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 聖女が滝の街に来たのなら私の出番はないだろう。私たちはいつもの通り、北のマキロの森近くに野営のテントを張った。

 ――うーん、さっきからシシが何も話さない。もしかして、滝の街で私たちの横を通った、王族の事を気にしているのかな?

 野営のテントを張り終え、今日は聖女ロローナが浄化に来ているので、私たちは休憩することにした。テントの外でアイテムボックスを開き、ヤカンとお茶、バナナタルトを取り出しお茶の準備を始めた。

「シシ、バナナタルトを切ったからお茶にしよう」
「バナナタルト!」
「アーシャ、手伝うよ」
「ありがとう」

 お茶の準備を手伝うと横に来たシシ。チェルは側でナナちゃんにバナナタルトの絵を描き、ドワーフの森出会った事を手紙に書いている。

「アーシャは大丈夫?」
「え、大丈夫? ――ああ、聖女の御一行が滝の街に来たこと? 私は森に行かなくてもイイかなって、思っただけ」

 あえて、あの馬車に乗っているだろう、ルールリア王太子殿下の話はしない。――だけど、シシがあの人の事を気にしているのは知っている。

(でもね、シシ。私が愛しているのはシシだけ――これからも変わらず、私はシシとチェルと過ごしたい。シシに抱きしめられて眠りたい)

 心配しなくてイイと、気にしないでと微笑む。
 その笑みを見て、シシの頬が私の頬をスリスリした。
 
「そっか……でも、マキロの森も心配だから。聖女の浄化が終わったら、いちおう……森を見に行こうか」

 森も? シシはマキロの森を見上げて言った。
 少し気になる言葉だけど、森に行けばわかると今は聞かず頷く。
 
「ええ、私も気になるから、あとで見に行きましょう」

 私はテントの外で、まったりお茶をはじめた。


 
 +

 

 滝の街の住民たちは歓声を上げて、ボク達を迎えた。

 その人々の姿に、今回の遠出で不貞腐れ気味だったロローナの機嫌が「私が必要なのね」と、少し良くなったみたいだ。

「ルールリア王太子殿下、お待ちしておりました。どうぞ気兼ねなくこの宿屋をお使いください」

「助かるマーキロ伯爵、そうさせてもらうよ」

 この街の領主が用意してくれた、街一番の宿屋の前に馬車を止め。先にロローナと連れてきたメイド、荷物持ちに部屋へと向かってもらい、荷馬車を止めに向かう近衛騎士と騎士団に、この街にいるアーシャを探させることにした。

「ルールリア王太子殿下、かしこまりました」
「アーシャ様が、この街にいるのですね」
「ああ頼んだよ。でも、お昼過ぎ1時頃には戻ってきて、そこから少し休憩してマキロの森に向かおう。森の浄化は早い方がいい」

 近衛騎士と騎士団にそう伝えて宿屋の部屋に行くと、ロローナはドレスを脱ぎ、ラフな格好でベッドに寝転んでいた。

「ロローナ、今は休憩していてもいいけど、昼食が終わったら君もマキロの森に行くからね」

 そう伝えると、彼女は眉をひそめた。
 
「え、森? 嫌よ、お気に入りのドレスが汚れちゃうわ」

 お気に入りの他にも、たくさんのドレスをケースに入れて持ってきているくせに――とは言わず。
 
「着てきたドレスが汚れたなら、いつもの様に好きに買えばいいだろう。マキロの森に行っても、君は馬車の中に居ればいいし」

 君の、文句を聞くのも面倒だと心の中で、ごちる。
 だけど、この言葉を入れば君が機嫌が良くなるのも知っている。
 
「うれしい! 新しいドレス買ってもいいの? それに馬車の中でいいなら、一緒に森へ行くわ」

 新しいドレスに浮かれて、ご機嫌なロローナ。
 これも"アーシャが見つかれば"変わると、ボクはため息を吐き、呑気にベッドで寝転ぶ彼女を見つめた。
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