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序章
隣の家の幼馴染
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「ごめんくださーい!」
蘭は家から飛び出して隣の家に駆け込んだ。表札には『濃田のだ』と書かれている。
「は~い。」
奥の方からパタパタとスリッパの音がし、声の主が玄関のドアを開けた。背が高くて色白で中性的な顔立ちをした人物が顔を覗かせた。
「よう!イチ。」
「蘭さま、またですか……」
「悪いな。まったく…心の狭い親父には苦労させられるよ。機械をちょっといじっただけなのにあんなに怒るなんてさ。」
「どうせ壊したんでしょう?はぁ~……お父様に叱られる度にうちに逃げて来られても困りますよ。旦那様もお嬢様も忙しいんですから。」
「蝶子やおやっさんには別に会わなくてもいいんだけど。飯さえご馳走してくれれば。定期的にイチの作る飯が欲しくなるんだよなぁ~」
「相変わらず口だけは上手いですね……」
イチはため息を溢すとドアを大きく開けて蘭を迎え入れた。『ラッキー!』と呟き舌を出したのを横目で見ていながらも気づかないフリをする。
そんな忠実な家政婦としては花丸満点の対応を見せる、彼なのか彼女なのか定かでないこの人物は一体誰なのか?
「なぁ、イチ。」
「何ですか?」
廊下を歩きながら話しかけてくる蘭に顔を向ける。
「次のメンテナンスっていつ?」
「えーっと、三日後ですが。それが?」
「んー?ちょっと聞いただけ。ロボットのメンテナンスなんて大変そうだなって思ってさ。最近は蝶子も携わってんだろ?」
「えぇ。蝶子お嬢様は優秀ですから旦那様の助手が随分板についてきましたよ。わたしも安心して任せられます。」
「そっか。そりゃ良かったな。」
蘭の表情がちょっと優しくなったのを見たイチは密かに微笑んだ。
その表情の変化は人間じゃないとは到底信じられない程スムーズで自然なものだった。歩き方や身のこなしも人との区別が難しく、それが人工知能を搭載した人型ロボットであると見破る事は中々できないだろう。
この家政婦ロボットを発明したのは、イチが先程から旦那様と呼んでいる濃田康三。
日本で一番有名な科学者で工学博士である。ノーベル賞を二回も授賞していて、ロボット開発の第一人者。
そしてこれまでの技術を全部注ぎ込んで完成させたのがこのイチである。
見た目が完璧な人間である以上に感情も少なからず持ち合わせており、接する相手の気持ちに共感する事ができるのがこのイチの特徴。
それに加えて仕事は完璧にこなすという、人間越えの代物だ。その為、月に一度のメンテナンスが欠かせないという訳である。
「じゃあここで待ってて下さいね。今準備している途中なので。」
蘭をダイニングに押し込み、イチはキッチンへと入っていった。
「楽しみだな~何作ってくれるんだろ。」
テーブルに頬杖をつきながら、今日の夕飯のメニューに思いを馳せた。
「あーー!ちょっと蘭!人の家で何してんのよ!?」
「うぉっ!……って蝶子か。何だよ、驚かすなよな。」
キッチンから良い匂いが漂ってきたのと昨夜の寝不足からついうとうとしていた蘭は、突然響いた怒声に飛び上がった。
振り向いた先にいたのはこの家のお嬢様、濃田蝶子その人だった。
「何ってイチの飯食いにきたんだよ。」
「どうせまた吉光のおじさんから怒られて逃げてきたんでしょ。毎回毎回うちに来られても迷惑なんだけど。」
「イチと同じ事言うなよ。俺とお前の仲じゃんか。」
「なっ!どんな仲よ!」
「え?幼馴染だろ?」
蘭の返しにがっくりと肩を落とす蝶子。そしてふと自分の格好に気がついて悲鳴を上げた。
「やだ!私ったらこんな格好だし……ちょっと待ってて。着替えてくるから!」
薄暗い研究室では気にならなかった油の汚れや汗の臭いが、急に恥ずかしく思えてきた。これは相手が密かに片想いをしている人物だからに他ならないのだが……
「そんなのいつもの事だろ?俺は別に気にしないぞ。」
その相手が超がつく程の鈍感なのだから、蝶子の苦労もわかるというものである……
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