21 / 124
日常に潜む不穏な動き
戦場からの手紙
しおりを挟む―――
「清洲会議、ねぇ~……」
一人になった蝶子は小さく呟きながら、部屋の中央に敷いた布団に寝っ転がった。
ついさっきまでここで蘭と市と一緒に、今まで得た情報を整理していた。その時、蘭がここが何という城かと市に質問をして、その答えが清洲城だった。
聞いた瞬間蘭の表情が変わったのが気になった蝶子は、市が出て行った後に蘭に尋ねてみた。
『清洲城がどうしたの?』
一瞬戸惑った顔をしたが、蘭は答えてくれた。
清洲城は信長が死んだ後、秀吉や勝家らが今後の織田家の後継者や領地の配分等を決める、清洲会議なるものが行われた場所だと。そしてそれを機に家臣同士の間に亀裂が走って、秀吉が天下を取るまで再び戦が始まるのだと、悲しげな顔で教えてくれた。
歴史には詳しくないしあまり興味もないが、今普通に生きてこの世界に存在している『織田信長』という人物が、あと何十年か後に死ぬという事実を知っている。しかも大体の事情もわかっているというのは、ここに来てまだ数日だが実際に本人に会って話をしている身からすればやっぱり辛いだろう。
「蘭は優しいから…まぁそういうところが好きなんだけど……」
ボソッと呟き、一人で赤面する。両手で顔を覆って足をバタバタさせようとして、自分が今着物である事に気づいた。
「慣れないなぁ……」
上半身を起こすと乱れた裾を整える。そしてため息をついた。
「市さんはあんなに綺麗に似合ってるのに、それに加えて私は……」
市は産まれた時からお姫様で、蝶子は22世紀の未来で家の事はイチという家政婦ロボットに全部任せてきた身。
もちろん着慣れている、いないの違いはあるけれど、その前に内面から滲み出てくる凛とした美しさが自分にはない。市はきっと織田家に産まれて辛い事もたくさんあっただろうが、それが強さや自信に繋がっているのだろう。
初めて会った時に当たり前のように上座に座って悠然と微笑まれた瞬間、蝶子は市に憧れを抱いたのだ。
そして思った事は、一人の女性として蘭に振り向いてもらいたい。という事だった。
でも世の中は上手くいかないもので、その時にはもう既に信長の妻になると決められていた。
「偽装だけど……でもどっちみち見込みはないか。蘭の奴、取り敢えず結婚しろとか言うし、私の事気にする素振りも見せないんだもん。」
そう言うと今度は長い長いため息をつき、後ろから布団に倒れ込んだ。
―――
数日後――
「あの、森さん。信長様は大丈夫ですかね?」
蘭は城の台所で夕餉の仕込みをしながら、隣にいる可成に聞いた。
「殿なら大丈夫。」
「どうしてそう言い切れるんです?俺なんか心配で心配で……」
「自分の主君を信じているからだよ。それに織田信長という男はそんなに簡単に死なない。だから大丈夫だよ。」
そうきっぱり言い切る可成を茫然と見つめる。そして次の瞬間、恥ずかしくなった。
自分はこれから起こる事を知っている。この戦では信長は死なない事を知っているのに、不安になってつい弱音を吐いてしまった。蘭は気づかれないように隣に視線を移す。
可成は鼻歌でも歌いそうなくらいに上機嫌な様子だった。
(凄いな~家来の鑑だな。未来がわかってる訳でもないのに、こんだけ信じられるなんて。)
信長よりは歳上とはいえ、まだ30代くらいだろうか。この実直で忠実な人が、この世界では自分の父親なのかと不意に不思議な感覚に陥った。
実の父親はポンコツですぐ小言を言うし、精神年齢が幼稚園児以下で実験が成功した試しがない名ばかりの科学者。
天と地ほどの差がある事を実感して思わずため息が出た。
「どうした?まだ心配か?」
「い、いえ!……俺も信長様を信じようって気合い入れたとこです。」
力強く言うと、可成はうっすらと笑った。
「親子なんだから敬語はなしだぞ?他の者の前ではある程度丁寧な言葉遣いを心がけなければいけないが、二人の時はそんなに畏まらなくてもいい。」
「はい、すみません!…あ、ごめん。」
「それと呼び方は『森さん』じゃなくて?」
「……父上。」
「よろしい。」
再び柔らかく微笑まれて、蘭の若干緊張していた心がほどけていった。
「可成様!!」
その時可成の従者とおぼしき男が、何かを右手に握り締めながら台所に駆け込んできた。
「どうした!?」
「……道三氏が……」
震える手が握っていたのは手紙だった。それを可成に渡す。可成は冷静な手つきで受け取ると、中から紙を取り出した。
「……承知した。」
一読すると静かな声でそう言う。一見気丈に振る舞っているように見えたが、だらんと下げた左手は少し震えていた。
パサリと音を立てて落ちた紙を蘭が拾う。一目見た瞬間、そっと瞳を閉じた。
その手紙は道三の死と、信長が自ら軍の最後尾を務めて帰還するという報せだった……
.
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
私の物を奪っていく妹がダメになる話
七辻ゆゆ
ファンタジー
私は将来の公爵夫人として厳しく躾けられ、妹はひたすら甘やかされて育った。
立派な公爵夫人になるために、妹には優しくして、なんでも譲ってあげなさい。その結果、私は着るものがないし、妹はそのヤバさがクラスに知れ渡っている。
婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?
三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい! ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。
イラスト/ノーコピーライトガール
転生者は時を遡り世界を救う
鈴木 淳
ファンタジー
転生した先は異世界ファンタジー。
そこで幼馴染の機械オタクの少女と出会うも、その少女は天才発明家の娘でタイムマシンを作っていた!
十歳の時に少女がタイムマシンを完成してタイムトラベルするのだが……。
着いた先は荒れ果てた大地が広がる荒野だった。
――これは世界を救う誰も知らない英雄の物語。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる