記憶の中の彼女

益木 永

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第37話

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  *

 凛の反応を見た和也は、そうだったのか……と思う。
「ど、どうして……和也くんがこれを」
「俺……凛のお姉さんと会った事があるんだ」
 和也はそう答えた。
「結構前……一人、公園で遊んでいた時だったかな」
 そうして、和也は凛の姉と出会った時の話を少しずつしていく。大事な人に、渡して欲しいと言われて渡されたその封筒は、彼女に姉からの贈り物だとわかる様にわざわざパンダ柄にしていたようだった。
「そう、なんだ……」
 凛は混乱している様子なのか少し、声に覇気がない。
 和也としても昔、凛の姉と出会った事があるという事実は衝撃的な事だった。少年の言っていた人はもしかして、凛の姉の事だったのだろうか。
「その封筒、中に何か入っていると思う。凛に当てたものだと思うから、見てみた方が良いよ」
「……それも、そうだね」
 凛は封筒を開ける。この封筒、折り紙で折ったものなのは凛が準備の時に見せてくれた同じものからわかる。
 この会話は、人がいる所ではできなかったなと和也は内心思う。
 そして、凛は封筒から何かを取り出した。それは、折りたたまれていて広げると四角形の紙になった。
「何か、書いてる……」
 凛のその言葉を聞いた和也は手紙だと理解した。
「読んでみよう。今、ここには俺たちしかいないから大丈夫」
「そ、そうだね……えっと……」
 そうして、凛は手紙を読み上げ始めた。


 凛へ

 最初に、私はあなたに謝らなければいけない事があると思います。
 この手紙を読んでいる時、あなたの目の前に私がいないという事です。
 
 これだけは、私にもわかっていました。
 けれど、だからこそ言わせてほしい。私がいなくても、前向きに生きてほしい。
 これからも楽しい事や辛い事がたくさんあるけれど、それでも前向きに生きていてください。だって、私にとってあなたは大事な、大事な妹だもの!

 だから、笑顔で生きていてね。

 静 より

「……お姉ちゃん、ありがとう」
 和也は手紙を強く抱きしめる様に握る彼女を見る。凛は涙を流していた。
 きっと、この手紙が贈られるまでに長い時間があった。多分、お姉さんはいつかこの手紙を渡したかったのかもしれない。自分が、この世からいなくなった後も凛に強く生きていて欲しいという願いがあったのだろう。
「本当に……っ、ありがとう……っ!」
 この手紙に書かれた想いを凛は、きっと汲んでいる。
 本当に大事な妹のためだけに宛てた手紙だったというのが和也にも伝わった。

  *

 しばらく落ち着いてから、和也と凛はまた文化祭巡りを再開していた。
 あの手紙を読んで涙を流していた凛は、すっかりと笑顔で文化祭を楽しんでいる様子だったからなんだか不思議な気分だ。同じ日に見せる表情とは思えなかった。
 けれど、あの手紙を読んだからこそこうして笑顔を見せているのだという事も理解できる。
「お~い和也……と凛ちゃん! どうだ~! 楽しいか~!」
「あ、城築くん! もちろん、楽しいで~す!」
 たまたま行ったグラウンドで遠くから龍に大声で呼びかけられる。凛は、その呼びかけに答えて応える。
 和也は正直、恥ずかしかったのはここだけの話にしておいて欲しい。
 グラウンドでは基本は食べ物の屋台がメインで出店されている。食べ物を作って販売しているのはこの高校の学生たち。それぞれのクラスで担当を決めてこうして出店されているという形だ。
「和也くん」
「ん、何?」
 凛が改めて聞いてきたから、なんだと思った。
「城築くんに一緒に回らないか、聞いてみても良いかな?」
「あ~……」
 それを聞いた時、和也は何とも言えない気持ちになった。多分、あいつはこの状況から考えると断ってくるだろうな……という確信に近い直感があったからだ。
「まあ、聞いてみても良いんじゃないかな……」
「そっか。それじゃあ聞いてみるね」
 そう言って、凛は龍の方へと行ってしまった。
 そして、凛が戻ってきた時には残念そうに「断られちゃった。残念!」という報告をしてきたのだった。こちらとしても、複雑な気持ちだった……。

 文化祭ももうすぐ終わり。
 ここの高校は、文化祭は夕方頃に終わる。和也たちは最後に凛が見たい、と話していた体育館のメインステージである演劇を見に行っていた。
 演劇の内容はおとぎ話を題材としたもので、非常に本格的な内容で演劇をしようという意気込みが伝わってきた。あくまで高校の文化祭の演劇なので、それこそプロの舞台とかと比べるのは酷ではあるが、それでも熱意だけは間違いなく負けていないとは思いたくなる程のものだった。
 凛は演劇に夢中になっている様子でずっと目を離さずステージを見ていた。
 和也はその様子を見て、なんだか可笑しくなって少しニッコリとしていた。流石に、凛には気づかれていないだろう。
 演劇はもうすぐ終盤に入ってきた。最後の方の台詞で和也は少し引っ掛かるものがあった。
『運命は、自分の力で変えられると信じている』
 和也はその台詞を聞いた時、あの記憶の中の女性……凛の姉の事をまた思い出す。
 きっと記憶の中の彼女は、これを信じて行動をしていたのだと。そして、それは自分の力で変えていったのだと和也は実感した。
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