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混乱の尾張

越後の龍

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 時は16世紀中頃。後に戦国時代と呼ばれる、この国が戦乱の渦に巻き込まれていた時代。誰もが国の頂点、つまり天下を獲ろうと親兄弟関係なく争っていた。

 その中で熾烈な戦をかいくぐって有力武将となっていたのが、越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄。そして相模の北条氏康と駿河の今川義元。

 甲斐・相模・駿河の三国は甲相駿三国同盟こうそうすんさんごくどうめいを結んで互いに警戒・協調関係を築いていた。そして甲斐は越後と数度に渡る戦いを繰り広げていて、その決着は未だついていない。

 越前では朝倉、北近江では浅井が若き当主を迎えて躍進中であり、西では毛利元就が安芸国をほぼ制圧していた。

 そして尾張では稀代の大うつけと言われた織田信長が、そのカリスマ性と厳しい政策で着々と力を見せつけてきており、一層混迷が広がっていた。

 誰が天下を獲ってもおかしくないこの状況の中で最後に笑うのは一体誰なのか。日々戦の跡が残る中、果たしてこの先平和な世の中が訪れるのか。

 それを知っているのはずっとずっと未来の人間だけ。

 現在この時を生きている人々が抱くのはまた明日も生きていたいという切実な思いと、大切な人の無事を願う心からの想い。


 もし、いつ収束するのかわからないこの世の中を救ってくれるかも知れない風穴がどこからともなく現れたら、人はどうするのだろうか。

 気づかずに通りすぎるのか、自ら手を伸ばすのか。

 未来を変える事が出来るかどうかはその人次第……なのかも知れない。



―――

 越後、上杉邸


「殿。言われた通りの物を持って参りました。これが桶狭間の戦場に落ちていた石で御座います。」
「うむ、ご苦労だった。」
「それと近くにこれもあったので持って参りました。」
「これは……槍か。ん?この家紋は確か今川の。」

 そう言うとこの屋敷の主、上杉謙信は家来に持ってきてもらった石と槍を畳に並べて目を瞑った。おもむろに手を伸ばして石の方を触る。しばらくの沈黙。そして――

「……なるほど。今川義元はやはり能力者だったか。『物体取り寄せ』とはまた便利な力だな。それにしてもあの松平元康が織田信長と手を組むとは流石に考えつかなかった。そしてこの足軽……一体何者だ?う~ん、この石ではこれ以上はわからぬな。それではこっちの槍を視るか。」
 謙信は石から手を離して隣の槍に触れる。また先程と同じように目を瞑った。

「大体は石と同じか。でもこれには義元の最期の思念が色濃く残っている。元康に裏切られた無念の思いと、これは……何かに驚いているのか?思ってもみなかった事が起こった時に人はこういう反応をする。もしかしたらこの足軽に対して心の底から驚愕しているのかも知れない。信長、元康よりも要注意人物という事なのか。」
 ふうっとため息を吐くと石と槍を風呂敷の中に戻す。そして眉間を揉んだ。


 謙信は越後国主である。これまで上杉一族及び周辺の諸将らと戦を繰り返し、特に武田信玄とは深い因縁で結ばれている間柄であった。

 越後の制圧に苦心した謙信は一度は仏の道に踏み込もうとしたが、家臣達の声があって再びこの城に戻ってきたのである。

 そして謙信には凡人にはない特別な力があった。それは『残留思念の分析』という、物質に宿った人間の思念を読み取ったり分析する事が出来る能力だ。

 固体はもちろん、液体でもその力は通用するので、例えば湖や川などに流れてくる思念もわかってしまう。

 謙信はこの力を使って今の地位まで登り詰めた猛者であり、その圧倒的な強さで周りから畏敬の念を抱かれているのであった。

 先程家来が持ってきた石と槍は、先日の桶狭間での織田軍と今川軍の戦いの戦場跡にあった物で、謙信がその戦いの様子を知りたいと願って取ってきてもらった物だった。

 このようにその場にあった物を持ってきて思念を視るという事も出来る、正に便利な能力であった。


「しかし今は奴……信玄を何とかしないといけないな。さて、どうしたものか……」

 謙信は襖の向こうを見てもう一度ため息を吐いた。



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