上 下
80 / 124
舞台は日本の中心へ

逃げるのも作戦の内

しおりを挟む

―――

 越前、天筒山城、柴田軍


「信長様はまだ到着していないか?」
「えぇ。まだのようです。」
「そうか。でもこの調子では信長様が着く前に勝敗が決まりそうだ。」

 勝家はそう言って、目の前の天筒山城を見上げた。

 朝倉義景の家臣である朝倉景恒が籠城していた天筒山城だが、数日間の睨み合いにとうとう我慢が出来なくなった柴田軍の攻撃によりやむなくといった感じで戦闘が始まった。

 しかし威勢が良かったのは最初だけで、先鋒隊が崩れるとまた門を固く閉ざして柴田軍を城に入れないという作戦に出たのだった。お陰で何もする事が出来ずにいたのだが、最初の籠城と合わせて半月は城に籠っている計算になるのでそろそろ食料がつく頃だと勝家は睨んでいた。

 食べる物が無くなれば敵は降参して出てくるしかない。そうすれば一気に城主の景恒のいる本丸に駆け込んで首が取れる。

 勝家はその様子を思い浮かべてニヤリと笑いながら指を鳴らした。


「勝家様!信長様がいらっしゃいました。」

 その時家臣が慌てて走ってくる。ハッと後ろを見るとちょうど馬から降りた信長と目が合った。


「どうだ?戦況は。やけに静かだが。」
「はい。一旦は戦闘が始まったのですが、また籠城してしまいました。敵に隙を与えるなど不甲斐ない。」
「籠城も作戦の内さ。しかしそろそろ食う物が無くなる頃だ。その内城を明け渡して降伏を申し出るだろう。だが情けは禁物。全員皆殺しだ。」
「わかっています。久し振りに腕が鳴りますなぁ。はっはっは!……おっと、蘭丸も一緒に来たのか。」

 指の次は肩をぐるぐる回して笑っていた勝家は、信長の後ろに蘭がいるのを見て言った。


「は、はい。お世話になります……」
「お前は相変わらず変な奴だな。まぁ、怪我せんように大人しくしとれよ。」
「何ですか、それ!変な奴って……」
「おーい!景恒が逃げたぞ!!追いかけろ!」
「……え?」

 勝家の『変な奴』発言に抗議しようとした時、遠くの方から声がした。勝家が慌てて陣から出ると、柴田軍の何人かが城の裏手に向かって走っていた。


「信長様!逃げたってまさかっ……」
「あの方角なら金ヶ崎城だ。蘭丸、行くぞ!」
「え、あ、はい!」

 信長は蘭を馬に乗せると自分も乗った。


「信長様!俺も行きます!」
「勝家。お前は残れ。」
「しかし!」

「お前はこの軍の総大将なのだぞ。お前が離れたらここにいる家来達はどうすればよいのかわからなくなる。相手が逃げた事を気にする前に、自分のやるべき事をやれ!」
「……わかりました。それでは信長様。必ず景恒の首、討ち取って下さいよ。」
「当たり前だ。どんな事をしても絶対に取る。」

 力強くそう宣言すると、信長は馬に乗って猛スピードで山を下っていった。


「信長様。金ヶ崎城って?」
「天筒山城とは稜線伝いになっている城で朝倉の持ち物だ。景恒が逃げるとしたらそこだと思ってな。」
「へぇ~……」
「念の為に金ヶ崎城方面にサルと家康を行かせてある。景恒が捕まるのも時間の問題だろうがな。」

 信長はそう言うと馬のスピードを少し緩めた。


「……長政にはこの越前出兵の事は知らせた。あいつが俺に味方して共に朝倉を討つのなら、俺はあいつを許そうと思う。破綻した同盟関係も修復する。」
「信長様……」
「ただし、一度だけだ。二度も裏切るなら俺は容赦はしない。」

 後ろからでも鋭いオーラを感じて、蘭は身震いした。


「ところ、で……っ!?」
「え?何ですか?」

 話題を変えようとしたのか明るい声で何かを言いかけた信長が急に動きを止めた。


「どうしたんですか?」
「……静かにしろ。市からだ。」
「えっ!」

 大声を上げてしまって慌てて口を押さえる。恐る恐る信長の方を見ると、信長は目を瞑っていた。


「…………そうか。わかった。長政に伝えてくれ。次に会う時は戦場だとな。」
「!!」

 驚き過ぎて目がこれ以上開かないというところまできている蘭を余所に、信長は冷静に手綱を握り直すと元来た道を戻り始めた。


「信長様!何処に行くんですか?」
「岐阜に戻る。」
「えぇっ!?」
「逃げるのも作戦の内、という事だ。……サル。」
「はい。」

 蘭が慌てて見下ろすと、秀吉が馬の足元に膝まづいていた。


「長政が裏切った。小谷城から出陣してこちらに向かっていると、先程市から連絡がきたから確かな情報だ。景恒の事は家康に任せてお前はここで殿を務めろ。俺はその間に逃げる。」
「承知致しました。この秀吉、立派に務めてみせます。」
「頼むぞ。」
「はい。」

 秀吉は深く頭を下げると、自分の軍の方へ戻っていった。


「やっぱり歴史は変えられないのかなぁ……」
「呆けた顔してないでさっさと掴まれ。落ちるぞ。」
「え?あ、ちょっと待っ……わあぁぁ!」
「おい!蘭丸!!」

「助けてーーー!!」
「蘭丸!」

 信長の服を掴む前に馬が発進してしまい、その振動でバランスを崩した蘭は狭い山道の脇の崖から転落した。


「蘭丸!!!」

 慌てて馬から降りて崖を覗き込んだ信長の目には、どこまでも続く岩肌しか見えなかった……



―――

 美濃、岐阜城


「で?」
「で?とは?」
「それで蘭を見捨てて帰ってきたの!?どうして?私言ったよね?危ない目に合わすなって。そしたらあんた、こう言った。責任は取るって。何で責任持って探してくれなかったの!?」

 蝶子が震えながらそう怒鳴ると、流石の信長も意気消沈した様子で肩を落とした。


「そう信長様を責めないで下さい、帰蝶様。俺が渋る信長様を無理矢理連れて帰ってきたのですよ。本当は信長様も蘭丸を探そうとしたのですが、浅井の軍が近づいてきていたのでやむなく……」

 勝家が庇っても蝶子は相変わらず鋭い目に涙を溜めて信長を睨んでいた。


「サルが……サルがまだあの辺にいるはずだ。蘭丸が落ちた事は家臣全員に知らせてあるから必ず誰かが見つけてくれる。」
「誰かって誰!?そんな他人任せでいいと思ってんの?」
「…………すまん。俺のせいだ。すまん……」
「はぁ~……もういい。私が探しに行く。勝家さん、一緒に来て。」
「ダメだ!」
「何でよ?大切な人がいなくなったのよ?居ても立ってもいられないじゃない!?」
「わかった。わかったから。……俺が帰蝶を連れて行く。」
「えっ……信長様自ら?危険です。あの辺は盗賊や忍者が多く生息していると聞きます。それに浅井や朝倉の残党もいるかも知れない。万が一の事があったら……」
「しかし蘭丸が……」

「信長様!!」
「どうした!?」

 三人で言い合いをしていた時、突然家来の一人が慌ただしく入ってきた。


「蘭丸が……」
「えっ……!蘭が?ま、まさか……」
「見つかったそうです!足に怪我はしていますが、元気な様子だと……」
「……はぁ~~~……よ、良かったぁ……」

 蝶子が畳に崩れ落ちる。思わず信長が背中を支えてあげたのだが、容赦なくその手は叩かれた。


「秀吉様が見つけたそうです。少し熱が出ているので下がったらすぐに連れ帰るとの事です。」
「わかった。ご苦労であった。」
「はっ!」

 その家来は90度のお辞儀をすると、そそくさと部屋を後にした。


「蘭……早く帰ってきてね。顔見ないと安心出来ないよ……」
「…………」

 蝶子の涙混じりの呟きは余りに切なくて、信長と勝家の耳にも入ったけれど、二人とも聞こえていないフリをするのが精一杯だった……



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

処理中です...