸話が有名だよな。)
大内吉継と言えばどのドラマや小説や漫画でも白い頭巾を被っていて、ハンセン病を患っているという設定であった。
ある日秀吉が茶会を開いたのだが、吉継が口をつけた茶碗を病が移るからと誰もが敬遠してその場が白けそうになったところを、石田三成が横から茶碗を奪ってそれに口をつけて茶を飲んだというエピソードがあった事を蘭は思い出した。
(でも何でその大内吉継が自分の力を使って信長を助けてたんだ?)
「それで?何故お前は俺を助けていた?何か魂胆があるのだろう?」
「私の父親は六角の家臣であったのですが、戦で討死いたしました。私と母はその時六角の家を追い出されて今は近江を転々としています。母は少し体が弱くて私もこのような見た目ですので生活はとてもいいものとは言えませんでした。しかし私には『放火』の力があります。金や食べ物をたくさん持っている家を適当に探して火を点け、家の者が着の身着のまま逃げて行った後にそれらを盗んで食い繋いできました。」
「…………」
流石の信長も言葉が出ない。蘭はそんな壮絶な人生を事もなげに言い放つ吉継が若干恐ろしくなった。
「しかしこの手も長くは続きませんでした。誰かが村を放火して回っていると噂が立ったのです。私と母はその村を出て行かざるを得ませんでした。そんな折、信長様が比叡山を焼き討ちにしたという話を耳にし、もしかしたら私のこの能力が信長様のお役に立つのではと思ったのです。そうすればいつかお会いして、私と母を助けてはくれないかと……」
「見返りを期待したという訳か。成程。」
信長はそう言うと、帯の間から扇子を取り出すとそれをパチンと鳴らした。
「いいだろう。お前には今まで世話になった。本願寺の件は正直言うと俺の手で葬ってやりたかったが、他の件に関しては助かったからな。そうだな……サル、お前の下で使ってやってくれ。」
「え?私ですか?」
「あぁ。母親についてはねねの世話役にでもさせろ。体が弱いと言っていたが寝たきりという訳ではないのだろう?」
「はい。」
「よし、決まりだな。早速二人をねねに会わせろ。明日中にだ。」
「……かしこまりました。」
あまり乗り気ではない様子の秀吉だったが信長に命令されれば断る事は出来ない。仕方なく頷いた。
「『放火』の能力を手に入れたとなれば、まさに万人力。これは義昭や上杉との戦に使えるな。」
信長はそう言うと、堪え切れないというように笑みを溢した。
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