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 静かなケーキ屋に音を立てて入ってきたのは、鎧を着けたガタイのいい男達。騎士? いや騎士とは違う鎧と体の身のこなし、彼らはこの街の冒険者だ。

 シシも気付いたらしく、フッとため息を漏らした。だが、ガタイのいい男達がシシカバの大食堂、酒場ではなくケーキ店に来るなんて不思議に思い、彼らを気付かれないよう観察した。

「お前ら、知ってるか? ここの甘辛い肉を挟んだサンドイッチが美味い!」
 
「ああ、知ってるよ。安い割に量も多いんだ、あとコーヒーは絶品だ」
 
「ケーキも美味いよな」

 彼らはそう話し、店で人気の照り焼きチキンサンドとコーヒーと食後にケーキを注文した。やはり前世でも、今世でも、甘辛い照り焼きは誰もが好きな味だ。


 ガランゴロン、ガランゴロン。
 またケーキ屋の扉が乱暴に開かれ、黒いローブの男が息を切らして駆け込んできた。

「おい、みんな! これを見ろ!」

 そのローブの男性は街で配られていたのか、手に号外を持っていた。その号外を見て――なんだ、なんだと、店の店主と店員は注文の品と一緒に冒険者のテーブルに集まり、男が持ってきた号外を眺めた。

 ……そして「またか」と。ため息混じりの声が聞こえる。

「この前は北の方だったよな、今度は南に瘴気によって魔物がした大型の魔物が出たらしい……」

(今度は、南に大型の魔物?)

「記事に国の騎士団、腕に自信がある冒険者たちが討伐に向かったが……聖職者、魔法使いの回復魔法。錬金術、薬師のポーションが間に合わず全滅⁉︎ おいおい、騎士団もやられたのか!」

 この話に店の中がザワザワしだし「今年に入って、この国では今何が起きているんだ」と、みんなは口にした。

 1人の男が、号外の記事を指差した。

「号外の下を見ろよ! 大型魔物の話よりも、前王太子妃様を探す記事がデカデカと載っているぞ! ――クソッ! 王族は離縁した前王太子妃様を何年も探すんじゃねーよ! もっと強い冒険者か、よその国から瘴気を払える神巫女、聖女を呼んだほうがいいんじゃないのか?」

「そうだ、あんな事があったんだ……前王太子妃様が戻るわけない!」

 みんながウンウン頷く。
 

(あんなことがあった? 嘘。王都より遠いシシカバの街の人にまで、ルールリアの浮気の話が知れ渡っているの?)

 いや、もう、かれこれ5年もの前のことだ、記者が真相を調べて記事を書いたのかも。フウッと小さくため息を吐くと、シシは私の手に「平気か」と手を重ねた。

 それに私は「平気だと」頷く。それを真似して、チェルも背伸びをして小さな手を乗せた。大丈夫――いまの私には大切な可愛い息子のチェルと、頼りになる旦那様のシシがいる。



「前王太子妃様は働き者で、立派な聖女様だった。あの方がいたからこそ、このシシカバの街も平和になった……いまの今まで平和だったのは……あの方の力が残っていたからかもな」

 そうだな、と。冒険者達、店の店主、店員は今度は深いため息をついた。

 しかし、当時の私は一度も聖女だと呼ばれたことはない。だけど私が城を出て、浄化しなくなって5年が経ち。カサロの森以外にも瘴気が溢れ、大型の魔物が出現するようになった。


 前世、読んでいた小説の世界で私、アーシャはルールリアとの婚約破棄後、出番がない――と言うか、いっさい物語に名前も出てこない。次の章はルールリアとロローナの結婚までの話。

 だけど物語が代わり、私はルールリアと学園卒業後に結婚をした。そして7年後にあらわれたヒロイン、ロローナと浮気をされて離縁した。内容はかなり変わっているけど――脇役で悪役の私は表舞台から退場した。

(確か"新しい章では結婚前の2人に大事件が起こる。何かの封印が解かれた⁉︎ ……王太子妃となったロローナに隠された力が……!"っと、あらすじに書いてあったかな?)

「この物語の新刊が出るんだ、予約しよう」と、本の予約をしたが、発売日前にいろいろあって私は小説の続きは読めていない。

 本の"あらすじ"から見て、王太子妃となったヒロイン、ロローナに隠された力がもし聖女の力だったら。国中の森に瘴気が溢れ、大型の魔物はいない。

 ーーまだ、彼女に隠された力が芽生えていない?
 
 そうなら。仕方がない物語が変わってしまった、だとか悠長に話しをしていられない。今回、魔物の討伐に出た、多くの人が亡くなっている。

 もう、私の出番は終わったのだとか。
 離縁した私には関係ないだとか……傍観している場合じゃない。

(いいえ……ここは焦らず。まず、シシに相談しなくちゃ)
  


 店内は冒険者の1人が持ってきた、号外で賑わっている。

 私はそれを見渡し。
 
「さあ、帰りましょう」

 と伝えた。

「ああ、帰るか」
「パパ、抱っこ」

 夕飯に照り焼きチキンサンドと、苺のケーキを3つ買って、ローレルのケーキ屋をあとにした。
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