記憶の中の彼女

益木 永

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第13話

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 *

「ブランコ、楽しい?」
 呼びかけられる。少し高くて、穏やかで安らかな声だった。声のした方へ振り向くと、そこには女性がいた。自分より、ずっと大人だというのはわかった。
「うん」
 知らない人だけど、そう呼びかけられて素直に頷くと、その女性は微笑んで。
「そうなんだ、良かった」
 そう言った。

「お姉さんは、ブランコ好き?」
 そう、聞いてみるとその女性は少し笑顔を見せると。
「好きだよ。小さい子がいっぱいブランコに乗る姿を見ていると、元気になれるから」
 こう答えた。
「そうなんだ。じゃあボクのブランコにのってるすがたをみてもげんきになれる?」
 自分はそれに対して、ワクワクとして答える。どうしてだろう。知らない人なのに、なんだか聞いてみたくて仕方ない。そんな好奇心が勝っていた。
「そうだね、君が楽しそうにブランコで遊んでいる姿を見てると、本当に元気になれるかも」
 そうして、記憶の中の女性は微笑んでいた。

  *

 その次の瞬間、和也の見える景色はいつも起きる時に見る天井に変わった。
「……は、はは……」
 あまりにもズキリと胸が重い。また、記憶が更新された。
 あの時の続きを見た和也は、乾いた笑い声を出す事しかできなかった。もしかしたら昨日の話が引き金となって久々に見たのかもしれない、と思った。

「私のお姉ちゃん――十年前に亡くなったんだ、病気で」
 凛から明かされたその事に、和也はどう答えればいいのかがわからなかった。凛には、姉がいた。けれど、その姉は十年前に病気で――
「あ……その……」
「えへへっ……いいの。結構前の話だし、別に気になる事があったら聞いてもらってもいいから」
 彼女は、そうは言うものの和也から見ればどう接すればいいのかが困る話だった。その話をする上で、そんな質問みたいな事をするのはとてもはばかられた。
「いや……大丈夫。気にしないで良いよ」
 後から考えたら、急過ぎる話で気が動転している和也を見て凛がフォローに回ろうとああいう事を言ってくれたのかとも思う。大分、強引気味な感じはするけれど。

 あの後は、いくつか話をした後に解散という形になった。その中で凛はこんな事を言っていた。
「もうすぐ十月になるから、そろそろ本格的に方針を定めないと間に合わないと思うから皆が空いている日にどういう作品を作るか話し合う事になったの」
 そうだ。
 文化祭も、もうすぐだ。

「龍、今回は結構良いんじゃないか?」
「マジ?! どれくらい、どれくらい!?」
 和也が褒めたのに反応して、龍は真っ先に食らいつく。顔が大分近いのが困る所だ。
「えーと……これなら赤点回避は間違いないってくらい」
「やった! じゃあこのまま……」
「まあ、油断した結果赤点回避できなかったら駄目だから続行だけどな」
 だよな~、と少し龍は項垂れる。けれど、友人の話も加味するとここ最近の龍は勉強を相当頑張っている様子で実際、今日のやった問題を見て見るとちょっと前とは比較にならない……少し言い過ぎではあるが、それでも成績は改善傾向にあったのは間違いなかった。
 和也としてはここまで付き合った以上、赤点回避のチャンスを逃したくはない。
 だから、今日はいつも以上に龍の成績改善のための勉強会に気合が入っていた。
「それじゃあ次の問題も解いてくから」
「えぇ?! 立て続けにそんな解けねえよ!」
「泣き言は終わってからにしてくれ、じゃあ次……」
 とにかく、密度を強くして早めに終わらせる。そんな調子で続けて今日は予定より少し多くの学習を龍に教え込む事が出来たと思う。
 図書室を出て行く龍を見送った後、和也は次の勉強会の予習をしてから自分も図書室を出て行った。
 今日は家庭科室に行く予定はないし時間的にも、もう部活動は終わりの方であるから行ってもしょうがないが……和也はなんとなく、家庭科室の前を通ってみようと考えた。
 そして、家庭科室前が近づいてきた時廊下に人影がある事に気づく。
「はあ……」
 その人、はため息をついて窓の外を眺めている様子だった。肘を付けて。
 和也はそのまま歩いて、その人物のすぐ近くに来てそれが誰なのかに気づく。
「伊豆野さん……?」
「……あ、高野くん」
 凛は和也に気づくとこちら側に振り向いて、笑顔を見せてはいるのだが……その顔は少し疲れがあったように見えた。
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