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 いま聞こえた音が、港街で聞こえた音だとしたら、カロール殿下が魔法屋さんの近くに来ている。

 どうしても殿下は舞踏会のときに起きた出来事で、私を捕まえて不敬罪にしたいようだ。

 ふうっ。

【来るぞ、君の会いたくない奴が来る】

【はやく、ここから離れなさい】

 離れなさいって、簡単にいうけど。
 いま外にでて、バッタリ殿下に会ってしまわない。

 謎の声は私の考えていることが変わるのか。

【……そうだな。やみくもにでても捕まるか。近くの人に頼ればいい】

 近くの人、魔法屋さんのこと彼に頼れというの。この声を聞くのは二度目。子犬ちゃんを抱っこしたまま、私は謎の声と心の中で会話していた。

「ガリタ様、どうかなされましたか?」
「あ、え、っと、その……」

 頭の中に聞こえる声と、話してましたなんて言えない。
 
【ククッ、あんがい頼りになるかもな】

 頼りに? そうかも。魔法屋さんは魔法使いだから何かいい案があるかも。

「あの魔法屋さん、私……事情があって、いま、とある人物に追われているんです。その追っている方が、いま近くにいるらしくて……えっ?」

「おっ?」

 そのとき、お守りがわりに付けていたブレスレットがピンク色に光る。そのブレスレットに魔法屋さんが食い付いた。

 いきなりガシッと、私の手を持ちブレスレットを見て、口早に。

「こ、これは希少な魔法石を使っていますね。んん? 誰かの魔力に反応するよう複雑な術式が組み込まれています、それも魔法式は一つじゃない……え、ええ? あなたがそうでしたか、わかりました」

 このブレスレットに複雑な術式が複数? 
 魔法屋さんは何がわかったの?

「フフ、ククッ……そうですか、あなたが、フフ」

 先輩に貰ったブレスレットを見た後から、魔法屋さんは楽しげに私を見ている。どうしたのですか? と聞いても"お気になさらないでください"としかいわない。

 ーー魔法屋さんて、どこなく独自の雰囲気のある人ね。

 それにしてもシエル先輩ったら、こんな高価な代物を"誕生日プレゼント"だと言って、ぶこつに箱ごと投げて渡したんだ。そんなところ先輩らしいけど……

【はやく、そこを離れろ、来るぞ】

「ガリタ様、こっちです、来てください」

「え?」

 いきなり魔法屋さんに手を掴まれて、店の奥に連れていかれる。

 その間も謎の声は忠告した。
 
【逃げろ、逃げるんだ】

 連れてこられたのは倉庫の奥の白い扉。魔法屋さんは扉をコンコンコンと叩き、その扉を少し開けて中に話しかけた。

「皆さん、今から人が通ります。話しかけてもいいですが、迷惑にならないようにしてくださいね」

 また魔法屋さんは「はいはい、メロンパン、くるみパン、チョコパンですね。明日のお昼に買ってきます」と、話しかけている。

「皆さん、お行儀よく待てをしてくださいね」

 と言い。少し開けた扉を閉めて、魔法屋さんは私の方に振り向いた。

「いまから、ガリタ様にはこの扉の中を通ってもらいます」

「この中をですか?」

 魔法屋さんはクスリと笑い、コソッと私に話した。

「実は、この扉は魔法の扉なんです」
「ま、魔法の扉?」

「はい。このなかは僕が育てているハーブ園があったり。お手伝いの妖精がいたり、変な生き物がいますが気にせず、中央の光まで進んでください。その光に入り、あなたが行きたいところを願ってください」

「……光の中で私の行きたいところ。わかりました」

「あ、子犬のことは心配いりません。明日の午後、魔氷を届けるときにお連れいたします」

【気をつけて帰れよ】

 はい。



 背後で魔法屋さんと不思議な声も聞こえて、バタンと扉の閉まる音がした。

 ーー頬をなでる風と緑の香り?

 魔法屋さんの扉の中は草木が生い茂る森の中だった。足をすすめると魔法屋さんが育てているハーブ園と言っていたけど……バジル、オレガノ、ローズマリーなど整えられたハーブ畑と、もさもさに自然にハーブが生えている畑があった。

 そのハーブ園の近くに黒い猫がいて私とガッカリ目が合うと、黒猫はジャンプして尻尾をさげて、そそくさ逃げていく。

「あ、逃げちゃった」

 すこし進むと、こんどはラベンダー畑がみえてきて、近くの木の枝に福ちゃんに似た、フクロウが枝にとまっていた。

「こんにちは」
「ホーホー」

(あの子は福ちゃんとは、ちがう模様のフクロウだわ)

 そのあとも。ウサギのような動物、リス、ネズミ、いろんな動物に出会い、中央に向けて歩いていくと、キラキラしたものがそばに飛んできて。
 
「うわぁ、可愛い人間だぁ」
「本当だ、人間さんだぁ」

「ねぇねぇ、この可愛い人間からいい匂いがするぞ」

「本当だぁ、いい匂い」

 この子たちは魔法屋さんが言っていた妖精かな? 手のひらサイズの大きさ、クリーム、緑、青色のお団子の髪、背中に虫の羽の生え、おそろいの緑色のワンピースを着ていた。

「人間さんは、どこまで行くの?」
「中央にある、光りのところまでだよ」

 青い髪の妖精がくるりと飛び。

「ああ、この先にある"転送の光り"のところまでか」

「転送の光り?」
「うん。願うと、好きなところに行けるんだって」

「ちがう、行ったことのあるところだよ」

「そう、だったかな?」

 スクスク笑い、フワリと飛ぶ妖精と並んで歩き、魔法屋さんが言っていた光りをみつけた。

「着いちゃった、ここでお別れ」
「またね、きてよ」
「人間さん、また来てね」
 
「またね」
 
 私はその光りのなかに入り願うと、周りの景色が変わり、ガリタ食堂の裏庭に帰ってきていた。
 
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