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同居までの道のり
結~懇願~
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「う…わっ……!すごっ!!」
「気に入ったか?」
「気に入った、気に入った!綺麗…やなぁ~」
皮肉っぽい火野の言い方に反論するのも忘れて、私は目の前の景色に釘付けになった。
「ほんま、綺麗やわ……」
元小説家志望のくせに語彙が乏しすぎて自分でも嫌になるが、本当に綺麗なのだからしょうがない。
ここは東京郊外にあるちょっと小高くなった丘の上。ちょっとと言っても車で結構登ったから、山というのが相応しいか。
私たちはその上から綺麗な夜景を眺めていたのである。
どうして男二人でこんなところに来ているのかというと……話は三日前に遡る。
―――
「あ~……、のさ、ヒカル。」
「ん~?」
珍しく歯切れの悪い火野だったが、私は今日締め切りの原稿のチェックに追われていたため、そんなことには気にせず空返事をした。
「……この間の、さ」
「ふん……」
「俺が、あ~…何ていうか……」
「う~ん……?」
「……やっぱ何でも……」
「だあ~~!何やねん、はっきり言わんかい!このアホ!!」
はっきりしない火野にイライラが爆発した私は、部屋のドアに立っていた火野に怒鳴った。
「用があるからって言うから忙しいのにこうやって話を聞いてやってんのにやな、何やそのグダグダした喋り方はっ!」
「すまん。」
「すまんやあらへん!さっきから1ページも進んでないねん、お前のせいで。」
「だから悪かったって……」
「ん?」
忙しくてろくに顔を見てなかったけど、今見たら火野の表情がいつもと違う。
多分傍目にはどこが違うのか判らないだろうが、長年の付き合いの私には判る。焦っているのか顔が少し上気していて、いつも冷徹な瞳が落ちつきなく動いている。
そしてちょっと緊張しているような……って緊張!?
火野が?私相手に?
「いやいやいや……それはない、ない。」
「ヒカル?」
「いや、こっちの話。それより用って何?」
私の方から水を向けると、それから3分ほど『あーだ、こーだ』と迷いながらやっと口を開いた。
「この間さ、ほらお前が親戚の葬儀の後、俺の部屋に来てくれた日。覚えてる、か?」
「あ……うん。」
忘れるわけない。私がこの想いに気づいた日のことは。
「覚えてるけど……その日がどうしたん?」
「俺さ、あの日はちょっとおかしかっただろ?お前に迷惑かけたんじゃねぇかなって、ずっと気になってたんだ。」
「迷惑って……ふはっ!」
「……って、おい!何でそこで笑うんだよ……」
何だか今日は珍しい日だ。いつもより面白い火野が見れた。
「今日のお前の方がよっぽどおかしいけどな。」
腹を押さえてヒーヒー言いながら言うと、火野はムッとした。
「悪かったな。……もういい。忙しいところ邪魔したな。」
「え!?ちょっ……どこ行くん?」
「帰るんだよ。」
「悪かったて!……君があんまり変やから、つ、つい……」
思わずまた笑いそうになったけど、今度こそ本当に帰られそうだったので我慢した。
「ちゃんと聞く。どうしたん?お前にしては珍しく言い憎そうやけど。」
「ああ……つまりだな。あの時俺、思ったことがあってさ。」
「思ったこと?」
「まぁ、あの時が初めてではなかったことなんだけど……」
「?」
火野が何を言おうとしているのか、まっったく判らない。
口を開けて見ていたら、おもむろに背中を向けられた。
「三日後の夜、空けとけ。」
そう一言言うと、呆気にとられている私を置いてそそくさと部屋を出て行った。
「……は?」
意味が判らない。いや、言葉の意味は判る。
『三日後の夜、空けとけ』『三日後の夜、空けとけ』『三日後の夜……』
「はぁ!?」
しばらくの沈黙の後、私の大声がマンション中に響き渡った……
