8 / 30
八
しおりを挟む
ようやく長期に渡る隣国アーロンドとの戦争に、アレクサンドロス国は勝利を収めた。戦争が終わった、国に平和が訪れたと国民達は喜び、興奮はさめない。
――その一年後。
王城で開かれた祝賀会にリリの白爵家も呼ばれていた。その王都に向かう馬車の中で、リリは困惑するしかなかった。
訳がわからないと。
婚約者ルーズベルトはお父様達が乗る、馬車に当たり前の様に招き入れられた。そして、家族のはずのリリは同じ馬車に乗れず、もう一台の借り馬車に一人で乗せられた。
(どうして婚約者のルーズベルトはあちらに乗ったの? ミサエラと仲がそうとう進んでいるの?)
アレクサンドロスの王都に着き、王城の舞踏会の会場でもルーズベルトは婚約者のリリではなく、義妹のミサエラを婚約者の様にエスコートして会場内に入っていった。
ーーどうして?
(名前を呼ぶ係の人も困惑しているし、顔見知りの貴族たちも変な目で見てくるわ……)
このままでは貴族たちの噂の的になる。
リリはルーズベルトに注意しようとしたのだけど、ここはアレクサンドロスの王城――公の場で戦争が終わったと喜び湧く会場で、国王陛下が開いた祝賀会で騒ぐことなどは許されない。
結局、リリは何も言えず、マーベラスお父様とカルランお義母様、二人の後に続いて会場に入場した。
先に入場した、ルーズベルトとミサエラは婚約者と踊る初めのダンスも、二人で踊っていた。それをマーベラスお父様とお義母様は見て微笑み、リリをこの場にいない者として扱った。
(……ひどいわ)
悲しい、息が詰まる、リリはバルコニーに出て一人で泣いていた。
そんな、リリのそばに影が落ちる。
「君、どこか調子が悪いの? 医務室に行くかい?」
何処かの紳士がバルコニーで泣いているリリに話しかけてきた。リリはソッとしていて欲しいのだけど、この人が伯爵家よりも爵位が上の方だとしたら、無視などできないと顔を上げた。
見上げた先の紳士に、リリの瞳は釘付けになる。
(あ、この方)
整えられた赤い髪と頭に黒い角をもち、ガタイは良く、キリリとした黒い瞳の素敵な男性だった。その男性が泣いている、リリに真っ白なハンカチを差し出していたのだ。
「――――あっ」
「こんなに綺麗な瞳を濡らして……嫌でなければ、このハンカチでその涙を拭いてください」
「あ、ありがとうございます」
紳士からハンカチを貸してもらい、リリは流れる涙を拭いた。
(このハンカチいい香りがするわ……これって、バラの香りかしら?)
紳士はハンカチを渡してもすぐに立ち去ることはせず、泣き止むまでリリの側にいてくれた。
(……なんて、お優しい方なの)
ーー胸の奥が温かい。
気付けばリリはポーッと頬を赤らめて、隣に居る彼を見つめていた。婚約者のルーズベルトは義妹と始めのダンスを踊っていた、リリだって他の人と踊ってもいいはず。
今夜だけ――こんなに素敵な方とは二度とお会いできない。
ーー私だって、ひと夜の夢を見てもいいかしら。
リリは勇気を絞り出して、ステキな紳士をダンスに誘うことにした。
「紳士様……あ、あの、ダンスをお願いしてもよろしいでしょうか?」
リリからのダンスの誘いに、彼の黒い瞳が驚きで開く。
「僕とダンスですか? ……あ、初めての方にこんなことを聞くのは失礼ですが。君は僕のこの姿が怖くないのかい?」
(この方のお姿が怖い?)
リリはコテンと首を傾げて。
「わ、私は……す、素敵な紳士の方だと思いますが?」
さらに彼の低い声が大きくなる。
「僕が素敵な紳士だと……? 他の貴族女性はこの赤い髪と角、黒い瞳を見ただけで震え上がり、目を合わせず逃げていきます」
ーーまぁ、その髪が、角、瞳が?
リリには素敵に見えていた、もし許されるのなら触れたいとでさえも思っていた。
「私は気になりませんが…………私の様な者が紳士様にダンスを申し込むなんて、勘違いも甚だしかったですね」
シュンとすると、彼は凄い勢いで首を振った。
「違う、君が僕を怖がると思ったからで、失礼した。ああ、初めてのことだ……僕を怖がらない女性がいるなんて、信じられない」
彼の眉間に皺がよる、リリはもう一度、勇気をだして紳士をダンスに誘った。
「紳士様、怖くない私となら踊っていただけますか?」
「ああ、喜んで!」
笑った、彼の笑顔は素敵だった。
――トクン。
舞踏会の会場に戻らずバルコニー下の庭園で、会場から微かに聞こえる音色と明かりの下で、彼と二人だけでダンスを踊った。
(まあ、なんて大きな手のひらなの?)
リリはうっとりして彼のリードに合わせて踊っていた。
ーーとても、ダンスが上手い方。
「あ、その、僕のゴツゴツした手は痛くないかい?」
(ゴツゴツな手? 痛い?)
リリはブンブン首を振る。
「紳士様の手は戦う男の方の手です。私には詳しいことはわかりませんが……たくさん剣の修行をされたのですね――素敵な手だわ」
「あ、君はこの手まで素敵だと言ってくれるのか、ありがと、嬉しいーー報われる」
報われると赤い瞳を細めた素敵な方。
――――トクン。
(ああ、このままここにいては彼に心奪われてしまう)
ダンスが終わるとリリはお礼をつたえて、彼のもとから離れた。
「紳士様、私に素敵な一夜の時間をありがとうございました。ごきげんよう」
礼の後、後ろ髪をひかれながらも振り向かずリリは会場に戻る。
――頬が熱くて、鼓動がうるさいわ。
そして、彼もリリの後を追ってはこなかった。
――その一年後。
王城で開かれた祝賀会にリリの白爵家も呼ばれていた。その王都に向かう馬車の中で、リリは困惑するしかなかった。
訳がわからないと。
婚約者ルーズベルトはお父様達が乗る、馬車に当たり前の様に招き入れられた。そして、家族のはずのリリは同じ馬車に乗れず、もう一台の借り馬車に一人で乗せられた。
(どうして婚約者のルーズベルトはあちらに乗ったの? ミサエラと仲がそうとう進んでいるの?)
アレクサンドロスの王都に着き、王城の舞踏会の会場でもルーズベルトは婚約者のリリではなく、義妹のミサエラを婚約者の様にエスコートして会場内に入っていった。
ーーどうして?
(名前を呼ぶ係の人も困惑しているし、顔見知りの貴族たちも変な目で見てくるわ……)
このままでは貴族たちの噂の的になる。
リリはルーズベルトに注意しようとしたのだけど、ここはアレクサンドロスの王城――公の場で戦争が終わったと喜び湧く会場で、国王陛下が開いた祝賀会で騒ぐことなどは許されない。
結局、リリは何も言えず、マーベラスお父様とカルランお義母様、二人の後に続いて会場に入場した。
先に入場した、ルーズベルトとミサエラは婚約者と踊る初めのダンスも、二人で踊っていた。それをマーベラスお父様とお義母様は見て微笑み、リリをこの場にいない者として扱った。
(……ひどいわ)
悲しい、息が詰まる、リリはバルコニーに出て一人で泣いていた。
そんな、リリのそばに影が落ちる。
「君、どこか調子が悪いの? 医務室に行くかい?」
何処かの紳士がバルコニーで泣いているリリに話しかけてきた。リリはソッとしていて欲しいのだけど、この人が伯爵家よりも爵位が上の方だとしたら、無視などできないと顔を上げた。
見上げた先の紳士に、リリの瞳は釘付けになる。
(あ、この方)
整えられた赤い髪と頭に黒い角をもち、ガタイは良く、キリリとした黒い瞳の素敵な男性だった。その男性が泣いている、リリに真っ白なハンカチを差し出していたのだ。
「――――あっ」
「こんなに綺麗な瞳を濡らして……嫌でなければ、このハンカチでその涙を拭いてください」
「あ、ありがとうございます」
紳士からハンカチを貸してもらい、リリは流れる涙を拭いた。
(このハンカチいい香りがするわ……これって、バラの香りかしら?)
