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包囲網を突破せよ
再会
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翌日、蘭は早速市を連れて宇佐山城へやってきた。蝶子の部屋を開けると見知った顔があって思わず立ち止まる。
「あ、あれ?ねねちゃん、どうしてここに?」
「蘭丸さんに市様。ご無沙汰しております。実は信長様にここの近くに城を建てて頂いて、数ヶ月前からそこに住んでいるのです。旦那様は時々しかいらっしゃらないので実質私が城主みたいなものですが。」
そう言って微笑む姿は、蘭が知っているまだ幼かったねねとはイメージがだいぶ違って見えた。秀吉の妻として、そして城主代行として多くの使用人を抱える立場がそうさせたのだろう。蘭は戸惑いながら蝶子に言った。
「時々会ってるのか?」
「うん。こっちから遊びに行く事もあるし、結構頻繁に会ってるよ。信長の奴、私達がこうして会えるようにお膳立てしたみたい。口には出さないけどね。」
そう言って蝶子は悪戯っ子のような顔で笑った。
「取り敢えず座れば?市さんも早く部屋に……ってあれ?その子は……」
まだ部屋に入ってこない市に声をかけると、七、八歳くらいの女の子が市の足にしがみつきながら遠慮がちにこちらを覗き込んでいた。市はちらりとその子を見ると屈みこんだ。
「ほら、自己紹介しなさい。」
「はい……茶々と申します。よ、よろしくお願いします。」
「か、可愛い!ねぇ、市さんの子ども?」
「えぇ。一番上の子です。」
「ずっと会いたいって思ってたんだ。連れて来てくれたんですね。嬉しい!さぁ、早く入って。一緒に遊びましょ。」
「あ……」
「茶々、信長様のご正室の帰蝶様ですよ。いつも文を寄越して下さるでしょう?」
「この方が帰蝶様……お綺麗な方ですね、お母様。」
「やだもう!本当の事言わないでよ。」
赤くなりながら隣の蘭の肩をバシッと叩く。蘭は『うげっ!』と変な声を上げながらその場に蹲った。
「そしてこの方が秀吉さんの奥方のねねさん。お二人とも優しい方だからそう緊張しなくても大丈夫よ。ほら、入りましょう。」
「はい!」
元気よく返事をすると部屋に入って来た。そしてキョロキョロしながら辺りを見回して、ねねの隣に座った市の少し後ろにちょこんと落ち着いた。
「それにしても無事に帰ってこれて本当に良かったですね。……まぁ、何ていうか良かった事だけではなかったですけど……」
蝶子が言葉を詰まらせると、市は笑顔で言った。
「わたしはこの子達がいてくれればそれで十分ですから。長政様は最期まで自分の信念を貫きました。それは武士として当然の事。わたしは誇りに思います。」
そう言い切る市を尊敬の眼差しで見る三人だった。
「あの……私の方からもご報告があるのですがいいですか?」
その時、ねねがそう言って徐に立ち上がる。蘭と市が不思議そうな顔で見上げると、隣の部屋に続く襖を開けて中に入っていった。しばらくして戻ってくると赤ちゃんを抱えていた。まだ一歳に満たないだろう。
「えっ!?その子ってもしかして……」
「いえ、旦那様の子ではありません。私には子が出来なかったので信長様が不憫に思われたのか、ご自分の四男を私達の養子として下さったのです。於次おつぎといいます。」
「そう、だったんだ……」
バツが悪そうな顔で頭をかく蘭を蝶子が睨む。そして言った。
「ねねちゃん、意外と懐が広いんだよ。私なんて最初にきーちゃんを預かるってなった時、信長の事何て酷い奴だって思ったもん。人の子を育てさせるなんて非常識にも程があるって。でもねねちゃんは違った。この子を一目見た瞬間、秀吉さんの後継者として立派に育ててみせるって心に誓ったんだって。凄いでしょ?」
「凄くはないですよ。ただ信長様の大事なお子を任せて頂いたのですから、そのくらいの気持ちでないとこの先やっていけないと思ったのです。でも何せ初めての子育てですから色々とわからない事が多くて。だからこうして大先輩の帰蝶様にお話を聞かせてもらいに来ている訳です。」
「なるほど~、そういう事だったんだ。」
