寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ

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五十六

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「リモーネ君、そんなに慌ててどうしたの?」
「ハァ……リイーヤ、ミリア亭に珍しい客が来ていないか?」

「え、?」

 何故、そのことをリモーネ君が知っているの?
 わたしは店の中に聞こえないように、リモーネ君に小声で話した。

「数人、来ているわ。わたしの感だと中央区の貴族……ううん、騎士じゃないかと思うのだけど。他の人よりも雰囲気というか、オーラが違う感じがする」

「オーラが違うか……雰囲気は違うのは当たり前だ、ガタイのいい男二人は護衛騎士で、六人席に座る客はこの国の皇太子殿下と、その側近、近衛騎士と第一騎士団長だ」  

(え、ええーー!!!)

 大声が出そうになり、手で口元を隠した。
 王族が、それもこの国の皇太子殿下が北区に来るなんて、

「何故?」

「それは……いまから二週間前、第三部隊の詰め所へ視察に訪れていた皇太子殿下に、リイーヤの弁当が珍しく映ったらしく……欲しいと言われて、断ることが出来ず渡したんだ。それから殿下は何かしら理由をつけては三番隊の詰め所に来て、何度か弁当を持っていっている」

 え、?

「嘘、皇太子殿下がわたしのお弁当を食べているの?」

 リモーネ君は"そうだ"と頷いた。

 毎回、ミリアさんとみんなに食べてもらって、味付けは気を付けているけど……王城には選ばれたシェフが数名いて、毒見役の方もいるはず。

 それにミリアさんの美味しい料理ならわかるけど、わたしの料理が王太子殿下の口に合うはずがない。

「昨日、弁当を渡したとき……殿下はワーウルフと戦った女性がリイーヤだと知っていた。ミリア亭にいる事も、出身国がリルガルド国で、僕も同じ学園に通っていたことも……」

「……ひぇ」

「リイーヤのお弁当が気に入ったのか……それとも別の理由か? 何故か、殿下はリイーヤの事を気にしているみたいだ」

 お弁当? それとも、お兄様とのことで?

「リモーネ君、もしかすると二ヶ月ほど前くらいに国王祭の打ち合わせで、ガレーン国を訪れたカートラお兄様が皇太子殿下と、わたしの事で言い合いをしたみたいなの」

「カートラ様が、皇太子殿下と言い合い?」

 それは驚くわよね、でも本当のこと。

「今度、皇太子殿下の婚約者決めの舞踏会が開催されるでしょう? わたしの家にもその招待状が届いたらしくて……国王祭の打ち合わせに来た時、婚約者候補を辞退する書面を渡したんだけど……それが、皇太子殿下の機嫌を損ねたらしくて『お前の妹は野生のゴリラの様な令嬢なんだろう』と言われて……売り言葉に買い言葉で『舞踏会で確かめてください』と言ってしまったらしいの。でも、わたしがガレーン国にいることは知らないはずなんだけど……」

 野生のゴリラの所で、リモーネ君は眉間にシワを寄せた。

「殿下はリイーヤを"野生のゴリラ"と言ったのか……それは、カートラ様が怒ったのもわかる…………ハァ、弁当から調べてカートラ様の妹に行き着き。ご自身の目で確かめに来たのか……ここにいて見守りたいが、いまは祭り前で忙しくてな」

 大丈夫だよと、準備しておいたお弁当を渡した。

「今日のお弁当はステーキ丼ね、明日はお店が休みだから、明後日にステーキ丼の感想よろしくね」

「わかった。これが代金で、いつもお弁当ありがとう。……部下もいるから、殿下は何もしてこないとは思うが……気をつけてくれ」

「うん、」

 まだ心配しているみたいだけど……リモーネ君はお弁当を持って帰っていった。お弁当を渡してお店に戻ると、数人のお客さんと皇太子殿下一行は残っていた。

「騎士様にお弁当渡した?」
「はい」

「じゃー、コーヒーを奥のお客さんにお出して」  

 と、コーヒーカップが四つ乗ったトレーを渡された。皇太子殿下のテーブルか……ううん、いまはお客さんなんだからと、深呼吸をしてコーヒーを運んだ。

「食後のコーヒーです、熱いのでお気を付けてください」

「ありがとう、君に一つ聞いてもいいか?」

 六人テーブルの手前、ローブから見える黒髪のガタイのいい男性が話しかけて来た。

「はい、なんでしょうか?」
「気まぐれ定食と言うのは、君が作っているのか?」

「はい、そうです。お口に会いましたか?」

 あ、しまった。……コーヒーを置いたらすぐに離れようと思っていたのに。いつもの流れで、つい味の感想を聞いてしまった。

「な、中々、美味かったぞ」

 六人テーブルの奥に座る、細身の金髪ローブの男性が率先して答えると、他の人も"美味しかった"と答えてくれた。

「ありがとうございます、ごゆっくりしていってください」

 と、微笑んで、そそくさ厨房に戻った。
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