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第十章 二人ならできること
55.お父さんといっしょに
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雨の中お父さんの車まで走り、のどかと二人、後部座席に乗りこむ。
車まで走りきったのどかは、息を切らしてへたりこんだ。
顔が真っ青だ。小指に結ばれた幽気は、相も変わらず赤黒い不吉な色をしている
「のどか、頭」
「うん」
のどかは素直に寝転び、わたしのひざに頭をのせた。
普段ならもう少し抵抗しそうなものだけど、よほど苦しいのだろう。
「しずか、どっちに行けばいい?」
お父さんには幽気《かそけき》の糸が見えないから、わたしが道案内をしないと。
「えっとね」
「ぐへ」
運転席に身を乗りだしたら、のどかをつぶしてしまった。
まあいいや。今はがまんしてもらおう。
「ちょっと待ってね」
雨が降る夜に一本の糸を追いかけるのはかなりむずかしい。
右目を閉じ、左手でつくった輪を左目の前にかかげる。
それでもなお幽気の糸は見定めるのが難しいほどに細い。
「ああ、もう!」
左目のカラーコンタクトを外して、もう一度垣間見《かいまみ》の術をつかう。
現世のものはほとんど見えなくなるけれど、幽気ははっきり見えるようになった。
「とりあえず、左に出て!」
「了解!」
と、お父さんが車を急発進させる。
「ぐえっ」
のどかがうめいた気がする。
聞かなかったことにする。
「ずっとまっすぐ、まっすぐ……あ、右! すぐ左!」
急停止、急発進、急ハンドルが続き、そのたびのどかの頭が落ちそうになる。
「お花畑、石が積まれて、川が……そうか、あれが黄泉の国」
のどかがつぶやいている。
やっぱり置いてきたほうがよかったんじゃないかな。
「しずか、追いかけてるのは黄泉醜女なのかい?」
「そう! 黄泉の国の主の部下だって!」
「黄泉の国の主、ということは伊耶那美命か」
「うん。姫神さま、そんなこと言ってた」
お父さんは少し黙ってから、たしかめるように言った。
「……黄泉醜女は、姫神さまのご加護がある土地をきらって、自分につごうのよい場所に行こうとしている。そういうことでいいかい?」
「そう!」
「じゃあ、行き先はあそこか」
「わかるの!?」
「滋賀県で伊耶那美命といったら多賀大社だ。夫である伊耶那岐命といっしょにおまつりされている」
「じゃあ、そこに行けば!」
お父さんが首を横に振る。
「大社は遠すぎる。車でも三十分以上はかかる。黄泉醜女にそんな遠くまで行く余裕はないよね」
たしかに。
もう凪の時間は過ぎて、今にも嵐が起きそうだ。
神気に満ちた風は、幽気の力を押さえこむ。
黄泉醜女からしたら、嵐が起こる前に呪術をとりおこないたいはずだ。
「近江八幡の多賀町にも、多賀大社の分社があるんだ。このあたりで伊耶那美命に縁のある土地といったらそこだ」
そう言って、お父さんはアクセルを踏んだ。
「一応、道しるべの糸は見といてくれよ!」
「うん、当然!」
それからしばらく、お父さんは運転に、わたしは幽気の糸を目で追うのに集中した。
「ねえ、お父さん」
と、それまで黙っていたのどかが、寝たままつぶやいた。
「僕たちを連れてきちゃってよかったの?」
「……」
のどかが何を聞きたいのか、わたしにはわかった。
「……そうだね」
お父さんが口を開く。
「お母さんのように危ないことはしてほしくない、普通に暮らしてほしいと、ずっと思ってたよ。そのためにできることはしたつもりだ」
そうだった。お父さんはそもそも御役目だとか神通力だとかを遠ざけるために、姫神神社やみちるさんと距離をおいていたんだった。
「でもね、だからって、友だちをほうっておくような人にはなってほしくない」
お父さんがハンドルをきる。
「きみたちのお母さんは、人のためなら後先考えず危険に飛びこめてしまう人だった」
