上 下
50 / 124
混乱の尾張

後悔

しおりを挟む

―――

 暇を言い渡された蘭は、早速蝶子の元へと向かった。

 しかし意気揚々と部屋を開けた瞬間降ってきたのは――


「遅い!!」
「ひぃっ……!ご、ごめん……」

 世にも恐ろしい蝶子の怒鳴り声だった……

「わ、悪かったって……しょうがないだろ?仕事だったんだからさ。」
「それにしてもあんまりじゃない。あの蘭が珍しく活躍したって言うから褒めてあげようとしたのに、城に帰ってきても顔すら見せないなんて。あーあ、どうせ私の事なんて忘れてたんでしょ。」
「そ、そんな事ねぇよ!確かに顔出さなかったのは悪かったけど、忘れる訳ないだろうが。お前の事。」
「え……?」
「タイムマシンの進み具合が気になって気になって、眠れなかったよ。」
「そっちかい!」

 蝶子の渾身のツッコミに笑いながら、蘭は畳に腰を下ろした。

「ジョークだって、ジョーク。でもホント久しぶりだよな。元気してたか?」
「まぁ……ぼちぼちね。」
「っていうか褒めてくれるんだろ?俺、超頑張ったんだぜ。ほらほら、思う存分褒めていいぞ。」

『わんわん!』と擬音がつきそうな顔で言う蘭に、蝶子はため息を吐いて顔を逸らした。

「はぁ~……褒める気が失せたわ。」
「何だよ……」

 今度は『ぷぅ』っと頬を膨らます蘭を見て、やっと蝶子の顔に笑みが浮かんだ。

「俺のいない間にさ、何か変わった事あった?」
「いない間って?桶狭間に行ってる間って事?特に何も……」
「違う、違う。今川のところに行ってからって事。あの時だってゆっくり話出来なかったしさ。どんな事があったのか、知りたいんだ。」

(って言って、本当は信勝さんがどうなったか知りたいだけなんだけど……)

 心の中でそう思いつつ、蘭は蝶子の返事を待った。

「変わった事ねぇ……あ、そうだ!ちょっと聞いてよ!信長の奴、実の弟を風邪だって嘘ついて呼び出して、殺しちゃったのよ!信じられる?」
「……やっぱりそうなんだ…歴史は変えられないって事なのかな。」

 そう言うと、蘭はゆっくり目を閉じた。

「え?何、どういう事?」
「歴史のテキストに書いてあったんだよ。信勝さん……その弟さんの事なんだけど、信長にやられちゃうって。現実になって欲しくはなかったけどな……」
「蘭……」

 蘭の落ち込みように流石の蝶子も言葉を失う。すると蘭がパッと顔を上げた。

「で?他には?」
「え?え……っと。あぁ、あれも変わった事っちゃ変わった事ね。」
「何?」
「前田何とかさんって人が、味方の一人と喧嘩してやっちゃったらしいの。それで信長がカンカンに怒ったんだけど、勝家さんとか可成さんが間に入って仲裁してね。でもそのまま許しちゃったら信長も格好がつかないじゃない?だから一旦城は追い出したけど、近くの寺に預けてしばらく様子を見るって事で決着がついたみたい。でもあの信長の事だから、いつか殺しちゃうんじゃないかしら。まぁ、自業自得だけど。」

「へぇ~俺がいない内にそんな事が……ってちょっと待て!今前田って言わなかった?」
「うん、言ったけど。」
「下の名前は!?」
「え、だからわかんないわよ。何とかさんって事しか。」
「そこ重要だから覚えとけよ……でも前田って言ったら……」

(前田利家しかいないだろ!ってか利家って織田の家来だったの?あれ?でも確か秀吉がサルって呼ばれてて前田利家がイヌって呼ばれてたって何かで見たな。じゃあその名付け親って信長……?)

「ちょっと!蘭、聞いてる?」
「蝶子。ナイスだ、お手柄だぜ!」
「はぁ?」
「前田利家は後に秀吉の重臣になるんだ。今殺しちゃいけない人物だって事だよ。よしっ!今すぐこの事を信長に言わないと!悪い、蝶子。俺ちょっと行ってくる!」
「え?あ、ちょっと!蘭!折角休みもらったのに……」
「すぐ戻るから!」

 言うが早いか、蘭は既に廊下に出て走り出していた。

「……まったくもう…あの歴史オタクが……!」

 蝶子の呟きはちょうど吹いてきた風に遮られて、静かに消えていった……



―――

「なるほど。あいつは必要な人間なのか。早まらなくて良かったぞ。」
「じゃ、じゃあまだ無事なんですね!」
「あぁ。懇意にしている寺に預けてある。そうとわかれば近い内に誰かに迎えに行かせよう。そうだ、可成に頼もうか。」
「え?可成さっ……じゃなくて父上に?」
「お前も行くか?」
「えっ!?」
「利家は確かお前と同じくらいの年のはずだ。今から仲良くなっておけば今後色々と都合がいいのではないか?」

 信長はそう言うと、おもむろに立ち上がった。蘭は急な申し出に戸惑いながらも頷くと言った。

「あの……信勝さんの事なんですけど……」
「あいつは納得して逝った。」
「……え?」
「最期に本音を聞かせてくれたのだ。だから昔の事はもう、俺の中ではなかった事になった。あいつとの思い出は今となっては何ていう事のない、何の意味もないものになってしまった。俺は……兄として道を間違えたのだろうか。なぁ?蘭丸よ。」
「そ、それは……」

 振り返り様に強い視線で見つめられ、蘭は思わず顔を伏せた。

「俺は必ず天下を獲る。何があっても、誰が邪魔しようとしても。」
「信長様……」
「最期の、約束だからな。」

 そこでふっと優しい笑みを見せる。初めて見るその顔に見惚れていると、突然信長が廊下に向かって歩き始めた。

「あ、あの何処に……?」
「俺は忙しいんだ。これで話は終わりなのだろう?」
「えぇ……」
「休めと言ったのに休まぬ罰だ。利家を迎えに行く算段が出来るまでお前は部屋から出るな。」
「え……」
「特別に帰蝶と市には、お前の部屋に入る許しを出すがな。」

 照れくさそうにそう言い終わると、信長はさっさと大広間を出ていった。


「ツンデレか……」

 蘭は悶えながらそう言った……



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

異日本戦国転生記

越路遼介
ファンタジー
五十五歳の消防士、冨沢秀雄は火災指令が入り、出場の準備をしていたところ心不全でこの世を去ることに。しかし目覚めてみれば、戦国時代の武蔵の国に少年に若返って転生していた。でも、この戦国時代は何かおかしい。闘気と法力が存在する和風ファンタジーの世界だった。秀雄にはこの世界に心当たりがあった。生前プレイしていた『異日本戦国転生記』というゲームアプリの世界だと。しかもシナリオは史実に沿ったものではなく『戦国武将、夢の共演』で大祝鶴姫と伊達政宗が同じ時代にいる世界。作太郎と名を改めた秀雄は戦国三英傑、第十三代将軍足利義輝とも出会い、可愛い嫁たちと戦国乱世を生きていく! ※ この小説は『小説家になろう』にも掲載しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...