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包囲網を突破せよ
京の混乱
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岐阜城、蝶子の部屋
「それで?本能寺の変が起こらないようにするにはどうすればいいかって?」
「あぁ。今の光秀さん、何をするかわからない気がして……一応言う事は聞いているけどいつか爆発しないか心配なんだ。」
「そんな事、私に言われてもね……」
蝶子は溜め息交じりにそう言うと、隣で意気消沈している蘭をちらりと見た。
蘭の世界での史実では、信長が天下統一出来なかったのは明智光秀が謀反を起こした事で命を奪われたからである。その理由として挙げられているのが、光秀に対して理不尽な仕打ちや無茶ぶりをしたからだとテキストに書いてあった。信長がその時どんな気持ちでいたのかは想像するしかないが、何故光秀に対してだけそういう態度を取ったのかは謎だ。ただ単に虫が好かなかったからか、他に理由があったのか。どちらにしても光秀に対する信長の態度が本能寺の変に繋がったのは確かである。
ここはパラレルワールドではあるが、蘭のいた地球の歴史とほとんど齟齬は無いという。という事は本能寺の変か、それに類する事件が起こって信長は天下統一目前でその夢を断たれるという事になる。その当事者が光秀だという事は今の状況から見ると確定的だ。本能寺の変が起きるとするならばそれはいつか。どういう状況で起きるのか。そうなると蘭と蝶子はどうなるのか。
他人事とは思えない蘭は、光秀と会った日から毎日のようにこうして悩んでいるのであった。
「まぁ、取り敢えず今のところは将軍との戦いがいつになるのか、だね。向こうが動かなきゃこっちだって動けないんだから。」
「まぁな。信長がぼやいてたよ。体が鈍ってしょうがないって。今日も裏山に行って稽古してるらしいし。」
「最近毎日行ってるね。蘭は行かなくていいの?稽古。」
「出来ない奴は来なくていいってさ。」
「あはは!」
蘭が仏頂面で言うと、蝶子が大口を開けて笑った。そしてすぐに真顔に戻ると言った。
「ねぇ、光秀さんに市さんを会わせてみたら?」
「え?市様を?」
「うん。謀反を起こさないように説得してもらうの。良い考えじゃない?」
「そんなの逆効果だって。まさか今すぐに謀反を起こす気なんてないだろうし、市様にそんな風に言われたら引き剥がされた恨みが再燃するかも……」
「あ、そっか。光秀さんに言ったんだっけ。市さんも光秀さんの事好きだったって。」
「その時は信じてなかったみたいだけど、もし信長が二人の想いを知ってて離れ離れにさせたんだって光秀さんが思い込んだとしたら。それが信長に対する疑心のきっかっけになったとしたら。市様に会わせるのは火に油を注ぐ事になると思う。」
「そうだね。市さんが信長に味方するような事を言えば、光秀さんは頑なになるかも知れないね。う~ん……だったらどうすればいいんだろう。」
「明日突然襲いに来るなんて事はないだろうけどな。俺が光秀さんに会って話をするっていうのも一つだけど、何て言ったらいいのかそもそもわかんねぇし……」
段々語尾が小さくなっていく蘭。蝶子はふうっと息をつくと笑顔を見せた。
「ま、なるようになるって。」
「いいよな、お前は気楽で。」
「あら、気楽くらいがちょうどいいのよ。グダグダ考える前に自分のやるべき事をやる。私は明日またタイムマシン作りするから早く寝ないと。ほら、部屋に帰りなさい。」
「あ?まだ早いんじゃねぇ?」
「いいから、行った、行った。」
「わかったよ……」
背中を押された蘭は渋々部屋を出る。ヒラヒラ手を振る蝶子を恨めしそうに見ながら、自分の部屋へと廊下を進んだ。
―――
京都、御所
「越後から武器や兵が到着し、こちらの準備も整った。これでやっと出陣出来ますね。」
義昭は独り言を漏らすと、立ち上がって開け放たれた襖の向こうの月を見上げた。
武田信玄が死んだ今、信長包囲網をもう一度築けるのは将軍である自分しかいないと覚悟を決めた義昭は、打倒信長を掲げて出陣する為の準備を今日まで整えてきた。しかし今の兵力では心許ないのというのも本音であった。いくら謙信からの援軍がいたとしても信長の兵力には到底及んでいない。そうなるとせっかく挙兵しても籠城するか、降伏するか、死ぬ気で抵抗するかのどれかしか残っていない。もしも謙信に助けを求めて北上してもそこには柴田勝家がいる。そうなるとどうしたらいいのか。色々と考えた挙げ句、義昭はある一つの案を思いついた。
「さて、今から文を出しても間に合うかどうか……いや、いずれにしてもそうするしか道はない。」
義昭はそっと襖を閉めて、溜め息をついた。
―――
岐阜城
「信長様!義昭が挙兵しました!」
自分の部屋で暇を持て余していた信長の元に、秀吉が転がり込んでくる。信長は無言で飛び起きると鋭い視線を秀吉に向けた。
「来たか。よし、行くぞ。」
「はっ!」
秀吉は急いで部屋を出て行った。それを見送った信長は不敵な笑みを口元に浮かべたまま、しばらく立ち尽くしていた。
―――
明智軍
「出てきましたね。どこを根城にするつもりでしょうか。」
「さぁ。取り敢えず私はこのまま追いかけるので、細川殿は二条城の方を頼みます。別動隊がいるかも知れないので。」
「わかりました。お気をつけて下さい。」
「大丈夫ですよ。」
光秀は苦笑すると、細川藤孝の隊と別れて義昭の軍の後をつけ始めた。
「ここは……槇島城か。」
着いた所は義昭の息のかかった槇島城という城だった。光秀はそこで一晩様子を見る事にして陣を張った。
「光秀様、大変でございます!」
「どうした?」
そこへ家来の一人が慌てた様子で駆けてくる。驚いて振り向くとその家来は汗だくになりながら一言こう言った。
「上京と下京が……燃えてます!」
―――
京都には幕臣や幕府を支持する商人などが多く住居する上京と、町衆が住む下京がある。義昭が槇島城に到着したちょうどその頃、上京の片隅から火の手が突然上がり、あっという間に町を飲み込んだ。火は異常な速さで進んでいき、逃げ遅れた人の悲鳴や木がパチパチと鳴る音で溢れ返っていた。
後日、運良く助かった人達は声を揃えて比叡山の二の舞になった。放火したのは信長に違いないと証言したという。
―――
「京が……火の海に?」
「はい!ただの不始末なのか誰かの仕業かはまだわかっておりませんが、とにかく京中が混乱しているようなのです!」
家来の言葉に、光秀の額にも汗がつたう。一瞬逡巡した後、言った。
「今すぐに信長様に報告しろ。もしかしたら……いや、何でもない。とにかく信長様に報せるのだ。」
「わかりました!」
家来が走って行くと光秀は盛大に溜め息をついた。
「まさか……な。」
突如として沸いた嫌な予感を振り切るように、頭を振った。
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