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舞台は日本の中心へ

駒か、牙か

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―――

 次の日蘭と蝶子は市に別れを告げ、小谷城を後にした。

 既に外で待っていた秀吉と共に帰路につき、三人は無事に清洲城に帰ってきた。


「ご苦労だったな。市には会えたか?」
「はい。お変わりないようで安心しました。お子さんには会えなかったんですが、元気に育っているようですよ。」

 蘭がそう言うと、信長は少し表情を緩めて頷いた。


「で?どうだった?浅井の若き当主は。」

 信長は大広間の定位置であぐらをかきながら言った。帯に差していた扇子を抜き取ってパッと広げる。


「俺なんかより若いのに全然しっかりしててビックリしました。でも凄い優秀らしいです。」
「そうか。ところで市に宛てた文にも書いた事だが、武田や他の部将への牽制の為に長政に上杉と朝倉を見張るよう命じた。特に謙信は川中島で信玄と交わした会話と武田との戦がぱったりと止んだ事から、俺を倒す為に武田と上杉が密約を結んだ事は明らかだ。そして朝倉義景は浅井のご近所さんだ。ここで押さえておいても無駄ではないだろう。」

(はぁ~相変わらず凄いなぁ。それにしても朝倉義景か。詳しく知らないけど、確か浅井と同盟を組むんだっけ。で、最後には浅井は織田を裏切って朝倉に……)


「ほぉ、成程。」
「えっ!あ……もしかして今の……?」

 パチンという扇子の音と信長の低く冷たい声が響く。蘭は慌てて顔を上げた。


「また視たんですか?」
「あぁ。」

 悪びれずにそう言うと、信長は背筋を正して蘭を真っ直ぐに見つめた。


「確かなのだな。」
「……はい。詳しい事情はテキストを見ないとわからないですが、浅井は裏切って朝倉と同盟を結びます。」
「そうか。」
「あの……そうなった場合、市様とお子さんはどうなるんですか?まさか……」
「心配するな。その時は勝家か秀吉にでも頼んで城から脱出させる。その後は信包のところにでも預けるさ。」

「信包さんですか。本物の濃姫様……いえ、於濃の方様のところですね。」
「あぁ。あそこは年が大分離れていて、しかも強引な政略婚だったにも関わらず円満で子宝にも恵まれている。信包自身も穏やかな性格であるから居心地は良いはずだ。何かあれば協力してくれと今から頼んであるからその辺は抜かりない。」
「凄い、流石ですね!」

 光秀の言う通り先々の事をこれでもかという程考えている信長を尊敬の目で見る蘭だった。


「於濃の方様はお元気ですかね?」
「聞いた話によれば元気に過ごしているそうだ。」
「それは良かったです。」

 蘭は斎藤道三の娘である本物の濃姫の事を思い出して微笑んだ。

 信長の正室になるはずだったのが、蝶子が濃姫として信長と結婚してしまった為に弟の信包と年の差婚を強いられた彼女。ずっとどこかで気になっていたのだが、元気に幸せに暮らしているようで蘭は安心した。後で蝶子にも教えてあげようと思った。


「それはそうと、上杉と朝倉以上に厄介なのが三好長慶だな。」
「三好……確か畿内で強大な勢力を誇っていて三好政権って呼ばれてるんでしたっけ。」

「そうだ。特に今の当主の長慶は何度も将軍と戦をして、勝つ度に将軍を京から追い出すという愚行を犯している。今は条件つきで和睦をして服従の姿勢をとっているが、腹の中では何を企んでいるのやら。反三好の連中もいるにはいるがどれも心許ないときた。まぁ俺も人の事は言えないか。美濃との決着もまだついていないし、兵力は減る一方だ。天下統一の為だから仕方がないが、やらなければならない事が多くて敵わんな。」
「でも、やらなきゃダメなんですよね?」
「当たり前だ。」

 蘭が伺うように信長を見ると、信長はふんっと鼻で笑ってそう答えた。


「とにかく今は人を集めて少しでも戦力になるよう秀吉らに言ってある。目下の敵は美濃の斎藤。しかし予測不可能な世の中だ。今後どうなるかわからない。だが俺にはお前がいる。これまで以上にお前を連れ歩く事になると思うが、そのつもりでいてくれ。」

 そう言われ一瞬蝶子の笑顔が脳裏を過ったが、次の瞬間には勢いよく返事をした。


「はい!」
「頼むぞ。」

 信長はおもむろに立ち上がると、襖を開け放つ。そして鋭い目を虚空に泳がせた。

 その真っ黒な瞳に映るのは目的を達成した自身の姿か、それとも……

 蘭は何故か溢れてきた焦燥感で体が震えた。



―――

 京都御所


「この度は関東管領に任じて頂き、誠にありがとうございます。」

 そう言って上杉謙信は頭を下げた。それをじっと見つめていた第13代将軍、足利義輝は短く頷く。


「貴方には期待しています。今まで以上に良い働きを見せて下さいね。」
「はっ!」
「ところで武田とは最近どうですか?先年の川中島での合戦の後は特に大きな衝突はないようですが。」
「……っ、はい。実はご報告が遅れましたが和議を結びました。申し訳ございません。事後報告になってしまいまして。」
「いえ、別に謝る事ではありませんよ。良い事ではないですか。しかしあの信玄が大人しく言う事を聞きましたね。」
「えぇ……」

 謙信は何と言ったらいいかわからず、言葉を濁す。義輝はそれに気づいているのかいないのか、話を逸らした。


「尾張の……織田信長でしたか。その後の動きは?」
「はい。今は美濃の斎藤を攻略するのに必死のようです。まだまだ一地方領主という事ですね。」
「そうですか。しかし油断はしない方が良いですよ。何と言っても今川を破った人物です。何をしでかすかわかったものではない。」
「畏まりました。」

 謙信が先程よりも深く頭を下げると、義輝は笑みを湛えていたその顔から一瞬にして表情を消した。



―――

 今、京都ではやっと将軍義輝の政権が復活していた。

 それというのも、三好長慶との幾度にも亘る戦の中で何度も京を追われていたからである。

 しかし義輝と長慶の間でようやく和睦が成立し、義輝は数年ぶりにこの御所に帰ってきたのであった。

 それでも三好の勢いが衰えた訳ではなく実権はまだ長慶が握っていて、義輝にとってはもどかしい思いを抱いていた。

 だが反三好派の数は少なくなく、将軍の権威に従ってくれる部将も全国に何人もいるという事が義輝にとっての希望であった。


「織田信長……我々の駒になってくれるのか、それとも牙を向けてくるのか。」

 義輝は密かにそう呟いた……



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