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 私の近くでぼそぼそと話す、男性と女性の声が聞こえる。

 ――その声は。

「この娘の精神支配ができないわ……私の魔法が効かないなんて、この娘は特殊なのね」

「はあ? 姉さんに特殊だって? 魔力無しの姉さんにそんなことありえない!」

(私が特殊?)

 そっと目覚めるとベッドに寝かされていた。そしてベッドを囲むように光る鉄格子が見える。体を起こすと近くで影が動いた。  

「姉さん起きた?」
「イアン……ここはどこ?」

「王城の姉さんの部屋だよ。カロール殿下が姉さんのために作ったんだ」

 淡いブルーに統一された部屋……家具、ベッド、調度品は金をあしらった高級品だ。

「ここが私の部屋? こんな部屋なんていらない、元の場所に返して!」

 イアンは首を振り。

「それは出来ないよ。姉さんのせいで真面目な父は酒に溺れて、可憐な母は毎日泣いてばかりで、働きもせず困っていたんだよね」

「……お父様とお母様が?」

「そうだよ。はぁー、ここまでくるのに道のりが長かったよ。姉さんが婚約者、屋敷に向かいに来た陛下の側近から逃げるから……国王陛下に反感を買い、姉さんを逃したといわれて、爵位を剥奪されたんだから」

 え?

「私は置いて逃げてなどいない。……私は舞踏会で、カロール殿下に婚約破棄されたわ」

「そうだね、殿下はそう舞踏会で言ったかもしれないけど。婚約の誓約書はまだ受理されていないんだ」

(受理されていない? 殿下はあのときすると言っていたのに、嘘をついたのね)

「姉さんのせいで位は落ちに落ちで男爵になった……それだけではなく辺境地にも送られたんだ。両親は毎日、泣くわ、酒だと騒ぐし、面倒なんて見ていたくない……」

 ――それらすべて、私のせいだと言うの?

 
 私の表情みて、イアンはクスクス不気味に笑った。

「そんなある日、僕にも転機が巡ってきた。辺境地近く魔石鉱山で働く、労働者達が行方不明になるという事件が起きたんだ」

「事件?」

 そういえば2ヶ月前……くらいに、新聞にそんな記事が載っていた。

「それが、イアンになんの関係があるの?」

「すごく、あるんだ。その鉱山から逃げ出した労働者達は口々に『動く女の右手』に襲われたと証言した。しまいには女の幽霊が出るといい、逃げだす者もでる始末」

 動く右手?
 幽霊?

「地主自身も魔石鉱山に出向き、行方不明になった。それで魔石鉱山は次の買い手が見つかるまで、封鎖される事となった。僕は父上の酒代でお金に困っていた……これはチャンスだと、誰もいない魔石鉱山に盗みに入ったんだ」

「盗みって、イアン」

「仕方がないでしょう、誰かのせいで金がないんだ。落ちている魔石を集めていたら、僕の前にもフワフワ浮く手が現れたんだ。その手は僕に近付き、僕の頬をさすりながら、『美味しそうな、可愛い男だこと』僕は恐怖で叫んださ、こんな風にね」

 イアンは狂ったように、笑いながら叫び声をあげた。

「「うわぁぁぁ! ぼ、僕は美味くなんかない!」」ってね。その手は笑って『あらっ、貴方。私の言っていることが分かるなんて、あなたはそうとうな魔力があるのね』その女は自分のことを魔女だと言い『ちょっと昔に悪さをして、体を切断されて、色々な場所に封印されたのよ』といったんだ」
 
「…………」
 
「女の封印も『長い年月で緩んだから壊してでてきたの。切断した奴らに復讐しようとして、戻る途中で力尽きちゃって』魔力を回復するために、鉱山の男をたくさん食べたんだって……でも、まだ足りない。なんでもするから、あなたの右手にして頂戴って。嘘みたいな本当の話」

 イアンも自分に起きたことなのに、まるで他人の話しているように聞こえた。



「だから姉さんは終わるまで、ここで大人しくしていてね」

 イアンは楽しそうに、近くの椅子を引っ張りすわった。

「終わるまで、大人しく?」

「そう、終わるまで。だって、いまから姉さんはカロール殿下と結婚式を挙げるんだから」

「カロール殿下と私が結婚? 無理よ。平民で、逃げだした私となんて国王陛下と王妃が許すはずないわ!」

 イアンは首をふる。

「そこは大丈夫。二人には支配魔法をかけてあるから、僕の操り人形になっているよ……ほんとうは姉さんにも"支配魔法"をかけようとしたけど。魔力が無いせいか魔法がかからないんだって」


 ――私に魔法がきかない?


 話の途中でコンコンと扉が叩かれた、イアンは返事を返すと、おたずれたメイドはイアンに伝えた。

「イアン様、カロール殿下の準備が整いました、ルーチェ様の準備はお済みでしょうか?」

「あぁ、準備はとっくに終わっている。直ぐに向かうと、カロール殿下に伝えてくれる」

「はい、かしこまりました」

 メイドとのやり取りの中で。イアンは"私の準備はすでに終わった"と言ったけど……私は、まだ汚れたワンピース姿だ。

「そんな顔しなくても、姉さんは心配いらないよ、式には僕がでるから……安心して」

「イアンが出る? おかしなこと言わないで、あなたは男でしょう?」 

「そうだね。まっ、そこで見てなよルーチェ姉さん……「【再現】」」

 再現と唱えた、椅子に座るイアンの足元に真っ黒な魔法陣が出現した。その魔法陣は黒い光を放ち、イアンの足元から女性の姿に変えていく。
 
 その変わっていく姿に、私は声を上げ、鉄格子を"ガシャン"と鳴らした。
 

「「いやぁああ!! や、やめて……やめてぇえええ、イアン!!」」
 

「やめないよ。魔法が使えると、こうも簡単に変われるんだよ」

 イアンは私をみて、顔を歪ませ笑う。
 あ、ああ――私の前に、あの日と同じ姿の私がいる。

「はははっ、おかしっ! なに泣いてんだよ、うれし泣き? じゃ、式が終わるまで、そこで大人しくしていてね」

「いや……イアン、いかないでぇ!」

 弟が部屋から出て行ってしまう、ガシャン、ガシャンと、力任せに鉄格子を揺らした。

「お願い。私はカロール殿下とは結婚したくない……彼だって、私なんかと結婚なんてしたくないはず」

 そう伝えると、イアンは扉の前で足を止めて振り向いた。

「心配はいらないよ、カロール殿下は姉さんだけを愛しているよ」

「…………そんなの、うそよ」

「うそなもんか。カロール殿下の気持ちは結婚式の後にわかるね。たっぷり愛してもらいなよ――そこで、姉さん」


「「いやっ! イアン待って!」」


 私の言葉を無視して"バタン"と音を立てて、扉は閉まった。


「……や、やだ、やだよ、私は先輩、シエルさんがいい!」
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