信長が宇佐山城の近くにわざわざ城を建ててねねを住まわせている理由がわかって、蘭は一人納得した。
「そっちこそどうだったの?今回の戦は?」
突然蝶子に振られてビックリしながら、蘭はまだ痛む肩を押さえて答えた。
「うん……中々壮絶だったよ。一乗谷城に続いて小谷城も炎上するんだから。一乗谷城の方は義景が火を放ったんだろうって信長様は言ってたけど、小谷城の方は原因が良くわかっていないんだ。突然爆発音がして燃えたから……」
蘭はちらっと市の方を見る。市は少し顔色が悪いようだったが気丈に言った。
「わたしも燃えた理由についてはわかりません。勝家と逃げようとしたら裏の厨房の辺りから炎が見えて……慌てて走ってその場を離れたので。」
「そうですか……」
蘭が顎に手を当てて難しい顔をする。そんな蘭の様子を見ていた蝶子だったが、気を取り直すように明るい声を出した。
「まぁ、無事にこうして会えたんだから良かったじゃない。これからは市さんとも会えるようになったんだし、ねねちゃんと三人で……ううん、子ども達も合わせて皆で時々遊びましょうよ。」
「そうですね。」
「今度は初と江も連れて参ります。江は於次ちゃんとそう変わらないので遊び相手が出来て喜ぶと思います。」
ねねと市が笑顔で言うと、蝶子もホッとしたような顔になって頷いた。
「なぁ~んか女だけの世界になっているような気がするんですけど……」
「あら、あんたはダメよ。あいつの側にいて暴走を止めるっていう義務があるんだから。」
「止める義務ねぇ~……何か最近の信長様は生き急いでいるっていうか何かに追いかけられているかのようで見ていられないんだよな。戦場での姿は冷酷で残虐で怖いし……普段は前みたいに冗談言ったり笑ったりするんだけど。」
「それは仕方のない事です。天下統一の為、お兄様は心を鬼にしているのですわ。」
「それはそうですけど……」
(でも今の状態って結構危ういんだよな……光秀さんの事とか雨の中の奇襲作戦とか皆が戸惑う事ばかりやるから、皆が変わらずついてきてくれるか正直不安かも……)
そう。いつも信長の側にいる蘭だからこそ、色々無茶をする信長に対する家臣の戸惑いや苛立ちが伝わってくる。信長の最期の舞台となった本能寺の変を知っているから余計にそう思うのかも知れない。その本能寺の変の原因の一つとして、光秀などの家臣に辛く当たったり無下に扱ったりした事が史実として挙げられていたからだ。このままいけば本能寺の変やそれに代わる大きな事件が起きるかも知れない。それを蘭は危惧していた。
「だけど俺がやるしかないんだもんな。信長様を守れるのはこの世で俺だけだから。」
「そうそう、その意気。」
目をキラキラさせる蘭を見つめ、嬉しそうに相槌を打つ蝶子。その二人をねねと市は微笑んで見つめていた。
「それはそうと帰蝶様。わたしが戻って来たからにはまた未来と繋がる事が出来ると思うのですが、如何いたしますか?」
「え?」
「わたしの『共鳴』の力で未来にいるイチさんと連絡が取れるという事です。もし帰蝶様がお望みになられるならわたしはご協力いたしますよ。」
「あ、そっか……市さんが帰って来てくれたって事はイチと連絡が取れる訳だ。言われるまで気づかなかった……」
「俺も……」
二人とも顔を見合わせて複雑な気持ちになった。この世界にきてもう十年以上経っている。最初の頃は早く帰りたくて堪らなかったし、その為に市やねねの協力で未来からタイムマシンを取り寄せた事もあった。でも今は二人ともこの世界にどっぷりハマっていて、森蘭丸と帰蝶として生きている。今更未来と連絡が取れると聞かされてもイマイチピンとこなかった。でも……
「やっぱりイチと話したい。市さん、お願いできますか?」
「はい。喜んで。」
決意を込めた言葉を吐く蝶子を見つめながら、市は深く頷いた。それを見ていた蘭も覚悟を決めた。
イチと話をして帰りたくなるかも知れない。ここで生きていく決意が揺らぐかも知れない。それでも、未来と繋がりたかった。
(イチ、父さん。随分待たせたけどもうすぐ会えるからね。)
蝶子は心の中で密かに呟いた。
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