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舞台は日本の中心へ
無事生還
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次の日、腫れはまだ引いていないが痛みは大分収まってきた蘭は、忍者・猿飛仁助の家で暇を持てあましていた。
「暇だ……怪我が足じゃなかったら動き回れるのになぁ~」
木の床にござを敷いただけの布団の上でため息をつく。そして板と板で大雑把に作られた家の壁の隙間から外を見た。仁助が修行(?)をしている。
「しかしよく動く人だなぁ。まぁ、当たり前か。忍者だもんな。」
仁助は右に行って手裏剣を投げていたかと思いきや、今度は側転して反対側で木によじ登っている。かと思ったら物凄いスピードで下りてきてバク転三連発。その一連の動作を数秒でこなしている。しかもそれを延々と。
蘭は余りの事に口を開けたまま、ただそれを眺めていた。
「何だか騒がしくなってきたな。数人の足音と微かに声がする。」
「え?俺には聞こえないですけど。」
仁助が息一つ乱さずに家に入ってきた。声が聞こえるというので蘭も耳を澄ますが何も聞こえない。仁助は首を傾げた。
「確かに聞こえたのだが……」
「……おーい!蘭丸!無事なら返事をしろ。蘭丸ーー!」
「え……?あの声はまさか秀吉さん?」
気のせいだと思っていたら突然遠くの方から自分を呼ぶ秀吉の声がした。思わず仁助と顔を見合わせた。
「蘭丸とはその方の事か?」
「え、えぇ。そうです。今のは多分、信長様の家臣の秀吉さんっていう人です。俺の事探しにきてくれたんだ……」
「よし、待っていろ。連れてくる。」
「あ……早っ!」
気づいた時には仁助は走り出していた。蘭は助けがきた事に感動してつい涙腺が緩んだ。
しばらくして仁助は秀吉を連れてきた。随分探し回ったのか、秀吉は汗だくだった。
「無事だったか、蘭丸。」
「秀吉さん……」
「足が腫れているようだが他に怪我は?」
「いえ、足以外は大丈夫です。あ、あの!この人が助けてくれたんです。」
「ここに来る道中で聞いた。この度は蘭丸を保護して頂いて誠に感謝申し上げる。後日信長様の方からご挨拶があると思うが、今日のところは代わりにこの木下秀吉が感謝の意を示させて頂きます。」
秀吉はそう言うと仁助に向かって丁寧に頭を下げた。
「いやいや、当たり前の事をしたまで。怪我をして動けない者がいたら放ってはおけないだろう。しかしこの者が織田信長公の足軽だとは驚いた。拙者は一度でいいから信長公に会ってみたいと思っていたのだが、夢のまた夢だと諦めていた。もし差し支えがなかったら拙者の方から会いに行きたいと思うのだが。」
「それは……信長様に確認しないと私の一存では答えられませぬ。」
「そうか。では話を通してみてはくれないか。拙者の名は猿飛仁助。この森の中で五年もの間一人で修行を積んできた。自分で言うのもおこがましいが、必ず信長公の役に立てる。どうかお願いする。」
仁助は一気に捲し立てると、秀吉より更に頭を深く下げた。
(な、何だ?この人信長の家来になりたかったの?じゃあ昨日俺が織田の足軽だってわかった時何か考えてたのって、この話を持ちかける為……?)
