しずかのうみで

村井なお

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第八章 このうみにきっと

47.嵐が来る

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 社務所に駆けこむと、そこにはお父さんがいた。

「来てたんだ!」

 と飛びつくと、お父さんはあわてて「しーっ」と人さし指を口に当てた。

 お父さんの肩ごしに奥を見ると、みちるさんがどこかと電話をしていた。

「――何でもっと早く! 今から? 無理です、こっちだって空けられません!」

 と、みちるさんは受話器を電話に叩きつけた。

「みちるさん?」

 お父さんがそっと声をかけると、みちるさんは勢いよく振りかえった。
 ずいぶんと興奮していた様子だったけれど、わたしとのどかがいるのに気づいたのか、みちるさんは押さえつけた声で言った。

伊吹いぶき大刀自おおとじが危篤だそうです」

「え! ……大刀自って何?」

 こっそりたずねると、お父さんは「家の主を務める女性のことだよ」と教えてくれた。

「え、じゃあ伊吹のおばあちゃん!?」

 そのおばあちゃんには会ったこともないけれど、それでも危ないなんて言われたらびっくりする。

「みちるさん、早く行かないと。今の電話でも、向こうから呼ばれたんでしょう?」

 お父さんが心配そうな声で聞く。

「行かなくていいんです!」

 みちるさんは強い口調でこたえた。

「そういえば昨日、辺津宮のおじいちゃんが言ってたね。『話をするなら今のうちだ』って」

「あんたたち、やっぱり聞いてたのね」

 みちるさんがわたしたちをにらみつける。眼光が超するどい。

「もしかして、その伊吹のおばあさんとケンカでもしてるの?」

 わたしが聞くと、みちるさんは鼻筋にしわを寄せて言った。

「……昔から反りが合わないの。特に向こうはわたしを毛嫌いしてるし。こんなになるまで連絡ひとつ寄こさないで」

 それでそんなに機嫌が悪いんだ。なっとく。

「でも、昔はお世話になったって聞いてるよ」

 と、お父さんがなだめるように言う。

「それは……。でも、本当に今はわたしが神社をはなれるわけにはいかないんです」

「みずうみの風が止まってるから?」

 のどかが口をはさむと、みちるさんは目を見開き、それからかすかに笑みを浮かべた。

「気づいたの? あんたたち、ちゃんとうみを見るようになってきたわね」

「今は何が起きてるの?」

 わたしが質問すると、みちるさんは真剣な表情で答えた。

「前に教えたわよね。伊吹はみずうみの魂振たまふり、つまり神気を荒ぶらせるのを御役目としているわ。大刀自が倒れたことで、伊吹の力は今弱まっている。わたしたち息長の力が上まわりすぎているの」

「バランスがくずれてるんだ」

 のどかのつぶやきに、みちるさんがうなずく。

「みずうみの風がこの町をきよめているって話はしたわよね」

「じゃあ、ニオが危ない!?」

「そう。風がやんで姫神さまの神気が行きわたらなくなると、幽気がのさばりだす。昨日も黄泉醜女は夕凪をついておそってきた。……それに、神気を鎮めすぎた後どうなるかは、あんたたちも身をもって知ってるでしょう」

 のどかと顔を見合わせる。

「「嵐がくる!」」

「だからわたしはここにいないといけないの」

 みちるさんは重々しく頷いて言った。

「嵐をおさめ、うみをしずかに保つ。それが息長の御役目なのだから」
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