106 / 124
包囲網を突破せよ
京の混乱
しおりを挟む―――
岐阜城、蝶子の部屋
「それで?本能寺の変が起こらないようにするにはどうすればいいかって?」
「あぁ。今の光秀さん、何をするかわからない気がして……一応言う事は聞いているけどいつか爆発しないか心配なんだ。」
「そんな事、私に言われてもね……」
蝶子は溜め息交じりにそう言うと、隣で意気消沈している蘭をちらりと見た。
蘭の世界での史実では、信長が天下統一出来なかったのは明智光秀が謀反を起こした事で命を奪われたからである。その理由として挙げられているのが、光秀に対して理不尽な仕打ちや無茶ぶりをしたからだとテキストに書いてあった。信長がその時どんな気持ちでいたのかは想像するしかないが、何故光秀に対してだけそういう態度を取ったのかは謎だ。ただ単に虫が好かなかったからか、他に理由があったのか。どちらにしても光秀に対する信長の態度が本能寺の変に繋がったのは確かである。
ここはパラレルワールドではあるが、蘭のいた地球の歴史とほとんど齟齬は無いという。という事は本能寺の変か、それに類する事件が起こって信長は天下統一目前でその夢を断たれるという事になる。その当事者が光秀だという事は今の状況から見ると確定的だ。本能寺の変が起きるとするならばそれはいつか。どういう状況で起きるのか。そうなると蘭と蝶子はどうなるのか。
他人事とは思えない蘭は、光秀と会った日から毎日のようにこうして悩んでいるのであった。
「まぁ、取り敢えず今のところは将軍との戦いがいつになるのか、だね。向こうが動かなきゃこっちだって動けないんだから。」
「まぁな。信長がぼやいてたよ。体が鈍ってしょうがないって。今日も裏山に行って稽古してるらしいし。」
「最近毎日行ってるね。蘭は行かなくていいの?稽古。」
「出来ない奴は来なくていいってさ。」
「あはは!」
蘭が仏頂面で言うと、蝶子が大口を開けて笑った。そしてすぐに真顔に戻ると言った。
「ねぇ、光秀さんに市さんを会わせてみたら?」
「え?市様を?」
「うん。謀反を起こさないように説得してもらうの。良い考えじゃない?」
「そんなの逆効果だって。まさか今すぐに謀反を起こす気なんてないだろうし、市様にそんな風に言われたら引き剥がされた恨みが再燃するかも……」
「あ、そっか。光秀さんに言ったんだっけ。市さんも光秀さんの事好きだったって。」
「その時は信じてなかったみたいだけど、もし信長が二人の想いを知ってて離れ離れにさせたんだって光秀さんが思い込んだとしたら。それが信長に対する疑心のきっかっけになったとしたら。市様に会わせるのは火に油を注ぐ事になると思う。」
「そうだね。市さんが信長に味方するような事を言えば、光秀さんは頑なになるかも知れないね。う~ん……だったらどうすればいいんだろう。」
「明日突然襲いに来るなんて事はないだろうけどな。俺が光秀さんに会って話をするっていうのも一つだけど、何て言ったらいいのかそもそもわかんねぇし……」
段々語尾が小さくなっていく蘭。蝶子はふうっと息をつくと笑顔を見せた。
「ま、なるようになるって。」
「いいよな、お前は気楽で。」
「あら、気楽くらいがちょうどいいのよ。グダグダ考える前に自分のやるべき事をやる。私は明日またタイムマシン作りするから早く寝ないと。ほら、部屋に帰りなさい。」
「あ?まだ早いんじゃねぇ?」
「いいから、行った、行った。」
「わかったよ……」
背中を押された蘭は渋々部屋を出る。ヒラヒラ手を振る蝶子を恨めしそうに見ながら、自分の部屋へと廊下を進んだ。
―――
京都、御所
「越後から武器や兵が到着し、こちらの準備も整った。これでやっと出陣出来ますね。」
義昭は独り言を漏らすと、立ち上がって開け放たれた襖の向こうの月を見上げた。
武田信玄が死んだ今、信長包囲網をもう一度築けるのは将軍である自分しかいないと覚悟を決めた義昭は、打倒信長を掲げて出陣する為の準備を今日まで整えてきた。しかし今の兵力では心許ないのというのも本音であった。いくら謙信からの援軍がいたとしても信長の兵力には到底及んでいない。そうなるとせっかく挙兵しても籠城するか、降伏するか、死ぬ気で抵抗するかのどれかしか残っていない。もしも謙信に助けを求めて北上してもそこには柴田勝家がいる。そうなるとどうしたらいいのか。色々と考えた挙げ句、義昭はある一つの案を思いついた。
「さて、今から文を出しても間に合うかどうか……いや、いずれにしてもそうするしか道はない。」
義昭はそっと襖を閉めて、溜め息をついた。
―――
岐阜城
「信長様!義昭が挙兵しました!」
自分の部屋で暇を持て余していた信長の元に、秀吉が転がり込んでくる。信長は無言で飛び起きると鋭い視線を秀吉に向けた。
「来たか。よし、行くぞ。」
「はっ!」
