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1話

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 あ~疲れた。昨日も、今日も残業で終電。
 明日は休みだけど……いまからご飯を作るのも、帰り道のファミレスでご飯を食べるのも、コンビニに寄るのも今はめんどい。

(買い物は明日だな……いまは家にあるカップラーメンで、空腹を満たそう)

 最寄りの駅で電車を降りて、家まで歩く、私の視界がガラリと変わる。アスファルトは見たことがない石畳。歩き慣れた田舎道は日本庭園へと変わっていた。

「……疲れて、とうとう幻覚が見える」

 目の前に広がる景色に、疲れより好奇心が勝ち。苔の生えた飛び石を一歩、一歩と歩いていくと、私の目の前に一軒の定食屋が現れた。その定食屋からは出汁のいい香りがする。

 おいしそう。ほんの数秒前までカップラーメンの口だった私は、出汁のいい香りに釣られて、その定食屋に近付いていた。

 ――あなたの心を癒す、ほっこり亭?

 暖簾に記された文字と、パチパチと天ぷらを揚げる音。
 赤味噌の味噌汁の香りが、ふわりと香る。

(サクサク衣の海老の天ぷら、揚げと豆腐の味噌汁が飲みたい)

 もう少し寒くなったら、熱々な味噌見込みうどん、味噌おでんもいい。でもいまはお腹が空いているからガッツリ丼が食べたい。お漬物は味噌牛蒡、沢庵、胡瓜の漬物。

 食べ物のことを考えて、私のはらぺこはピークを迎え、お腹がグウッと鳴った。そのお腹の音が聞こえたのか、定食屋の扉がガラガラと開き、店の前に佇む私に。

「いらっしゃいませ、ほっこり亭へようこそ」

 頭とお尻にもふもふを付けた、和風姿の小さな女の子が現れ、丁寧にお辞儀をした。

「さぁお客さま、中に入ってください」
「う、うん。私が入ってもいいの?」
「はい遠慮せず。ゆっくり、食事をしていってください」

 女の子に手を引かれて店の中へ。
 入ったすぐ、外まで香っていた出汁の香りが濃くなる。

(はらぺこのお腹に響く、いい匂い~)



 店の中は普段は行かない、カウンター席が5つしかない、こじまんりした定食屋。――だけどカウンターに並ぶ大皿料理、その中の鶏の唐揚げ、ハンバーグとロールキャベツに引かれる。

「春にぃ、お客さんだよ」
「ああ、お客? ――おっと、いらっしゃいませ」

 女の子が声をかけると。同じモフモフの耳と尻尾をつけ、着物姿の背の高い若い男性が、カウンターの奥から現れた。

「小春、お茶とおしぼり」
「ちゃんと用意しています。お客様、お好きな席にどうぞお座りください」

 お好きな席といわれて、気になっているロールキャベツがのる大皿の前に座った。このロールキャベツは私が時間と体力、キャベツひと玉と合い挽き肉が格安のときに作るロールキャベツとは違う。

 味がしみしみにしみた、型崩れしていないロールキャベツ。

(どうしたら、こんなに器用にキャベツを巻けるの?)

「お客様、ご注文は何にいたしますか?」
「は、はい! えーっと」

 店内のお品書きを見つめ、これまた惹かれる「親子丼」の文字を見つけた。

(いますごくお腹が空いているから。いくらでも食べられる気がする)

「すみません。親子丼定食とロールキャベツ2つをください。あとビールもお願いします」

「親子丼定食とロールキャベツ2つ、ビールですね。しばらくお待ちください」

 無駄のない動きで、頼んだら料理に取り掛かる男性を眺めた。
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