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 ――そろそろ行くかな?

 ガリタ食堂のお休みの日。早朝からはじめた部屋の掃除を終わらせて、乾いた洗濯物をしまい。鏡の前で髪を直し魔法の鍵を持った。
 
 壁の前で。魔法屋さんに何時に行くとは言ってないけど、昨日の帰り際に先輩がラエルさんに伝えると言っていたし。
 鍵を使って扉を開けると、すぐ側で2人は待っていた。

「いらっしゃい、ルーチェさん」
「キュン」

「お邪魔します、ラエルさん、子犬ちゃん」

 草色のワンピースとふんわりおさげ髪、エプロンとお財布を持って扉を通った。あれ? 今日のラエルさんの格好が違う。いつもの黒いローブではなく、シャツにベスト、ズボンの姿だった。

「ルーチェさん、兄貴に話は聞いてますよ。オムライスを作ってくれるんでしょう? さあ、はやくオムライスの材料を買いにいきましょう」

「はい」

 子犬ちゃんにお留守番をまかせて、2人で買い物に出ようとしたけど。キュンキュンと鳴き、私達の後ろを尻尾を振りながら付いてくる。

「すぐに戻るから、子犬は店でお留守番」
「キューン」

 嫌だと鳴いて、ジャンプして私の足に引っ付いた。

「きゃっ、子犬ちゃん?」
「こら、子犬。ルーチェさんに引っ付くな!」

 怒られても離れず、置いて行かないでと可愛い瞳で訴えてくる……仕方がないと子犬ちゃんを抱っこした。

「大人しくしてるんだよ」

「キューン」

「まったく、材料以外、なにも買わないからなぁ」

 施錠して、私達は港町へと買い物に繰り出した。

 
 
 私達が買い物にでかけたあと、奥の扉がガチャッと開く。

「おーい、ラエル? 子犬? これはルーのエプロンか……みんなで買い物にでた後か。チッ、ひと足くるのが遅かったな」

 俺もルーと買い物に行きたかった……なんて、今日は厄日だ。会いたくもない奴らのせいで時間を食った。

 一人は牢屋で、おかしくなった女性。
 もう一人はルーの弟。

 疲労をかかえ、おかしな女の帰り。俺の部屋の前に白銀の髪、シャツとスラックス姿の若い男が立っていた。

(ん? あいつがウルラが言っていた変な男か……)

 地下牢に行く途中。変な男が俺の部屋の前をうろついていると、ウルラから連絡を受けていた。戻ってきた俺を見つけると……奴は貼り付けた笑顔で近付いてきた。

「あなたが、シエル様ですか?」
「はい、私がシエルですが。何か御用ですか?」

 こいつ、俺の名前を知っているのか……それも様付けとは、いったい誰だ? ここにいるってことはカロールの知り合いか? むげにはできないな……俺は男に丁寧に頭を下げた。

「カロール殿下にシエル様の話を聞き、あいさつにきました」
 
「そうでしたか。では一つ訂正を、私はただの一端の見習い魔導師ですので、様は付けないでください」
 
「……わかりました。カロール殿下に以前、姉上がお世話になった方だとお伺いしたので」
 
「姉上?」

 と、聞き返せば男はわざとらしく驚き。

「すみません。名乗るのが遅れました……僕はイアン・ロジエと言います。これからこの城にとどまり、カロール殿下とご一緒に姉上を探す手伝いをいたします。僕の事も"イアン"と呼び捨てでお呼びください、シエルさん」

 ――コイツがルーの弟、イアンか。まえにカロールが人と会うと言っていたのは、イオンのことか……また、面倒なのをここに呼んだものだ。
 
「なんと、公爵令嬢ルーチェ・ロジエ様の弟様でしたか。イアン様、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 イアンは貼り付けままの笑顔で礼をすると「また、お会いいたしましょう」と去って行った。薄気味悪い、あいつ何をしでかすかわからんな……ウルラに見張りを頼むか。

 



 

 港街で、買い物を終わらせて魔法屋戻ってきた。

「バカ子犬。お前とは2度と買い物に行かないからな」

 ほんと……子犬ちゃんのお陰でクタクタだよ。自分は満足したのか、私に抱っこされて眠っている。
 

 子犬ちゃんは港街にでたすぐ。
 
「キューン、キューン」

 食べ物屋さんの前で足を止めた――そして、欲しい物を食べるまで、断固としてその場を動かない。ラエルさんは仕方がなく買っていた。

「ルーチェさん、買った食品を冷蔵庫に入れてくるね」

「はい、ありがとうございます」

 ラエルさんのあとについて入って行くと、レジカウンターに黒い影が見えた。
 
「あれっ、兄貴来てたの?」

「シエル先輩?」

「……」

 呼びかけにも反応なし……先輩は腕を組んでレジカウンターに頭を置き、丸まって寝ていた。私はソッと近付き先輩の寝顔を覗く、どうやら熟睡してるみたい。でも、その寝方は懐かしい……学園の書庫でも同じ格好だった。

「シエル先輩」

「……ん? ルー?」
 
「起きました、おはよう先輩」

 まだ、しっかりと目が覚めていないのか、先輩の眠そうな赤い瞳が私を見つめた。

 ――そして。
 
「クク。懐かしい髪型をしている」 

 シエル先輩の手が伸びて、優しく、なつかしそうに私のおさげ髪に触れた。

「学園でシエル先輩と会う日は、大抵この髪型でしたものね」 

「あぁ、ふわふわで。いつも、こうやって触りたいと思っていた」

「さ、触りたい!」

 私の驚き上げてしまった声に、眠そうだった先輩の瞳がパッチリ見開いた。そして、自分の手を見て驚いている。

「ルー? す、すまん、寝ぼけていた」

「フフ、驚きはしたけど、先輩が謝るようなことは何もしてませんよ」

 ただ、私の髪に触れただけだもの。
 
 そう触れただけ、だけど、私……頬がものすごく熱い。先輩は? と見ればフードを手で引っ張り、深く被って顔を隠している。

「あー、フードで顔を隠すなんてずるい!」

「こらっ、フードを掴むな。ルー、取ろうとするな!」 

「隠すなんてずるい、シエル先輩の顔も見せてよ!」

「絶対に、嫌だ!」

 戯れ出した、私達の2人の様子をラエルさんは微笑ましく、目を覚ました子犬ちゃんはニマニマして見ていた。

「もう、こうなったら。何がなんでも先輩のフードを取ってやる」

「ルー、やめろ、これは取らせない!」

 その、2人の攻防戦を打ち破ったのは。
 

「「ぐうううっ~」」
 

 私のお腹。いま、ものすごい音が鳴った。

「クックク、お腹すいたな」

「ルーチェさん、そろそろお昼にしましょう」
「キャーン」

 みんなに笑われた。先輩だって、小さくお腹鳴ったくせに。私のお腹の音がちょっと大きかっただもん。
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