蘭が軽くパニックになっていると秀吉がパッと顔を上げた。
「猿飛……?」
「如何にも。猿のように身軽に飛び、自由自在に木の上を渡り歩く。それが何百年も前に初代猿飛仁助が編み出した技。本物の猿よりも俊敏に動く事が出来る。そしてそれに拙者独自の技法でもってより戦闘向きに進化した猿飛流を、他の誰でもない信長公の下で発揮したいのだ。」
「猿……サル……」
「あの~……秀吉さん?仁助さんがこう言ってるんだから信長様に話を……」
「わかった!必ず信長様のお許しをもらうと約束しよう。実は私はある能力があって信長様には『サル』と呼んで頂いているのだ。それ故、他人事とは思えない。」
「何という偶然。もし信長公に仕える事になったら同じ『サル』同士仲良くしようぞ。」
「そうだな。ははは。」
(何か知らんけどわかり合ってる……)
秀吉と仁助が握手をしながら談笑しているのを、若干引いた目で見ている蘭だった……
―――
結局蘭が歩けるようになったのは秀吉が来てから四日後だった。その間秀吉は従者全員を先に帰して、毎日仁助の修行の様子を見学していた。
そして四日後、信長に必ず了承を取るという秀吉の言葉を聞いて嬉しそうに頷いた仁助を残して蘭と秀吉は岐阜城に向けて旅立った。
「……バカね、あんたはもう……」
「うん、ごめん。」
城に着くと門の前で待っていた蝶子が抱きついてきた。蘭は苦笑しながら蝶子の背中をポンポンと叩く。
「寿命縮んだ。」
「ごめんって。」
「っていうか心臓一瞬止まった。」
「俺も最初は死んだかと思った。」
「信長の奴、蘭を見捨てて自分だけ逃げてきやがって……ちゃんと怒っといたから心配しないでね。」
「蝶子、言葉遣い……でもまぁ、信長が無事に帰ってこれたんだったら良かったよ。俺も秀吉さんに見つけてもらってこうして生きてんだからさ。」
「何でそうお気楽なの!」
「悪かったって。でもさ、取り敢えず中入ろうぜ?何か視線が痛い……」
「そ、そうね……」
門番がちらちらこちらを見てる事に気づいた二人は、慌てて離れて城の中に入った。
「蘭丸。」
「あ、秀吉さん。ありがとうございました。本当に秀吉さんいなかったら俺……」
「信長様が大広間で待っている。早く行け。」
「は、はい……」
仁助に対する態度とは打って変わって素っ気ない秀吉はそう冷たく言うと、廊下の奥に消えていった。
「じゃあ行くか。」
「うん。」
二人は大広間に向かった。
―――
「無事で良かったな。」
「何、その感じ。自分のせいだ~って泣きそうになって心配してたのに。」
「別に泣きそうにはなっていない。俺のせいで蘭丸が危険な目にあったのは事実だからな。心配するのは当然だ。」
「またまたぁ~」
「あの~……」
蘭は何気に仲の良い信長と蝶子の間に割って入った。二人が一斉にこっちを見る。
「ご心配おかけしました。この通り無事に帰ってこれました。これからはこんな事のないよう気をつけますんで、よろしくお願いします。」
そう言って頭を下げた。
「変なところで律儀なんだから。」
蝶子が呆れたようにため息をつくと信長も苦笑した。
「この話はこれでおしまいだ。今日呼んだのは長政の事だ。裏切って金ヶ崎で俺を急襲しようとした。一度は猶予を与えたがもう容赦はしない。朝倉もろとも潰す。」
「…………!?」
「そんな……市さんは?まだ小さいお子さん二人いて、しかもお腹にも赤ちゃんいるのよ?」
「心配するな。市の事は勝家とサルに頼んである。もし小谷城が落城する事になったら助け出すよう言ってある。」
「でもまだ妊娠中にそんな事になったら……ううん、生まれた後だって色々と大変なんじゃ……」
「あいつはああ見えて胆が座ってる。いざとなったら例え身重でも赤子がいても、二人の子を抱えて逃げ出すくらいするさ。」
「……信じてるのね。」
「あぁ。」
市の事を思い出したのか一瞬表情を和らげた信長だったが、すぐに厳しい顔になると言った。
「一月後、また越前に出陣する。蘭丸は足の事があるから今回は休め。」
「え?でも……」
「完治したらまた連れていってやる。」
「……はい!」
休めと言われて一瞬落ち込んだ蘭だったが、信長の台詞に満面の笑みで返事をした。
―――
永禄10年(1567年)11月に起こった天筒山城と金ヶ崎城が同日に落城した織田と朝倉の合戦は、のちに金ヶ崎城の戦いと呼ばれた。通称・金ヶ崎の退き口ともいい、織田信長の撤退戦として有名である。
金ヶ崎城に向かっていた織田軍に対して信長の義弟である浅井長政が裏切って急襲しようとしたのを何らかの情報で知った信長が、不注意で崖下に転落した家来を見捨てて自分だけ岐阜に逃げ帰ってきたという話がどこからともなく伝わり、これまで百戦練磨だった信長の数少ない汚点として後世まで語り継がれる事になった。
ちなみに天筒山城は柴田勝家が、金ヶ崎城は徳川家康がそれぞれ落城させた。朝倉景恒の首は家康が取ったと伝わる。
この戦をきっかけに、織田と浅井・朝倉連合軍の数年に渡る攻防が始まった。
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