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エピソード2:吊るされた男
二枚のカード
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――3日目
『皆さん、起きて下さい!皆さん、起きて下さい!』
「んぅ~……今何時?」
天上の声に起こされて、寝ぼけたままの頭で時計を見た。朝の6時。
「今度は何!?」
僕は慌てて着替えながら部屋の外に出た。廊下を行くと3号室の前に人が集まっている。帝叔母さんの部屋だ。
「何があったんですか?まさか帝叔母さんの身に何か……」
前にいた人の脇をすり抜けて部屋の中を見ると言葉を切った。呆然と立ち尽くす。
帝叔母さんは机の前の椅子にこちらを背にして座っていた。それだけ見たらただ座っていると思うだろうが、異常だったのは左手がだらんと垂れ下がっていてそこに赤黒い血のようなものがこびりついていた事だった。その下の絨毯には点々と跡がついている。
「叔母さん!」
「駄目だ、流月くん!」
思わず近寄ろうとした僕を坂井さんが止める。僕は息を切らしながら坂井さんの方を見た。
「……亡くなってるんですか?」
「今大和刑事が見てくれている。」
坂井さんの視線の先を見ると大和刑事が叔母さんの横にしゃがみ込んでいた。しばらく様子を見た後、大和刑事は立ち上がった。
「残念ながら死んでいます。死後硬直の具合から見て昨日の夜の8時から10時の間ってところですかね。」
「それでは昨日我々が自分達の部屋に帰った頃から2時間くらいの間、という事ですな。」
相原さんが言うと大和刑事は頷いた。
「しかしおかしいですね。楠木さんは昨日あれだけ取り乱して次は自分だと怯えていたのに、犯人を部屋に招き入れたって事ですか?しかもこの体勢……よっぽど親しい間柄でないと背中を見せるなんて事はしないと思うけど。」
服部さんが僕の方を意味ありげに見る。僕は慌てて首を振った。
「僕は叔母さんの部屋になんて来てませんよ!」
「まぁ、待って下さい。楠木さんは殺されたんではないよ。」
「え?どういう事ですか?」
「見れる人だけ見て下さい。左手首に躊躇い傷がある。これは自殺の死体によくある傷で、自殺しようと決心してもいざその時になると躊躇って、傷が何重にも重なるんだよ。で、これが致命傷の傷ね。あとそこに剃刀が落ちている。」
恐る恐る叔母さんの左手首を見ると、大和刑事の言う様に傷が何重にも重なっていた。その中で一際長くて深い傷があってそこに血が固まってついていた。そして絨毯の赤黒い跡の上に剃刀が落ちていた。
「じゃあ叔母さんは自殺だと……?」
「そう見るのが妥当だろう。」
「そんな……」
「成程。この犯人は楠木さんの事をよくわかっているようだ。二人を殺す事で楠木さんが自殺するように追い詰めたのだろう。」
「でも自殺しなかったらどうするつもりだったの?」
相原さんの言葉を白藤さんが否定する。それでも相原さんは首を振った。
「いや、限りなく高い確率で楠木さんは自殺していた。昨日のあの怯えようは異常だった。本人は可愛がっていたと言ってたが、それは多分嘘だろう。まぁ小さい時は可愛がっていただろうが、楢崎さんに恨まれている覚えはあったと思う。」
「ねぇ、流月くんだっけ?何かないの?陽子が叔母さんを恨む理由。」
星美さんに見つめられて僕は言葉に詰まった。少し逡巡した後、僕は顔を上げた。
「実は帝叔母さんは……姉を虐待していました。」
「え?」
「何だって?」
皆が揃って声を上げる。僕は一つ深呼吸をすると続けた。
「姉は僕が言うのもなんですが綺麗な人でした。帝叔母さんの旦那さんが手を出そうとする程に。」
「何と!」
植本さんが絶句する。他の人達も唖然とした顔をしていた。
「帝叔母さんは姉を呼び出して頬を叩きました。すぐに我に返ってその時は謝って済んだのですが、その後も叔母さんの旦那さんが事あるごとに姉を狙ったのでその度に暴力を……」
「酷い……」
星美さんが顔を覆う。坂井さんがギリッと唇を噛んだ。
「それでも姉は叔母さんを信じていました。いつかやめてくれるだろうと。だけど虐待は続きました。……次第に陽子は叔母さんを避けるようになり、高校を卒業した後は連絡を絶ちました。」
「そうだったんだね。それを負い目に感じていた楠木さんは贖罪の意味も込めて自殺したのか。」
大和刑事がしみじみ言うと、何人かが協調したように頷いた。
「ん?あれは?」
静けさがその場を支配しかけた時、植本さんが不意に言った。皆がそれに反応して植本さんの方を見る。
「机の上に何か置かれている。あれは、タロットカード?」
「あ、本当だ。これは女帝のカードね。二枚ある。前の二人の時のように重なってるわ。」
「自分で自分を殺した、という事を示してるんじゃない?よくわかんないけど。」
服部さんが面倒くさそうに言う。
「確かにそう取れるね。楠木さんが置いたのかな?」
「さぁ?叔母さんがタロットカードを持ち歩いてるなんて聞いた事ないけど。」
坂井さんの問いに僕が答える。すると相原さんが口を開いた。
「犯人が我々の隙を突いて置いたのかも知れん。そうなると、この中に犯人がいるという事になるがな。」
「ちょっと変な事言わないでくださいよ。犯人は姿のわからない招待主でしょ?」
新谷さんが情けない声で言うと相原さんは鼻で笑った。
「ここまでくるとそうとも言っていられないのではないか?犯人はこの中にいて、我々の様子を見て腹の中で嘲笑っている。」
「じゃああと五日間、この中の誰が犯人かわからないままここにいろって言うんですか?」
「そうなるな。」
冷静な相原さんの返しに新谷さんの体がブルブルと震え始める。白藤さんが無言で肩を撫でた。
「とにかくこの部屋も閉鎖します。皆さん、出て下さい。」
大和刑事のもうお馴染みとなったセリフに、皆が従って廊下に出る。ガチャンという鍵のかかった音が意外に大きく響いた。
「もうダイニングに集まるのは嫌だ。俺は部屋に戻る!」
「ちょっと孝人!……私も部屋に行くわ。皆さんはご自由にどうぞ。」
新谷さんと白藤さんが自分達の部屋に向かう。戸惑った空気が流れたが植本さんがパンと手を打った。
「今日はそれぞれ自由に過ごそう。襲われないように部屋には鍵をかけて、あまり出歩かないほうがいい。」
「……ご食事は如何致しましょう?」
「じゃあ朝食は抜きにして昼食は12時になったらそれぞれの部屋に運んでくれませんか?お手数おかけしますが。」
小泉さんに申し訳無さそうに言う坂井さん。誰も異を唱えなかったので、小泉さんと星美さんは無言で頷いた。
「でもずっと部屋に籠もったままでは無事が確認できません。午後六時になったら一旦ダイニングに集まりませんか?」
「それも一理あるな。それではそうしよう。」
大和刑事が縋るような目つきでそう言うと、相原さんが同意する。それもそうだと思って僕も同意の意味で頷いた。服部さんは渋々と言った感じで顎をしゃくり、植本さんと坂井さんは微笑んだ。
「それじゃあ後で。」
坂井さんの一言で皆が別れる。僕は一抹の不安を抱えながら自分の部屋へと向かった。
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