―――
というわけで今に至る、のだが……
『何やの、さっきから黙ったまんまで……』
そう、自分で連れてきたくせにさっきからずっと黙ったままの火野に、私は心の中で愚痴る。
散々『凄い』と『綺麗』を発し続けた私の口からはもう何も出てこないので、仕方なく火野を観察することにした。
それにしてもほんま……顔だけはええんよなぁ……
出会ってからだからもう何年もこの顔を見ているけど、こんなにじっくりと見たことはあまりなかった。それとも自分が意識してなかっただけで、実は結構見てたのかな。
火野が言った『あの日』は、私が彼に対して抱いていた感情の正体に気づいた日だ。いつから、なんて考えてもしょうがないけど、実は出逢った頃から他の友達に向けるものとは違う感情を持ってたのかも、と思うと気恥ずかしい。
そう考えながら火野の横顔を見ていたら、不意に火野が口を開いた。
「そんな見つめるなよ。照れるだろ。」
「え!あ、ごめっ……」
急に火野がこちらを見たから、びっくりして声がひっくり返ってしまった。
「ヒカル。」
「な、何?」
火村の顔が少し強張るのが分かった。
「俺は……お前に出逢ったことが唯一の救いだと思っている。」
「火野?」
火野が何を言うつもりなのか私には判らないけれど、聞いてあげなきゃと思ったから体ごと向き直って彼と視線を合わせた。
「俺はまだ、俺の全部をお前に伝えることが出来ない。もしもお前に俺の闇が移ってしまってもそこから救い出してやることさえ出来ない。それでも俺と……」
必死な表情の火野を見つめながら、私はうっすらと笑った。
「そんなん、君に言われんでもちゃんと側におるよ。今までだって助手兼秘書として一緒にいたやんか。」
「そうじゃなくて……」
口ごもる火野に益々訳がわからなくなる。こんな風な火野は初めてだ。いつものように急かす気にもなれずに、私は辛抱強く待った。
「一緒に、暮らしてくれないか。」
「……へ?」
「あ、いやだからその……別々に暮らしてたら色々不便だろ。原稿が出来たら一々お前を呼び出すか、俺がお前の部屋に行くかだった。一緒に暮らせばそんな手間はいらない。」
「そ、そりゃあそうだけど……」
私はドキドキと高鳴る心臓を押さえた。
一瞬プロポーズでもされたのかと思った。
『一緒に暮らしてくれないか。』なんて……
でも話を聞くとそういう事ではなく、ただそうした方が色々と楽だという意味らしい。変な事を考えてしまって赤面しつつ、返事を返した。
「ええよ。俺の仕事はお前のサポートやもん。一緒に住む事がお前の為になるなら、喜んでお引き受けします。」
そう言うと、火野は心底安心したという顔で笑った。また心臓が高鳴る。でも今度は押さえる事はしなかった。
その子どものような笑顔に見惚れてしまったから……
火野が抱えているものは私が思うより深刻なものなのかも知れない。臆病な私はそんな彼を支えていく事が出来るのだろうか。ずっと側にいてやれるのだろうか。
さっき火野は言った。自分の闇が私に移ってしまってもそこから救い出してやることさえ出来ない。と。
火野の言う『闇』とは何なのか。その『闇』に万が一飲み込まれたとしたら、私は一体どうなってしまうのか。
正直言って怖い。ただでさえ、何も聞けないのだ。
この間だってどうしてお母さんを見かけただけであんなに落ち込んでいたのか。家族とあまり上手くいっていないというのはいつだったか聞いた事はあったけれど結局何も聞けなかった。
私は火野の側にいるのに相応しい人間なんだろうか。返事をした後なのに、醜いくらい葛藤している。
でも……それでも……
「じゃあ早速引っ越しやな。火野、手伝ってぇや?」
悪戯っぽい顔でそう囁くと、火野は不敵に笑って頷いた。
――これが私達の同居に到るまでの道のりである。
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