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天下人への道
何者かの意図
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伊勢、大河内城
「様子はどうだ?」
「はい。北伊勢の豪族の一部も一揆に参加して、今は長島城を攻撃している模様です。」
「長島城か……」
そう呟くと、信長は顎に手を当てた。
ここは次男の信雄が養子に入った北畠家の居城の大河内城である。信長の様子を見て信雄が不安そうな顔で覗き込んできた。
「どうしますか?援軍に向かいますか?」
「いや、放っておこう。どのくらいの規模の一揆かわからんが、いずれあそこは落ちる。今から行ったところで間に合わんだろう。それより未だにだんまりを決め込んでいる蓮如が気になるな。本当にこの一揆には関わっていないのか?」
「えぇ。この辺りにいる本願寺の門徒らが勝手に蜂起したようです。痺れを切らしたのでしょう。」
「成程な。蓮如が関わっていないのなら抑え込むのは簡単かもしれん。よし、長島城が落ちたらまた連絡をくれ。俺は一度城に戻る。」
「わかりました。」
信雄が力強く頷くのを確認した信長は、さっと立ち上がった。と、その時蘭が廊下から慌てた様子で走ってきたのを見て眉を顰める。
「何だ、どうした。」
「い、今、秀吉さんから聞いたんですが……長島城の城下が燃えているらしいんです!」
「何だと!?」
一瞬にして顔を険しくした信長と、真っ青になった信雄が揃って蘭の方を凝視する。
「それで!城の者と一揆の連中は?まさか巻き込まれたなんて事は……」
信雄が叫ぶと蘭が息を整えながら言った。
「長島城の人達は一揆が起きたとわかった時には既に城から逃げて散り散りになったそうです。本願寺の門徒達は何人かが巻き込まれて、現場は凄い事になっているみたいです!」
「……またか。」
「え?」
信長がボソッと呟く。蘭が聞き返すと信長は乱暴な仕草で胡坐をかいて座った。
「こう何度も続くと何らかの意図が働いているとしか思えんな。」
「何度もって……火事の事ですか?偶然なんじゃ……」
「偶然が三度も続くと思うか?」
「三度?」
「一乗谷城と小谷城、そして先日の上京と下京と槇島城の事だ。」
「えっ?一乗谷城は義景が自分で火を点けたんじゃないんですか?」
蘭が目を丸くすると、信長はふんと鼻を鳴らした。
「さぁ、それはどうだかな。良く考えてみたのだが、いくら義景が腰抜けでも安全な自分の城に逃げ帰ってきてすぐに火を点けて自害するとは思えない。籠城するにしても諦めるのは早過ぎると思わんか?」
「まぁ……そう言われれば確かに……」
「小谷城もそうだ。市が言うには、長政は最期まで戦うと言っていたそうだ。それが突然本丸が炎に包まれた。そして極め付きがこの間の大火事だ。これは何者かが関わっているとしか思えんだろう。」
「誰かが放火して回ってるって事ですか?一体誰が何の為に……」
「俺が有利になる為に、だろうな。余計な事を……と怒鳴りたいところだが、お陰で被害が最小限に抑えられているのも事実だからな。はっきり言って助かってはいる。」
「味方なんでしょうか?」
「いや、完全な味方という訳でもないな。正体を隠しているところからして。」
「そっか……」
蘭が頭をかきながら信長の隣に収まると、少し落ち着いた様子の信雄も座った。
「何者かの仕業か、はたまた全くの偶然かはさておき、今は一揆の事だな。何人が巻き込まれたか、この後の動きがどうなるのか。信雄、任せたぞ。」
「はい。任せて下さい。」
「俺はこのまま帰る。サルを置いていくから思う存分使え。」
「はっ!」
信雄が頷くと信長は満足そうに微笑んだ。
―――
「勝家、お前は一応長島城の方を偵察に行って来い。」
大河内城からの帰り道、信長は後ろを歩いていた勝家に向かって言った。急遽越後から駆け付けた勝家は少々面食らいながらも頷いた。
「承知致しました。」
一言そう言うと、隊列から離れて自分の軍を率いて長島城の方へ向かって行った。
「さて、行くか。」
