十五年は長過ぎる

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存在理由

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―――


「そう言えばさ、あの時どうして声をかけてくれたんや?」
「あの時?」

 私は窓辺で外を向いたまま、火野に言った。火野はパソコンから目も離さずに返事をする。


 あの時――

 十五年前の5月21日。私達が初めて出会った日。

 火野が声をかけてくれなかったら、私はここにいない。いまだに地元で燻って、叶わぬ夢にすがりついて生きていただろう。


 私は小説家になりたかった。でも才能がないと絶望し、印刷会社に就職した。

 そんな時、この火野樹と出会った。彼も小説家を目指していて、しかも彼の書く小説はとても面白く、私は一発で火野のファンになった。


 そして友人関係になって数年後、彼の書いた小説が有名な賞を取り、作家としてデビューした。
 私はそれを手放しで喜び、その日の夜は朝方までどんちゃん騒ぎをしてお祝いしたものだ。

 このお祝いの席で火野は私に助手兼秘書になって欲しいと言ってきた。私は心底驚いたが、この火野という男はどうも不器用でコミュニケーション能力がない。そんな彼を友人として助ける事が出来るならと、二つ返事で了承した。

 私の仕事はスケジュール管理に出版社との連絡係、マスコミに出る時の衣装選びや体調管理まで。そして一番の大事な仕事が、誤字・脱字が多い火野の原稿の最終チェックをする事。

 完璧主義の上に自分も物書きの端くれであるので、どうにも厳しくなってしまうのだが、火野自身が『厳しい方がいい。』と言うので遠慮なくやらせてもらっている。


「まぁ、何ていうか……今を逃したらもう二度と会えないって思ったから?かな。」
「へ……?」
 突然の言葉に一瞬呆気に取られる。今までずっと黙っていたのが急に喋った事にも驚いたが、何よりその内容に驚いた。

「…………」
「何だ、その顔は……」
「いや……キャラじゃないなと。ビックリしただけ……」
 そう言うと、ほんのり顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。

 火野は感情があまり顔に出ない。昔の知り合いに『無愛想、無口、無表情、無反応』と四『無』だと言われていたそうで、確かに普段はそうだ。

 でもたまにふとした時に出るこういう素の表情が見れる事が嬉しいし、自分の前だから見せてくれるのではと自惚れてもいるのだ。


「今のはなし!……忘れてくれ……」
「いいや。絶対忘れへん!」

 忘れるものか。こんな勿体ないもの。

 さっきの言葉と合わせて永久保存だ。


 あの時声をかけられなかったら、私達はただ通りすがりも同然の他人のままだった。

 こうして話す事も笑い合う事も出来なかった。

 友人にも助手にも秘書にもなれなかった。


 そしていつしか好きな人へと、変化した。


 全てはあの日を境に変わったのだ。

 今の私は彼の為にある。


「ありがとぉ。」
「……っ…」

 何故か更に真っ赤な顔になった火野を笑いながら、ちゃっかりスマホで写真を撮ってみた。



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