上 下
63 / 108

ルーチェがさらわれた後(ウルラ、子犬、ガット、ラエル)

しおりを挟む
 しばらく、子犬様と草むらに身を潜めていた。馬車が立ち去る音が聞こえて、辺りには暗闇と静けさが戻った。

 隣にいる子犬様が辺りを気にしながら、話しかけてくる。

「ウルラ、こんなピンチにシエルは何で来ない?」

「子犬様、先ほどから呼びかけているのですが、主人からの返事がありません」

「シエルがか?」  

「はい、そうです」

 何処で何をしている、お主の大切なお嬢が連れて行かれたのだぞ。

 近くの茂みが揺れてカサカサと音を立てて、黒猫がひょっこり顔を覗かせた。黒猫は二本の尻尾を揺らして、我らを見つけて駆け寄ってきた。

「ウルラ先輩、子犬様お怪我はないですか~?」

 今頃か来たのか……ラエルの使い魔ガット。お前の事だから一部始終、隠れて震えながら見ていたのだろうな――この弱虫ガットめ。

「ガット、主人(あるじ)に連絡はしたのか?」

「あっ、多くの人族に驚いて震えてたから、忘れてたぁ~」

 テヘッと笑う。

 こ、こやつ、前から思っていたがじつに頼りない使い魔だ。前のご主人との相性が悪かったらしく、痛めつけられたせいか人族がかなりの苦手。
 
 ラエルは主人と同じく、実力のある魔法使いのはず、なぜ? こんな、ぽんこつ使い魔を使うのだ?

「先輩、せんぱーい、いま主人を呼んだよ。その前にこの邪魔な網を取るね……うギャァ、痛い、何ですかそれ?」

「これは……使い魔捕獲網だ」

「うぇっ、そう言うことは先に言ってくださいよ。痛い、痛い」

「聞かずに触ったのはお前だ」

 痛い、痛いと、泣くな、驚き、騒ぐな、転がるな……こっちはそれを我慢しているんだ……鬱陶しい。


 足音? ザッ、ザッ……近くで草を踏む足音が近付いてきた。

「ライト!」

 現れた男が唱えた魔法で、辺りが明るくなる。黒いローブと、その男の前髪から青い瞳が我たちを見下ろした。

「ウルラ……これは酷い、使い魔捕獲網だね。……何で、高価な物がこの国にあるのだろうね?」

「あるじ!」
「ラエル、来たのか!」

 ガットは嬉しそうに「あるじ、あるじ」と体をすりすりするなか、ラエルはしゃがんで捕獲編みの分析をしだした。

「この国は魔法国だけど、使い魔を使う魔法使いはいないはずなんだだよね」

 いまから外すねと、先端に青い魔石がはめ込まれた、一メートル位の杖を出し網に当てながら「【解除】」と唱えた。先端の青い魔石に魔法陣が現れて、我を取包む網を消しさった。

「助かった主人の弟君、ありがとう」

「どういたしまして。ところでウルラ――兄貴は? 連絡してないの?」

「しておるが……主人とは先ほどから連絡が取れません」

 ラエルは"そう"とだけいい。口元に手を当てて何かを考えて、

「まあ、兄貴は大丈夫かな? それで、子犬とウルラは怪我をしていない?」  

「右側の羽に擦り傷ができ、た……っ! ない? ここにあった擦り傷が消えている」

「え、ウルラの怪我が消えたの?」

 ラエルに怪我をしてはずの羽を見せると、それを見てラエルは目元と口元を緩めた――それは楽しそうに。

「子犬は?」

「俺はルーチェちゃんが守ってくれたから……怪我はしてないよ」

 しゅんとしている、子犬様――ご自身がお嬢を守りたかったのか……珍しく落ち込んでいるようだ。

「みんなに怪我がなくてよかったよ、僕もいま兄貴に念話したけど反応は無しか……そうなると兄貴は珍しく熟睡しているか、珍しく気絶してるのかな?」   
 
「シエルが気絶?」

「あの、主人がか?」

「ひぇぇ、そんなことがあるなんて~ぇ、逆に怖い!」

 いつも冷静なシエルが? ……いや、最近は小娘といる時だけ、普通に恋する年相応な男性に見えていた。

 可愛いお嬢『また、太ったって酷い!』がお気に入りだ。
 主人同様、我も彼女は気に入っている。 

 頭をナデナデして貰える、子犬様が少々羨ましい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

町外れの噂の安眠屋さん〜お疲れな若き伯爵様は今日も癒しを求めてやってくる

AK
恋愛
ルートマリア伯爵領の町外れには、安眠堂と呼ばれる小さなお店があった。 安眠堂の店主であるミリアは、前世で過労死してしまった転生者だ。不眠症でもあった彼女は、前世で癒しを求めてASMRなどを聴きあさっていた経験を活かし、人々の疲れを癒して快適な睡眠をとってもらうことを目的としたお店を開店することになる。 そんな中、噂を聞きつけてやってきたのはルートマリア伯爵家を若くして継いだオリヴァーだった。 日々の過労からやつれていた彼を、ミリアはあらゆる手段を用いて癒してあげることに決めた。 そしてオリヴァーはだんだんとミリアの虜になっていき、 「やはり妻に娶るなら彼女のような……」 と、間もなく婚約を結ばなからばならない身でありながら、貴族ですらないミリアに密かに想いを募らせていく。 ※小説家になろうに投稿していた短編です。好評であれば連載化も予定しています!

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

処理中です...