虹色の季節

りん

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9、感謝――幸せの意味

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「ただいま~。」

 春香は玄関で靴を脱ぎながら大声を上げる。

 Yシャツのボタンを一気に胸元まで外しながら中に入った。


「お帰り、春ちゃん。遅かったわね。」
「うん。葉菜がね、帰りも病院寄るって聞かなくて。学校行く前にも行ったのにさ。あ、そうそう、叔母さん。葉菜ってね、お兄ちゃんの事が好きなんだよ。」
「まぁ、まぁ。そうだったの。葉菜ちゃんもお年頃ね~。じゃあ今日は二回も透ちゃんの所にお邪魔したの?」
「そういう事。でもさ、葉菜も物好きだよね。うちのお兄ちゃんなんか…オジサンだよ、もう。」

 カバンを居間の隅に放り投げて、ドカッとソファーの上に座る。後から続いて入ってきた叔母の美津子は苦笑しながらキッチンの方へと入っていった。


「あら、透ちゃんだって中々ハンサムじゃない。それにまだ29歳でしょ?」
「三十路だよ。オジンだ、オジン。」

 本人が聞いたら怒るような事を平気で口にすると、テーブルの上に置いてあったお菓子を物色し始めた。

 そんな春香の様子を見て我知らず微笑んでいた美津子は、慌てて中断していた夕食作りを再開した。


 春香がこの前園家に引き取られたのは五年前。

 母が亡くなってすぐの事だった。


 そして今から半年前、一人東京の会社に勤めていた兄が大怪我をした。命に別状はなかったが、長期の入院が必要という事で、東京の病院からこちらの病院に転院した。

 リハビリを頑張ればもしかしたら歩く事は出来るかも知れないと言われていたが、病気がちだった母に似たのか肺の方が少し悪く、今のところはまだ安静が必要だという話だった。


 両親の離婚から続く一連の不幸に関しては、春香自身は特に何とも思っていなかった。

 もちろん大好きだった両親が離婚した時や父がいなくなってしまった時は、声を上げて泣いたし母を捨てたと憎んだ時もあった。

 そして大切な母が亡くなってしまった時は、自分もお母さんの所に行きたいと兄や叔母に涙ながらに懇願して困らせた。

 だけどもうどうにもならない事だと子どもながらに悟り、母の分まで生きると前向きに考えるようになったのだ。

 でもそれは一人じゃなかったから。兄や叔母夫婦、何より葉菜がいてくれたからそういう風に思えたんだと、今になって思う。

 だから自分が不幸者だとは思っていない。

 世界一の幸せ者だとは思わないけど、自分の事を想ってくれている皆が何よりも大事で、そう思う気持ちを持っている事を幸せと言うのかな、なんて恥ずかしながらそう思っている。


 母の姉の美津子だけではなく夫の和之も春香たち兄妹には良くしてくれ、入院費も一部負担してくれた。それどころかこれからの治療にかかる費用も助けてくれるとまで言ってくれているのだ。

 本当に月並みな言葉では言い表せない程、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 加えて二人には子どもがいない。それで余計に兄妹の事が可愛いのである。


「叔母さん。今日のご飯何?」
「肉じゃがよ。」
「わ~い!叔母さんの肉じゃが、大好きなんだ!」
「ふふふ。何かそう面と向かって言われると照れるわね。あ、そこの棚からお皿出してくれる?」
「は~い。」

 お菓子を食べながらキッチンに入ってきた春香は、目をキラキラさせながら叔母の手伝いを始めた。

 さすが血が繋がった叔母と姪である。特に笑うとできる笑窪が似ていて、知らない人が見たら本当の親子だと勘違いされるだろう。

 仲良く並んで食事の支度をする二人の後ろ姿からは、幸せのオーラが出ているように見えた。



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