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甲斐の虎暗殺計画
引き受けた大役
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「ど、毒って……冗談ですよね……?」
「俺は本気だ。言ったであろう。卑怯な手も当たり前に使うと。」
「でも……」
そう言って蘭は言い淀む。それを見た信長はふっと息を吐いた。
「特に信玄は『念力』の能力を持っている。本願寺の蓮如、そして恐らく朝倉はもう既に奴の手に落ちてるだろう。まともに正面から向かっていって勝てる相手ではない。悔しいがな。」
「そっか。あの力があればどんな相手だって言う事を聞かせられますもんね。……はっ!まさか将軍義昭様も信玄の手に……」
「大丈夫だ。家康の話では文を送っただけだそうだし、流石に将軍をも操る気はないだろう。だが今後の事を考えると早急に対処しないとな。お前の知っている歴史では信玄は病死なのだろう?」
「はい。そうですけど。」
「あいつも年だ。放っといてもいずれは死ぬ。だが『念力』の力は厄介だ。もし家康やサルが奴に操られでもしたらどうする?」
「そ、それは……」
家康や秀吉が突然裏切って自分の能力を信玄の為に使ったら、と考えた蘭は思わず体を震わせた。
「だからそうなる前に先手を打つのだ。包囲網と延暦寺再建に向けて本腰を上げた信玄の動きを止めるにはこの方法しかない。」
信長はそこまで言うと、『サル』と呟いた。途端に秀吉が姿を現す。
「お呼びですか?」
「サル。お前は毒を混ぜた味噌を持って甲斐に行き、龍勝院に届けろ。尾張の味噌は美味であるから是非食べて欲しいと文に書けば、用心深い信玄とて口にするはず。毎日食事に混ぜて食べれば、時間はかかるかも知れないが確実に体を蝕むであろう。」
「でももし信玄が警戒して食べなかったらどうするんですか?」
「その時は別の案を考えるさ。暗殺の手段はいくらでもある。」
真っ黒の瞳で見つめられて蘭は一瞬怯んだが、意を決すると言った。
「味噌を届ける役目を俺に任せてくれませんか?」
「なっ!正気か。」
「はい。俺だって信長様の役に立ちたいんです。」
「しかし……」
「さっき言ってたじゃないですか。秀吉さんや家康さんが操られたらどうするんだって。俺なら信玄の力は効かない。まぁ龍勝院様に会うだけだから大丈夫だと思いますけど、もし会ってしまったとしても切り抜けられると思います。」
「簡単に言うが武田信玄という人物は何を考えているかわからない、危険な存在だぞ?蘭丸には荷が重いと思うが。やはりここは私が……」
「いや、蘭丸に行かせよう。」
「信長様!」
信長の言葉に、秀吉が思わずといった様子で大声を出す。それを手で制すると蘭に向き直った。
「もう後戻りは出来んぞ。人殺しの片棒を担ぐ事になるのだからな。」
「そんなの今更ですよ。」
「ん?」
虚を突かれたという表情をする信長に、蘭は笑いながら言った。
「何回も戦に着いていって、直接手は下さないけど人が人を殺すところをただ黙って見てる。それって見殺しにしてるって事ですよね?その時点で俺はもう後戻り出来ないとこにきてるんです。」
「だが今回は少し意味が違う。お前が渡した物が人を死なせる事になる。つまり直接手を下したといっても過言ではない。」
「はい。それは十分わかっています。俺がここにいる理由は貴方を守る事です。その為ならこの手を汚しても構いません。」
蘭が自分の両手を見つめる。少し震えてはいたが、決意は変わらなかった。信長はしばらく鋭い目で宙を睨んでいたが、ふと我に返ると立ち上がった。
「お前もいつの間にかここの世界の人間になっていたのだな。」
「え?」
「いつまで経っても未来から来た余所者だと心のどこかで思っていたのかも知れない。お前はお前なりに、ここで生き抜いていく為に一生懸命になっていたというのにな。」
