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 ようやく長期に渡る隣国アーロンドとの戦争に、アレクサンドロス国は勝利を収めた。戦争が終わった、国に平和が訪れたと国民達は喜び、興奮はさめない。



 ――その一年後。

 王城で開かれた祝賀会にリリの白爵家も呼ばれていた。その王都に向かう馬車の中で、リリは困惑するしかなかった。

 訳がわからないと。

 婚約者ルーズベルトはお父様達が乗る、馬車に当たり前の様に招き入れられた。そして、家族のはずのリリは同じ馬車に乗れず、もう一台の借り馬車に一人で乗せられた。

(どうして婚約者のルーズベルトはあちらに乗ったの? ミサエラと仲がそうとう進んでいるの?)
 
 アレクサンドロスの王都に着き、王城の舞踏会の会場でもルーズベルトは婚約者のリリではなく、義妹のミサエラを婚約者の様にエスコートして会場内に入っていった。


 ーーどうして?


(名前を呼ぶ係の人も困惑しているし、顔見知りの貴族たちも変な目で見てくるわ……)


 このままでは貴族たちの噂の的になる。


 リリはルーズベルトに注意しようとしたのだけど、ここはアレクサンドロスの王城――公の場で戦争が終わったと喜び湧く会場で、国王陛下が開いた祝賀会で騒ぐことなどは許されない。

 結局、リリは何も言えず、マーベラスお父様とカルランお義母様、二人の後に続いて会場に入場した。

 先に入場した、ルーズベルトとミサエラは婚約者と踊る初めのダンスも、二人で踊っていた。それをマーベラスお父様とお義母様は見て微笑み、リリをこの場にいない者として扱った。

(……ひどいわ)

 悲しい、息が詰まる、リリはバルコニーに出て一人で泣いていた。

 そんな、リリのそばに影が落ちる。

「君、どこか調子が悪いの? 医務室に行くかい?」

 何処かの紳士がバルコニーで泣いているリリに話しかけてきた。リリはソッとしていて欲しいのだけど、この人が伯爵家よりも爵位が上の方だとしたら、無視などできないと顔を上げた。

 見上げた先の紳士に、リリの瞳は釘付けになる。

(あ、この方)

 整えられた赤い髪と頭に黒い角をもち、ガタイは良く、キリリとした黒い瞳の素敵な男性だった。その男性が泣いている、リリに真っ白なハンカチを差し出していたのだ。

「――――あっ」

「こんなに綺麗な瞳を濡らして……嫌でなければ、このハンカチでその涙を拭いてください」

「あ、ありがとうございます」

 紳士からハンカチを貸してもらい、リリは流れる涙を拭いた。

(このハンカチいい香りがするわ……これって、バラの香りかしら?)

 紳士はハンカチを渡してもすぐに立ち去ることはせず、泣き止むまでリリの側にいてくれた。


(……なんて、お優しい方なの)


 ーー胸の奥が温かい。

 気付けばリリはポーッと頬を赤らめて、隣に居る彼を見つめていた。婚約者のルーズベルトは義妹と始めのダンスを踊っていた、リリだって他の人と踊ってもいいはず。

 今夜だけ――こんなに素敵な方とは二度とお会いできない。


 ーー私だって、ひと夜の夢を見てもいいかしら。


 リリは勇気を絞り出して、ステキな紳士をダンスに誘うことにした。

「紳士様……あ、あの、ダンスをお願いしてもよろしいでしょうか?」

 リリからのダンスの誘いに、彼の黒い瞳が驚きで開く。

「僕とダンスですか? ……あ、初めての方にこんなことを聞くのは失礼ですが。君は僕のこの姿が怖くないのかい?」

(この方のお姿が怖い?)

 リリはコテンと首を傾げて。

「わ、私は……す、素敵な紳士の方だと思いますが?」

 さらに彼の低い声が大きくなる。

「僕が素敵な紳士だと……? 他の貴族女性はこの赤い髪と角、黒い瞳を見ただけで震え上がり、目を合わせず逃げていきます」

 ーーまぁ、その髪が、角、瞳が?

 リリには素敵に見えていた、もし許されるのなら触れたいとでさえも思っていた。

「私は気になりませんが…………私の様な者が紳士様にダンスを申し込むなんて、勘違いも甚だしかったですね」

 シュンとすると、彼は凄い勢いで首を振った。

「違う、君が僕を怖がると思ったからで、失礼した。ああ、初めてのことだ……僕を怖がらない女性がいるなんて、信じられない」

 彼の眉間に皺がよる、リリはもう一度、勇気をだして紳士をダンスに誘った。

「紳士様、怖くない私となら踊っていただけますか?」

「ああ、喜んで!」

 笑った、彼の笑顔は素敵だった。


 ――トクン。

  

 舞踏会の会場に戻らずバルコニー下の庭園で、会場から微かに聞こえる音色と明かりの下で、彼と二人だけでダンスを踊った。

(まあ、なんて大きな手のひらなの?)

 リリはうっとりして彼のリードに合わせて踊っていた。

 
 ーーとても、ダンスが上手い方。


「あ、その、僕のゴツゴツした手は痛くないかい?」

(ゴツゴツな手? 痛い?)

 リリはブンブン首を振る。

「紳士様の手は戦う男の方の手です。私には詳しいことはわかりませんが……たくさん剣の修行をされたのですね――素敵な手だわ」

「あ、君はこの手まで素敵だと言ってくれるのか、ありがと、嬉しいーー報われる」

 報われると赤い瞳を細めた素敵な方。  


 ――――トクン。


(ああ、このままここにいては彼に心奪われてしまう)

 ダンスが終わるとリリはお礼をつたえて、彼のもとから離れた。

「紳士様、私に素敵な一夜の時間をありがとうございました。ごきげんよう」

 礼の後、後ろ髪をひかれながらも振り向かずリリは会場に戻る。

 ――頬が熱くて、鼓動がうるさいわ。

 そして、彼もリリの後を追ってはこなかった。
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