上 下
37 / 124
いざ、戦場の中へ

新たな能力者

しおりを挟む

―――

「ふむ。なるほど。それでは未来との通信は順調にいっているのだな。それは良かった。」
「えぇ。でも一つ気になる事があるんです。」
「気になる事?」
 不思議そうな顔をする信長に、蘭は頷いて見せた。


 市とイチが三度目の『共鳴』をした後すぐに信長に報告をしようとしたが、毎日外出している様子で中々捕まらなかった。父親代わりの森可成に取り次いでもらってやっと会えたのが五日後の今日であった。

 先日光秀に言われた嫉妬がどうこうというのを思い出して若干気まずいが、顔に出ないよう……いや、心を読まれないように気をつけて信長の方を見た。

「今川の邸に密偵に行くという任務については覚悟を決めました。俺、行きます。」
「そうか。」
「それで時期なんですが、タイムマシンが出来るまで待たないといけないじゃないですか。それが早くて一年とかなんですよ。二年かかるかも知れないし、それ以上かかるかも知れない。無事に今川邸に潜り込めたとしても、そんなに何年もは難しいなって思うんです。どうしたらいいと思いますか?」
「う~む……それは確かに難しいな。密偵の達人の勝家でも潜入は一年が限界だと言っていた。」
「一年、ですか……」

 勝家でもそれが限界だと知って、蘭は愕然とした。だったら素人の自分はせいぜい半年が限界だろう。項垂れていると信長が口を開いた。

「その話はまず置いといて、俺の方からも報告する事がある。」
「え?何ですか?」
「義元に『物体取り寄せ』の力を使わせる為には、その物体を義元自身に思い浮かべてもらう必要がある。しかし今の時点では誰もそのタイムマシンの全体像がわかっていない。まだ不完全な状態なのだから仕方がないがな。」
 ため息混じりにそう言う信長を、蘭は驚いた表情で見つめる。そして感嘆の息を吐いた。

(やっぱりこの人は凄い人だ。そんな所まで思いつかなかった。)

「実はこの尾張の国に、俺と市とサルの他にもう一人能力を持つ者がいるという話を聞いた。その人物は浅野長勝という織田家の家臣の娘でねねという名だ。」
「ねね……」
 蘭は小さく口の中で呟いた。

(ねねは確か秀吉の妻の名前だ。もしかしてこの人が?)

「やはりそうなのだな。」
「え!?」
 パッと顔を上げると、自分に向けて右手を翳している信長と目が合った。その右手を懐に入れると愛用の扇子を取り出して広げる。

「あの……今、視ちゃいました?」
「あぁ。」
 悪びれずに頷く信長。蘭は盛大に肩を落とした。

「そのねねをサルに嫁がせようと思っていたのだ。お前が知っている未来と違う風になると困ると思ったが、どうやらそれでいいみたいだな。」
「それは偶然……なんですかね?」
「さぁな。」
 信長は肩を竦めた。偶然にしては出来すぎている気がしないでもないが、蘭は気にしない事にして質問した。

「そのねねさんの能力って何ですか?」
「『念写』だ。」
「念写……」
「心の中に思い浮かべている事柄を紙などに絵図として焼き付けるという力だ。この力を使えば、例えばイチから市に伝わる言葉や概念をねねが紙に写すという事が出来るかも知れない。」
「凄い!そんな事がもし出来たら、タイムマシンを絵にしてそれを義元に見せる事が可能になる!」
 思わず立ち上がって叫ぶと、信長が苦笑して扇子をパチンと鳴らした。

「やってみないとわからんが、やってみる価値はあると思う。サルとそのねねにはお前達の事を全部話さないといけなくなるが、そこのところはどう思う?」
 問われて一瞬逡巡する蘭だったが、すぐに頷いた。

「構いません。秀吉さんは信用していますし、ねねさんの事は協力してもらえるならそれに越した事はありません。蝶子には俺から言いますよ。たぶんあいつも反対はしないと思います。」
「それじゃあ早速向こうの家に縁談を持っていくとしよう。なに、浅野は昔からの家来だ。すぐに話は纏まるさ。」
「よろしくお願いします。」
「あぁ。」
「あの、もしかして……最近毎日外出していたのって『念写』の力を持つ人が何処の誰かを探していたんですか?」
 蘭のその言葉にさっと耳を赤くする信長であった。

「やっぱり信長様は優しいんですね。」
「煩い!早く仕事に戻れ!」
「はーい。」

 自分達の為に信長が陰で色々と動いてくれていた事が嬉しくて、この後仕事に戻って皿を洗っていてもニヤニヤが止まらない蘭だった。



―――

 月日は流れ、気づけば年が明けていた。

 朝から雪がちらつく寒いその日、秀吉とねねの婚儀がしめやかに取り行われた。


「ねねさん……ううん、ねね『』って呼んでもいいわね。だってまだ15才なんだもん。」
 蝶子がそう言うと市も頷いた。

「でも綺麗ですね。今日の雪と白い肌が相まって、まるでこの世のものとは思えないくらい……」
 うっとりとした瞳でねねの方を見る市を、蝶子は横で微笑みながら見つめた。

 光秀の事を好きだとカミングアウトしてから、市は今までの事が嘘だと思うくらい恋の相談をしてきた。それは主君の妹と家来という身分違いの恋に加えて、市が恋愛に関して奥手だという問題もあるようだ。話す機会は比較的多いが、素直になれずに偉そうな態度を取ってしまい、後で後悔するというのを繰り返すのだとか。

 何だか自分を見ているみたいだと思いながら、蝶子なりに一生懸命アドバイスをする。というのがここ最近の蝶子の日常だった。

「ねねちゃんが秀吉のお嫁さんになって私達に協力してくれるのは有難いけど、ちゃんと力を使う事が出来るかなぁ?」
「どういう事ですか?」
「うん……あれから何回かイチから連絡あったけど、こっちから繋がった事ってないじゃない?それにイチと話せるのは今のところ市さんだけだし、ねねちゃんが上手く『念写』の力を発揮出来るのかなって心配なの。あ!別に市さんやねねちゃんの事を信用してないとかじゃないからね。何ていうか、その……」
「大丈夫です。わかっていますよ。帰蝶様の言いたい事は。でも不安になるのも仕方のない事だと思います。わたしもそうですから。」
「市さん……」
「帰蝶様もイチさんの声が聞こえるといいのですが。」
「……ん?今何て言いました?」
「え?帰蝶様もイチさんの声が聞こえるといいのですが。って。どうなさいました?」

 顎に手を当てて考え込む蝶子を心配そうに見つめる市。しばらく沈黙がその場を支配していたが、突然顔を上げた蝶子が叫んだ。

「次にイチから連絡きたら、父さんに頼みたい事があります!」

 その声は静かな部屋に響き渡り、鬼の形相の信長に怒鳴られたのは言うまでもない。

(そうだ!今は式の途中だった!ごめん……ねねちゃん…結婚式ぶち壊して……)

 目が合った蘭も怒ったような呆れたような顔をしていた……



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異日本戦国転生記

越路遼介
ファンタジー
五十五歳の消防士、冨沢秀雄は火災指令が入り、出場の準備をしていたところ心不全でこの世を去ることに。しかし目覚めてみれば、戦国時代の武蔵の国に少年に若返って転生していた。でも、この戦国時代は何かおかしい。闘気と法力が存在する和風ファンタジーの世界だった。秀雄にはこの世界に心当たりがあった。生前プレイしていた『異日本戦国転生記』というゲームアプリの世界だと。しかもシナリオは史実に沿ったものではなく『戦国武将、夢の共演』で大祝鶴姫と伊達政宗が同じ時代にいる世界。作太郎と名を改めた秀雄は戦国三英傑、第十三代将軍足利義輝とも出会い、可愛い嫁たちと戦国乱世を生きていく! ※ この小説は『小説家になろう』にも掲載しています。

処理中です...