お父さんは「知ってるよね」と笑った。
「僕はね、そんなあぐりさんが大好きだったんだよ」
車まで走りきったのどかは、息を切らしてへたりこんだ。
顔が真っ青だ。小指に結ばれた幽気は、相も変わらず赤黒い不吉な色をしている
「のどか、頭」
「うん」
のどかは素直に寝転び、わたしのひざに頭をのせた。
普段ならもう少し抵抗しそうなものだけど、よほど苦しいのだろう。
「しずか、どっちに行けばいい?」
お父さんには幽気《かそけき》の糸が見えないから、わたしが道案内をしないと。
「えっとね」
「ぐへ」
運転席に身を乗りだしたら、のどかをつぶしてしまった。
まあいいや。今はがまんしてもらおう。
「ちょっと待ってね」
雨が降る夜に一本の糸を追いかけるのはかなりむずかしい。
右目を閉じ、左手でつくった輪を左目の前にかかげる。
それでもなお幽気の糸は見定めるのが難しいほどに細い。
「ああ、もう!」
左目のカラーコンタクトを外して、もう一度垣間見《かいまみ》の術をつかう。
現世のものはほとんど見えなくなるけれど、幽気ははっきり見えるようになった。
「とりあえず、左に出て!」
「了解!」
と、お父さんが車を急発進させる。
「ぐえっ」
のどかがうめいた気がする。
聞かなかったことにする。
「ずっとまっすぐ、まっすぐ……あ、右! すぐ左!」
急停止、急発進、急ハンドルが続き、そのたびのどかの頭が落ちそうになる。
「お花畑、石が積まれて、川が……そうか、あれが黄泉の国」
のどかがつぶやいている。
やっぱり置いてきたほうがよかったんじゃないかな。
「しずか、追いかけてるのは黄泉醜女なのかい?」
「そう! 黄泉の国の主の部下だって!」
「黄泉の国の主、ということは伊耶那美命か」
「うん。姫神さま、そんなこと言ってた」
お父さんは少し黙ってから、たしかめるように言った。
「……黄泉醜女は、姫神さまのご加護がある土地をきらって、自分につごうのよい場所に行こうとしている。そういうことでいいかい?」
「そう!」
「じゃあ、行き先はあそこか」
「わかるの!?」
「滋賀県で伊耶那美命といったら多賀大社だ。夫である伊耶那岐命といっしょにおまつりされている」
「じゃあ、そこに行けば!」
お父さんが首を横に振る。
「大社は遠すぎる。車でも三十分以上はかかる。黄泉醜女にそんな遠くまで行く余裕はないよね」
たしかに。
もう凪の時間は過ぎて、今にも嵐が起きそうだ。
神気に満ちた風は、幽気の力を押さえこむ。
黄泉醜女からしたら、嵐が起こる前に呪術をとりおこないたいはずだ。
「近江八幡の多賀町にも、多賀大社の分社があるんだ。このあたりで伊耶那美命に縁のある土地といったらそこだ」
そう言って、お父さんはアクセルを踏んだ。
「一応、道しるべの糸は見といてくれよ!」
「うん、当然!」
それからしばらく、お父さんは運転に、わたしは幽気の糸を目で追うのに集中した。
「ねえ、お父さん」
と、それまで黙っていたのどかが、寝たままつぶやいた。
「僕たちを連れてきちゃってよかったの?」
「……」
のどかが何を聞きたいのか、わたしにはわかった。
「……そうだね」
お父さんが口を開く。
「お母さんのように危ないことはしてほしくない、普通に暮らしてほしいと、ずっと思ってたよ。そのためにできることはしたつもりだ」
そうだった。お父さんはそもそも御役目だとか神通力だとかを遠ざけるために、姫神神社やみちるさんと距離をおいていたんだった。
「でもね、だからって、友だちをほうっておくような人にはなってほしくない」
お父さんがハンドルをきる。
「きみたちのお母さんは、人のためなら後先考えず危険に飛びこめてしまう人だった」
お父さんは「知ってるよね」と笑った。
「僕はね、そんなあぐりさんが大好きだったんだよ」
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