上 下
57 / 99

五十六

しおりを挟む
「リモーネ君、そんなに慌ててどうしたの?」
「ハァ……リイーヤ、ミリア亭に珍しい客が来ていないか?」

「え、?」

 何故、そのことをリモーネ君が知っているの?
 わたしは店の中に聞こえないように、リモーネ君に小声で話した。

「数人、来ているわ。わたしの感だと中央区の貴族……ううん、騎士じゃないかと思うのだけど。他の人よりも雰囲気というか、オーラが違う感じがする」

「オーラが違うか……雰囲気は違うのは当たり前だ、ガタイのいい男二人は護衛騎士で、六人席に座る客はこの国の皇太子殿下と、その側近、近衛騎士と第一騎士団長だ」  

(え、ええーー!!!)

 大声が出そうになり、手で口元を隠した。
 王族が、それもこの国の皇太子殿下が北区に来るなんて、

「何故?」

「それは……いまから二週間前、第三部隊の詰め所へ視察に訪れていた皇太子殿下に、リイーヤの弁当が珍しく映ったらしく……欲しいと言われて、断ることが出来ず渡したんだ。それから殿下は何かしら理由をつけては三番隊の詰め所に来て、何度か弁当を持っていっている」

 え、?

「嘘、皇太子殿下がわたしのお弁当を食べているの?」

 リモーネ君は"そうだ"と頷いた。

 毎回、ミリアさんとみんなに食べてもらって、味付けは気を付けているけど……王城には選ばれたシェフが数名いて、毒見役の方もいるはず。

 それにミリアさんの美味しい料理ならわかるけど、わたしの料理が王太子殿下の口に合うはずがない。

「昨日、弁当を渡したとき……殿下はワーウルフと戦った女性がリイーヤだと知っていた。ミリア亭にいる事も、出身国がリルガルド国で、僕も同じ学園に通っていたことも……」

「……ひぇ」

「リイーヤのお弁当が気に入ったのか……それとも別の理由か? 何故か、殿下はリイーヤの事を気にしているみたいだ」

 お弁当? それとも、お兄様とのことで?

「リモーネ君、もしかすると二ヶ月ほど前くらいに国王祭の打ち合わせで、ガレーン国を訪れたカートラお兄様が皇太子殿下と、わたしの事で言い合いをしたみたいなの」

「カートラ様が、皇太子殿下と言い合い?」

 それは驚くわよね、でも本当のこと。

「今度、皇太子殿下の婚約者決めの舞踏会が開催されるでしょう? わたしの家にもその招待状が届いたらしくて……国王祭の打ち合わせに来た時、婚約者候補を辞退する書面を渡したんだけど……それが、皇太子殿下の機嫌を損ねたらしくて『お前の妹は野生のゴリラの様な令嬢なんだろう』と言われて……売り言葉に買い言葉で『舞踏会で確かめてください』と言ってしまったらしいの。でも、わたしがガレーン国にいることは知らないはずなんだけど……」

 野生のゴリラの所で、リモーネ君は眉間にシワを寄せた。

「殿下はリイーヤを"野生のゴリラ"と言ったのか……それは、カートラ様が怒ったのもわかる…………ハァ、弁当から調べてカートラ様の妹に行き着き。ご自身の目で確かめに来たのか……ここにいて見守りたいが、いまは祭り前で忙しくてな」

 大丈夫だよと、準備しておいたお弁当を渡した。

「今日のお弁当はステーキ丼ね、明日はお店が休みだから、明後日にステーキ丼の感想よろしくね」

「わかった。これが代金で、いつもお弁当ありがとう。……部下もいるから、殿下は何もしてこないとは思うが……気をつけてくれ」

「うん、」

 まだ心配しているみたいだけど……リモーネ君はお弁当を持って帰っていった。お弁当を渡してお店に戻ると、数人のお客さんと皇太子殿下一行は残っていた。

「騎士様にお弁当渡した?」
「はい」

「じゃー、コーヒーを奥のお客さんにお出して」  

 と、コーヒーカップが四つ乗ったトレーを渡された。皇太子殿下のテーブルか……ううん、いまはお客さんなんだからと、深呼吸をしてコーヒーを運んだ。

「食後のコーヒーです、熱いのでお気を付けてください」

「ありがとう、君に一つ聞いてもいいか?」

 六人テーブルの手前、ローブから見える黒髪のガタイのいい男性が話しかけて来た。

「はい、なんでしょうか?」
「気まぐれ定食と言うのは、君が作っているのか?」

「はい、そうです。お口に会いましたか?」

 あ、しまった。……コーヒーを置いたらすぐに離れようと思っていたのに。いつもの流れで、つい味の感想を聞いてしまった。

「な、中々、美味かったぞ」

 六人テーブルの奥に座る、細身の金髪ローブの男性が率先して答えると、他の人も"美味しかった"と答えてくれた。

「ありがとうございます、ごゆっくりしていってください」

 と、微笑んで、そそくさ厨房に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。

友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。 あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。 ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。 「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」 「わかりました……」 「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」 そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。 勘違い、すれ違いな夫婦の恋。 前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。 四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...