秀吉は急いで部屋を出て行った。それを見送った信長は不敵な笑みを口元に浮かべたまま、しばらく立ち尽くしていた。
―――
明智軍
「出てきましたね。どこを根城にするつもりでしょうか。」
「さぁ。取り敢えず私はこのまま追いかけるので、細川殿は二条城の方を頼みます。別動隊がいるかも知れないので。」
「わかりました。お気をつけて下さい。」
「大丈夫ですよ。」
光秀は苦笑すると、細川藤孝の隊と別れて義昭の軍の後をつけ始めた。
「ここは……槇島城か。」
着いた所は義昭の息のかかった槇島城という城だった。光秀はそこで一晩様子を見る事にして陣を張った。
「光秀様、大変でございます!」
「どうした?」
そこへ家来の一人が慌てた様子で駆けてくる。驚いて振り向くとその家来は汗だくになりながら一言こう言った。
「上京と下京が……燃えてます!」
―――
京都には幕臣や幕府を支持する商人などが多く住居する上京と、町衆が住む下京がある。義昭が槇島城に到着したちょうどその頃、上京の片隅から火の手が突然上がり、あっという間に町を飲み込んだ。火は異常な速さで進んでいき、逃げ遅れた人の悲鳴や木がパチパチと鳴る音で溢れ返っていた。
後日、運良く助かった人達は声を揃えて比叡山の二の舞になった。放火したのは信長に違いないと証言したという。
―――
「京が……火の海に?」
「はい!ただの不始末なのか誰かの仕業かはまだわかっておりませんが、とにかく京中が混乱しているようなのです!」
家来の言葉に、光秀の額にも汗がつたう。一瞬逡巡した後、言った。
「今すぐに信長様に報告しろ。もしかしたら……いや、何でもない。とにかく信長様に報せるのだ。」
「わかりました!」
家来が走って行くと光秀は盛大に溜め息をついた。
「まさか……な。」
突如として沸いた嫌な予感を振り切るように、頭を振った。
.
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた
中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■
無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。
これは、別次元から来た女神のせいだった。
その次元では日本が勝利していたのだった。
女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。
なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。
軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか?
日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。
ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。
この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。
参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。
使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。
表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第13章を夏ごろからスタート予定です】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章は16世紀後半のフランスが舞台になっています。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
はぐれ者ラプソディー
はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
「普通、こんなレアな生き物簡単に捨てたりしないよね?俺が言うのもなんだけど、変身できる能力を持ったモンスターってそう多くはないんだし」
人間やモンスターのコミュニティから弾きだされた者達が集う、捨てられの森。その中心に位置するインサイドの町に住むジム・ストライクは、ある日見回りの最中にスライムが捨てられていることに気づく。
本来ならば高価なモンスターのはずのスライムが、何故捨てられていたのか?
ジムはそのスライムに“チェルク”と名前をつけ、仲間達と共に育てることにしたのだが……実はチェルクにはとんでもない秘密があって。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる