しずかのうみで

村井なお

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第十章 二人ならできること

58.二人ならできること

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 と、ちょうどそのとき。

 風が止まった。

 雨があがり、雲が晴れて月がのぞく。
 周囲に満ちていた姫神さまの神気が枯れるのを感じる。

 姫神さまとみちるさんが、みずうみの魂鎮めをしたんだ。

 よりによってこのタイミングで……!

 とはいえ、文句を言ってもしかたがない。
 わたしは、自分にできることをやるだけだ。

 布都御魂剣を顔の前にかかげる。

 剣の切っ先に意識を集中し、幽気を呼び集める。

 小さなうずを巻いて、赤黒い霞が集まってくる。

 布都御魂剣は本当にすごい。
 今のわたしが持ってる以上の神通力を引きだしてくれる。

「……っ」

 それはつまり、わたしの限界を超えているということ。

 集まってくる幽気の量が多すぎる。

 布都御魂剣の力で御寧めの力も上がっているけれど。
 肺から酸素が抜けていくような、頭から血が引いていくような、生きるために必要な何かがすり減っていくのを感じる。

「これ、ヤバい……!」

 このままじゃダメだ。

 わたしも考えないと。

 ニオがそうしたように、考えないと。

 現世のこと。

 毎日のこと。

 将来のこと。

 ハッピーなこと。

 ……琵琶湖が見える。

 静かな風に湖面がさざなみをうかべている。

 湖畔の家に家族が集っている。喫茶ウェーブレットのテラスだ。

 のどかがいる。
 ずいぶん背が伸びている。
 肩幅も少し大きくなっていて。
 そっか、やっぱりのどかは男の人になるんだね。

 隣にニオがいる。
 ニオも大人になっている。
 茶色の髪がきれいに真っすぐ伸びている。

 脇にみちるさんが立っている。
 ちょっとしわが増えた?
 なんて言ったら怒られそう。

 お父さんは白髪が増えたね。
 それはそれでかっこいいよ。
 似合ってる。

 ニオの後ろには、おじさんとおばさんがいて、おばあさんは相変わらず元気そう。

 ……うん。

 今わたしは、このために戦っている。

 のどかがいて、ニオがいて、お父さんがいて、ニオがいて、その家族がいて。

「みんなをハッピーにするのがわたしの御役目なんだ!」

 この未来を守るために。

 わたしはここで負けるわけにはいかない。

 今持っている力の、その全部を使い尽くしても……!

「しずか!」

 うすれていた意識が戻る。

「しずか、それじゃダメだ」

 横から手が伸びてくる。

「それじゃお母さんと同じだよ」

 のどかの右手が布都御魂剣の柄をつかむ。

「みんなの中に、しずかもいなくちゃダメなんだ!」

 隣にのどかが立つ。

 わたしの左手と、のどかの右手が剣をかかげる。

 剣を通じてのどかとつながる。

 そっか。
 お母さんは、自分を数え忘れちゃってたんだね。

 そうだよ。
 しずかも、他の人のことばっかり見てる。

 ごめん。

 あやまることじゃないよ。
 しずかはそれでいい。

「しずかのことは、僕が隣で見てるから」

 幽気が布都御魂剣を通して、わたしたちの中に集まってくる。

 でも、だいじょうぶ。

 一人じゃ重すぎるけど、半分こならだいじょうぶ。

 黄泉醜女がもがいている。溺れているようにもがいている。

 もう幽気はわずかにしか残っていない。

 のどかと顔を合わせる。

一二三ひふみ 一二三ひふみ

 奥津鏡おくつかがみ 辺津鏡へつかがみ 十握剣とつかのつるぎ

 布留部ふるべ 由良由良止ゆらゆらと 布留部ふるべ!」

 最後の幽気が消え、黄泉醜女の姿がかき消えた。

 一陣の風がふいていく。

「二人とも、大きくなったね」

 風が残したきんもくせいの香り。

 その向こうから、お母さんの声が聞こえた。

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