「はい。」
信長と蘭は顔を見合わせると、岐阜城へ向けて足を進めた。
―――
「酷いな、これは……」
勝家は長島城に着いた瞬間、こう呟いて立ち竦んだ。城下が燃えていると聞いてはいたがまさか城の方まで火の手が上がっているとは思っていなかったので、燃えている長島城を目の前にして続く言葉が出てこない。しばらくそのまま呆然としていたがすぐにハッと気を取り直すと家来に向かって言った。
「すぐに状況を調べろ。それと門徒の残党がいるかも知れん。気をつけろよ。」
「はい!」
数人の家来がそれぞれ状況を把握しに走って行く。勝家は側の木に寄りかかった。
「一体何が起こっているのだ……」
重い溜め息をつくとそう呟いた。
―――
岐阜城、大広間
信長は帰って来て早々、蝶子を呼び出した。寝ていたのか目を擦りながら大欠伸をする蝶子を蘭が呆れた目で見る。
「何よ、こんな時間に……」
「すまんな。しかし大事な話があるのだ。まず座れ。」
「はいはい。」
仕方なさそうに座るともう一度欠伸をする。蘭は今度はあからさまに溜め息をついた。
「何よ?」
「いや、別に。」
「伊勢で一揆が起こり長島城という城が狙われた。しかも城下が燃えているという。取り敢えず今日は帰って来たが、明日からまた伊勢に向かう。信忠を連れていくからそのつもりでいろ。」
「えっ!?きーちゃん、連れて行くの?」
『信忠を連れて行く』という言葉で一気に目が覚めたようで、驚いた顔で信長を見る。信長は当然という顔で頷いた。
「伊勢の攻略に関しては信忠を総大将にするつもりでいたからな。城下が燃えた事で今回の一揆は恐らく失敗に終わるだろうが、今後どうなるかはまだわからない。しばらく大河内城に俺と一緒に滞在するから、その事を報せる為にわざわざお前を呼び出した。もちろん蘭丸も一緒だ。」
「蘭の事はいいけど、きーちゃんも連れて行くんだ……うん、わかった。でもこれだけは約束して。無事に帰って来る事。いいわね?」
「あぁ。当たり前だ。俺を誰だと思ってる。」
「相変わらず俺様ね。」
蝶子が苦笑すると信長も表情を緩ませる。そんな二人を交互に見ながら蘭は一人、複雑な気分になった。
「話はこれでお終いだ。休んでいるところ悪かったな。」
「目が冴えちゃったわよ。まぁ、きーちゃんが心配で寝れないだろうけど。とにかく気をつけてね。蘭も、ちゃんときーちゃんの事守るのよ。」
「わかってるよ。どこまで力になれるかわからないけど、お前の為になら頑張れるから。」
「まぁ、頼もしいわね。」
さり気無く『お前の為に』なんて言ってみたが、鈍感な蝶子には伝わらなかったみたいでスルーされる。蘭は内心ずっこけた。
(ちくしょー……俺なりのアピールポイントだったのにな……まぁ、いっか。)
そんな事を考えていたら俄に廊下が騒がしくなる。三人は同時に顔を上げた。
「え、何?」
「何かあったのかな。」
「信長様、大変です!勝家様が……」
「勝家がどうした!?」
汗だくで部屋に転がり込んできた家来はその場に膝をつくと神妙な顔で言った。
「長島城からの道中、本願寺の門徒と思われる兵らに囲まれて……」
「そ、それで勝家は……」
「まさか!」
蝶子が口を両手で抑えるとその家来は首を振った。
「すぐに応戦して返り討ちにしたそうなのですが、その時に負傷した模様で……命に係わる怪我ではないとの報告ですが、戻って来るまで時間がかかるとの事です。」
「そうか……無事ではあるのだな。」
「はい。」
「わかった。下がってよい。」
「はっ!」
家来が下がると信長は目を閉じた。
「サル。」
「お呼びですか。」
秀吉が音も立てずに現れる。信長は深呼吸を一つすると命令した。
「今すぐ勝家の所に行ってどのような様子なのか見てこい。」
「承知しました。」
秀吉が頷いて出て行く。蘭は心配そうな顔になって呟いた。
「勝家さん、大丈夫かな……」
「あいつなら大丈夫だ。鋼の体だからな。」
そう言って笑った信長だったがやはり心配なのかその笑顔は少し曇っていた。
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