「当たり前じゃないですか。俺は森蘭丸、なんですから。ここで生きていく覚悟なんてとっくの昔に出来てますよ。」
そう言うと、信長は声を上げて笑った。
「よし、それでは今回の任務は蘭丸に任せた。念の為に猿飛仁助をつけよう。いいな、サル。」
「承知しました。仁助には私の方から話をしておきます。」
「頼む。味噌が出来次第出発するから、蘭丸は準備をしておけ。」
「はい!」
蘭は久しぶりの大役に、頬を上気させながら返事をした。
そしてそれから三日後、蘭は毒入り味噌を持って甲斐へと旅立った。
―――
甲斐、要害山城
「お久しぶりです。龍勝院様。俺の事覚えていますか?」
「えぇ。確か蘭丸さん、ですよね。あの体の大きな方と一緒にわたくしの事を迎えに来られた。」
「そうです、そうです。」
龍勝院の言葉に蘭は頷いた。
信玄との同盟の為に信長は自分の妹の娘を養女にし、その後信玄の息子の勝頼に嫁がせた。その時その娘は十歳にも満たない子どもだったが、同盟の為に犠牲になったのである。その娘が今目の前で悠然と微笑んでいる女性だとは最初見た時は信じられなかったが、笑うと幼かった頃の面影があった。
「それで今日は何用で来られたのですか?何でも届け物があるとか言ってましたが。」
「はい。尾張の味噌を持って来ました。今年の出来は最高でして、是非とも信玄公に食べて頂きたいと信長様がおっしゃるので。先程家臣の方に厨房へ持っていってもらいました。」
「まぁ、お義父様は味噌が大好きでございますからきっと喜ぶでしょう。わたくしはあいにく味噌は食べませんが。」
龍勝院は申し訳なさそうに俯く。蘭は慌てて手を横に振った。
「いえ、気になさらないで下さい!龍勝院様が味噌が苦手だとは知らず、こちらこそすみません!」
(って、実は知ってたけど……)
心の中で苦笑いする。そして昨日の事を思い出した。
―――
「でも毒入り味噌を間違って龍勝院様や他の人が食べちゃったりしたらどうするんですか?」
焦った声で蘭が聞くと、信長は不敵に笑いながら言った。
「大丈夫だ。龍勝院は味噌が苦手だし、信玄への贈り物に他の家臣達が手を出す事はない。厨房の者が味見で口にする事はあるかも知れんが、それで死んだとしても別に問題はないさ。どうせ信玄が死んだ後で全員皆殺しにするのだからな。」
―――
(なんて、さらっと恐い事も言ってたけど……)
蘭は密かにため息を吐いた。
「信長様……いえ、お父様はお元気ですか?色々と噂が飛び交っていますけどわたくしにはお優しい方でしたから、お義父様が『悪魔』などとおっしゃっているのがどうも府に落ちなくて……」
龍勝院が悲しげな表情で見つめてくる。蘭は一瞬息を飲んだが明るい声を出した。
「信長様は元気ですよ。『悪魔』って言われるのはそりゃ仕方のない事かも知れないけど、俺達家臣や弱い立場の人達には優しいです。特に女の人や子どもとかね。」
「そうですか。良かった。一緒に過ごした時間は一年にも満たなかったけれど、わたくしにとってあの方は第二の父ですから。」
そう言ってどこか懐かしそうに障子の向こうに視線を移す。蘭もつられてそっちの方を向いた。
「悪魔に魂を売っただとか化け物にとり憑かれたなんていう話が真しやかに聞こえるものですから、本当に心配していたのです。変わっていなくて安心しましたわ。」
「……えぇ。」
蘭は曖昧に笑顔を作ってみせた。
「じゃ、じゃあ俺はこれで失礼します。信玄公にもよろしくお伝え下さい。」
「もう帰られるのですか?」
「はい。今日中に戻ってこいと言われているので。では……」
蘭は引き止めたそうな顔の龍勝院に背を向けると廊下に出た。
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