紳士はハンカチを渡してもすぐに立ち去ることはせず、泣き止むまでリリの側にいてくれた。
(……なんて、お優しい方なの)
ーー胸の奥が温かい。
気付けばリリはポーッと頬を赤らめて、隣に居る彼を見つめていた。婚約者のルーズベルトは義妹と始めのダンスを踊っていた、リリだって他の人と踊ってもいいはず。
今夜だけ――こんなに素敵な方とは二度とお会いできない。
ーー私だって、ひと夜の夢を見てもいいかしら。
リリは勇気を絞り出して、ステキな紳士をダンスに誘うことにした。
「紳士様……あ、あの、ダンスをお願いしてもよろしいでしょうか?」
リリからのダンスの誘いに、彼の黒い瞳が驚きで開く。
「僕とダンスですか? ……あ、初めての方にこんなことを聞くのは失礼ですが。君は僕のこの姿が怖くないのかい?」
(この方のお姿が怖い?)
リリはコテンと首を傾げて。
「わ、私は……す、素敵な紳士の方だと思いますが?」
さらに彼の低い声が大きくなる。
「僕が素敵な紳士だと……? 他の貴族女性はこの赤い髪と角、黒い瞳を見ただけで震え上がり、目を合わせず逃げていきます」
ーーまぁ、その髪が、角、瞳が?
リリには素敵に見えていた、もし許されるのなら触れたいとでさえも思っていた。
「私は気になりませんが…………私の様な者が紳士様にダンスを申し込むなんて、勘違いも甚だしかったですね」
シュンとすると、彼は凄い勢いで首を振った。
「違う、君が僕を怖がると思ったからで、失礼した。ああ、初めてのことだ……僕を怖がらない女性がいるなんて、信じられない」
彼の眉間に皺がよる、リリはもう一度、勇気をだして紳士をダンスに誘った。
「紳士様、怖くない私となら踊っていただけますか?」
「ああ、喜んで!」
笑った、彼の笑顔は素敵だった。
――トクン。
舞踏会の会場に戻らずバルコニー下の庭園で、会場から微かに聞こえる音色と明かりの下で、彼と二人だけでダンスを踊った。
(まあ、なんて大きな手のひらなの?)
リリはうっとりして彼のリードに合わせて踊っていた。
ーーとても、ダンスが上手い方。
「あ、その、僕のゴツゴツした手は痛くないかい?」
(ゴツゴツな手? 痛い?)
リリはブンブン首を振る。
「紳士様の手は戦う男の方の手です。私には詳しいことはわかりませんが……たくさん剣の修行をされたのですね――素敵な手だわ」
「あ、君はこの手まで素敵だと言ってくれるのか、ありがと、嬉しいーー報われる」
報われると赤い瞳を細めた素敵な方。
――――トクン。
(ああ、このままここにいては彼に心奪われてしまう)
ダンスが終わるとリリはお礼をつたえて、彼のもとから離れた。
「紳士様、私に素敵な一夜の時間をありがとうございました。ごきげんよう」
礼の後、後ろ髪をひかれながらも振り向かずリリは会場に戻る。
――頬が熱くて、鼓動がうるさいわ。
そして、彼もリリの後を追ってはこなかった。
0
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました
花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。
クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。
そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。
いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。
数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。
✴︎感想誠にありがとうございます❗️
✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦
✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる