記憶の中の彼女

益木 永

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第18話

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「母さん、幼稚園の時に使ってた入れ物ってどこにしまってたっけ?」
 和也は台所で朝ごはんの準備をしていた母を見つけて、探し物について聞いていた。
「入れ物? 確かあんたの部屋の押し入れだと思うけど急にどうしたの?」
「ああ、いや。別に……とりあえず俺の部屋だね、わかった」
 和也は母から大体の場所を聞くととりあえず部屋へと戻る。一応の確認ではあったが、やはり自分の部屋に置いてあった。この家にはずっと暮らしてはいて、あの部屋も十年くらい前から使っていたわけで。
 とはいっても、和也から見て十年前というと幼稚園児時代、と大分幼い頃の話になるので確証が無かったのだが、母の確認を聞いて探す場所は決まった。とりあえず家を出なければいけない時間まで、探してはおきたかった。
 とにかく急いで探したかったのが大きかった。あそこまではっきりと思い出すと、どうしても気になる。つまり、心残りを先に解消させておきたかったという想いが強かった。
 自分の部屋に着いた和也はまず母が言っていた押し入れの前に立つ。
 この押し入れはたまにしか開けないために、和也自身どこに何が入っているのかあまり把握できてはいないのだが……一度、開けてしっかり探さないといけない。あの記憶の中に出てきた封筒は、多分幼稚園の頃に使っていた入れ物のどれかに入っている筈だ。

 とりあえず目の前に広がる箱を少しずつ、中を見てチェックをするというしらみつぶしの作業をする事にした。事前に時間を確認したが、学校に行かなくてはいけない時間までは結構あるためまだ猶予はあった。
 けれど、そうして油断をしているとすぐに学校に行かなくてはいけない。和也は幼稚園の時に使っていた入れ物が入っているだろう押し入れの中身を少しずつ調べていた。けれど、これが中々見つからない。けれど、その理由はわからないわけではないだろう。
 押し入れには箱で区別して入れているから、時間がかかり過ぎる事もない一方で逆に当たりの箱を引かなければ絶対に入っていない。押し入れの中にあるものはなるべくスペースに入る限りに入っているため目的の物をピンポイントで探し当てるのは至難の技だった。
 そんなこんなの作業をしている内に、学校に行かなければいけない時間が近づいてくる。続きは帰ってから……と思った所で、和也は何かに気づく。
「……これって」
 押し入れから出した箱の中に何か、気づいた事があった和也はその箱をもう一回探ってみる。すると、中からひらがなで書かれた自分の名前が書かれた箱を見つける。間違いない、これは自分が幼稚園の時に使っていた入れ物だった。
「やっと見つけた……」
 中を確認するだけなら、すぐに出来るだろう。そう判断して和也はその入れ物の蓋を開ける。そこには、確かに記憶の中であの女性に渡されたあのパンダ柄の封筒が入っていた。

 記憶の中に出てきた封筒を見つけた。けれど、和也は時計を見て気づく。すぐに登校時間が来る。
「やばっ、行かないと」
 慌ててカバンを手に取った和也はそのまま家を出る。
 あの封筒の事は気がかりだが、一方で学校に行く事も大事だし、そこでやる事も大事だった。とりあえず、今日の所は帰ってからまた調べればいいだろう。

  *

 
 昼休み。和也は凛と共に家庭科室にいた。というのも、凛に呼ばれた事が理由だ。
 時折、凛に呼ばれて昼休みは家庭科室で過ごす事がある。二人きりではあるのだが、やっている事は文化祭の展示に関する相談が大半であり、今日も本当にその相談に関する話題だけだった。
 特に、先日手芸部の展示の方向性がまとまってから和也が監修として正式に部全員からお願いされてからは特にその機会が増えてきたと言っても良い。
『和……高野くんが嫌なら良いんだけど、この案を出してくれたのは高野くんだから是非、展示について意見が欲しくて」
 凛からそう、伝えられた。確かに、手芸部の展示の方向性をまとまるきっかけになった案は和也であるため、その後の調整に和也が参加する事は何ら変な事ではないと思う。和也自身も、何も問題が無かったら手芸部の手伝いには参加しようと考えていた。
 利害が一致した事もあり、こうして定期的に手伝いとして手芸部の展示に協力をしていて今日もこうして凛と一緒に意見のまとめをしているという形だ。
「なるべく時間を掛けずに、装飾を作っていきたくて……これはどうかな」
「もう少し量産できる様にはしたいよな」
「そうだね……それじゃあこうして……」
 話し合いを重ねていって、どの様な展示にしていくか少しずつ固まっていっていた。時間や使える材料を考慮して、展示の方向性に合致する内容にしていく作業は地道ながら目に見えて形化していくのはとても楽しい事ではあった。
「そうだ……一応、高野くんに伝えたい事があって」
 あの日以降、凛が名前呼びをする場面はなく、ずっと『高野くん』と呼ばれている。別に、取り立てておかしくないのだが何故か気になってしまう。呼び方に対する話題も全くないからこそ、そう思っていたのだろう。
「伝えたい事って?」
「実は、文化祭の前日は追い込みで結構遅くまで展示準備に取り掛かるかもしれないって話で」
「それって……」
 凛から伝えられた……所謂追い込み作業、というのはわからなくもない。やっと展示に関する事が進んだばかりだが、肝心の文化祭の開催から一カ月を切ってから進んだのだ。恐らく、通常のスケジュールでは間に合わないという事だろう。
「顧問の先生も見てくれるから、安全面とかも大丈夫だし皆親からその日は少し遅くなるって伝える様にしておいているけど……」
「そっか。それなら、まあ大丈夫なのかな」
 それを和也に話す理由とは、何だろうか。
「だからその日に高野くんが手伝いに参加するならこの事を事前に伝えておいた方が良いなって」
「ああ……なるほど」
 現状、かなり積極的に手伝いとして関与している以上この事を伝えるのはわからなくもない。事前にその事を話しておけば、どういった形で手伝いに参加しておけばいいのかが把握もできるから、大分ありがたい。
「まあ、少し考えてみるよ」
「ありがとう。でも、出来るならゆっくり休んでいて欲しいけどね」
 凛は、少し心配そうな様子でこちらを見ていた。
 確かに、龍との勉強会が終わって暇が増えたために手伝いとして関わる事も多くなってきた。けれど、部員ではない状態なのも確かだからその追い込み作業の日は出来れば休んでほしいのも本心なのだろう。
「……わかった。それなら、その日は来ないって方向が良いのかな」
「そう。それが、やっぱり良いと思うかな」
 だから、和也はその日は真っすぐ帰る事を考えた。
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