十五年は長過ぎる

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回想

出逢い~樹~

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―――

 ヒカルと初めて会ったのは、小説家を夢見ながら予備校でバイトをしていた時だった。

 親は大学を卒業したら何処かに就職するのだと思っていたようで、『小説家になりたい。』と言ったらもの凄く反対された。


『子どもじゃないんだからそんな夢みたいな事言うな!』

 とも言われた。そしてこのまま就職しないなら家族の縁を切るとまで言われてしまったのだ。

 しかし俺はそうなるとわかっていた。ずっと公務員家庭で狭い範囲でしか物事を見ようとしない自分の親を、俺は子どもの時から嫌いだった。
 どうせ向こうも、変に大人ぶって冷めた目で無気力に生きてきた俺を、可愛いとは思っていなかっただろう。

 そして結局交渉は決裂し、晴れて自由の身になった。

 大学の卒業式が終わったその足で、実家に戻らないまま俺は姿を消した。


 過去の自分に決別して新しい人生を歩んでいた俺に転機が訪れたのは24歳の春だった。いや、5月だからもう初夏といってもいいだろう。

 バイト先の予備校がある有名な作家を招いてセミナーを開いた。後学の為にと俺も拝聴したいところだったが、生憎講師陣は当日の準備に駆り出されるという事で泣く泣く諦めた。


 そしてセミナー当日。

 受付を任された俺は慣れない笑顔を何とか顔に貼りつけて、来校してくる予備校生や一般の人達にパンフレットをせっせと渡していた。


「あの……このセミナーって俺みたいな外部の人間でも聴けるんですか?」

 丁度下を向いていたタイミングで上からそう訊ねられた。

 慌てて顔を上げると、そこにいたのは男にしては小柄な青年だった。俺と同じくらいの歳だろうか。不安そうな顔でじっとこっちを見ている。

「……大丈夫ですよ。一般の方でも入れます。」
 俺がそう言うとパッと顔を綻ばせた。

「良かった!予備校やからここの生徒しか入られへんのかと思った。」
 飛び上がって喜ぶ姿はビックリするくらい子どもっぽくて、本当は大学生か高校生じゃないかと第一印象を変えかけた時。ふと引っかかった。

「あれ?関西弁……」
「あっ!ごめんなさい……嬉しくてつい。」
 何故か恐縮して小さくなるその彼に、逆にこっちが焦ってしまう。

「いや、別に関西弁が悪いとか……思ってないから……」
「ほんま?」
「あ、あぁ……」
 今度はキラキラした目で詰めよってくる。何か表情がころころ変わって、大人しそうな見た目に反して一筋縄ではいかなそうだ。


 中性的な顔立ちとその子どもっぽい仕草。そして若干高めの声。今まで会った事のないタイプだなと思っていると、怪訝そうな声で話しかけられた。

「あの……後ろ並んでますよ?」
「え!?あ、すいません……これパンフレットです。中入って右側が会場です。」
「ありがとぉ。」
 関西人独特のイントネーションと笑顔でその場を去っていくその人。

 俺は自分でも気づかない内に呼び止めていた。


「あの!―――」



―――

 後から聞いた話だが、それを偶然見てしまった同僚は開いた口が塞がらなかったという。むしろ開き過ぎて顎を外しかけたそうだ。

 何故なら俺は無愛想、無口、無表情、無反応の四冠ならぬ四『無』で有名なのに、その時の俺は普段の姿が見る影も無くなっていたという事だった。

 俺自身もいつもの自分らしくないなと思ってはいたが、そんな風に見られていたとは少し、いやかなり恥ずかしいものがある。

 でもだからといって後悔はしていない。この時の自分の勇気を褒めてやりたいくらいだ。


 今年もこの日がやってきた。

 今日は記念すべき俺達二人の初対面の日。


 俺、火野たつきと彼、朝比奈ヒカルが出会った日。


 あの日から十五年が過ぎていく――



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