十五年は長過ぎる

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回想

出逢い~ヒカル~

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―――

 私が初めて火野に会ったのは、小説家になりたいという子どもの頃からの夢を、諦めようかどうしようか迷っていた時だった。

 小さい頃から本が好きで、外で遊ぶよりも家で大人しく読書しているという子どもだった。

『男のくせに』と言って苛めてくる同級生もいたが、そう言われて泣きながら帰ってきた時には必ず母が慰めてくれた。

『苛めてくる子は本が読めるあなたを羨ましがってるの。自分は難しくて読めない本を、あなたがすらすら読むのが歯がゆいんだわ。そういう子に負けないで。あなたには本という武器がある。忘れないで。』

 この言葉は今でも私の宝物だ。


 小説家という夢を告白した時も、母は応援すると言ってくれた。父や他の家族も最初は反対したけど、私や母の説得で公認してくれている。

 これで心置きなく小説家を目指せる!と意気込んだ矢先、私は絶望した。自分に才能がないと気づいてしまったのだ。


 初めて新人賞に応募したのは、高校生の時。その時は一次審査にも引っ掛からなかった。その後も何度か送ってみたが、ついにどれもダメだった。
 そこで初めて、私は自分に小説家としての才能がないのだと悟ったのだ。

 母は諦めたらダメだと言ってくれているけど、私にはわかる。

 プロの作家さん達はもちろんの事、私が今まで応募した新人賞で賞を取った人達の作品はとても素晴らしく、私には到底真似出来ない。

 読書が好きでこれまでたくさんの物語を読んできた私だからこそ、自分に才能がない事に気づいてしまった。皮肉な事だと自嘲してみたものの、本を読む事を嫌いにはなれなかった。


 大学を無事に卒業し、地元の印刷会社に就職した。印刷会社を選んだのは、出版社とかだと諦め悪く夢をいつまでも引き摺りそうだったから。

 だけど完全に離れるのも嫌だったので、出版物の印刷が舞い込んでくるかも知れない、印刷会社に決めたのだった。


 会社に勤めて二年目の24歳の春。

 終業間際に持ち込まれてきたポスターの印刷をしようとした時、その名前が目に飛び込んできた。

 東京のとある予備校で有名な作家さんのセミナーが開かれるという煽り文句に、忘れていた熱が体中を駆け巡った。そしてそのポスターを印刷機にかけながら私は決心した。

『ここに行こう』と。

 でも外部の人間が行ってもいいものなのだろうか。私は不安で当日になるまであまり眠れなかった。



―――

 そしてセミナー当日。

 恐る恐る会場に行ったら明らかに予備校生っぽくない人も何人かいた。それでも不安だったので、受付の人に声をかけた。


「あの……このセミナーって俺みたいな外部の人間でも聴けるんですか?」

 その人が丁度下を向いていたタイミングで、勇気を振り絞って声をかけた。

 慌てたように顔を上げたその人は、長身で漆黒の切れ長の瞳が印象的な男性だった。自分と同じくらいか少し歳上かなと思った。


「……大丈夫ですよ。一般の方でも入れます。」
「良かった!予備校やからここの生徒しか入られへんのかと思った。」
 嬉しくて思わず飛びはねて喜んでしまった。
 こういう事をやるから子どもっぽいって言われるのだ。ただでさえ若くみられるというのに……


「あれ?関西弁……」
「あっ!ごめんなさい……嬉しくてつい。」
 これまた思わず出てしまった関西弁を指摘されて小さくなった。

 東京に来た時は関西弁が出ないように気を使っているのに、何だかこの人の近くにいると自然と出てしまう。
 そっと様子を窺うと彼の口から『関西弁が悪いとか思ってない』という言葉が出て、ますます笑顔が深くなった。

 一見無表情だけど本当は優しい人なんだろうなと思っていたら、後ろに列ができている事に気づいた。慌ててパンフレットを貰うと会場に足を向けた。


 その時だった。彼の声が聞こえた。



「あの!―――」



―――

 私はこの出会いをきっかけに勤めていた印刷会社を辞め、関西から上京した。

 流石にこれには反対した母だったが、何回も説得してやっと漕ぎ着けた次第だった。決して円満な別れ方ではなかったけど、後悔はしていない。


 今年もこの日がやってきた。

 今日は私達二人が奇跡的な出会いを果たした日。


 私、朝比奈ヒカルと彼、火野樹たつきが出会った日。


 何て事のない日だけど。
 他人にとっては無意味な日かも知れないけれど。


 あの日から十五年が過ぎていく――



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