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第七章 お母さんはあの日
43.わたしはそれでもう十分
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「ひとつ、覚えておいてほしいことがあるですよ」
と、そこで姫神さまが口を挟んだ。
「ぼくの本分は知ってるですよね。航海の神であり、音曲の神であり、そしてうみの平穏を守る神であるです。お賽銭箱の後ろにも書いてあるです」
「ご利益ですよね」
「ですです。どの神さまもご利益、つまり本分が決まってます。神さまは、何でもはできません。ぼくの場合は風や雨、雷や大波の魂鎮めが、つまり大気や水に宿った神気を鎮めるのが本分です。人や動物、ものの魂鎮めなんかもできはしますけど得意じゃないのです」
姫神さま「うーん」と少し考えてからまた話を続けた。
「例えば、縁結びの神さまに合格祈願するようなものなのです。合格祈願は、受験する学校との縁結びだともいえますので、効果はなくはないです。物は言いようです。けど、あんまり期待しちゃダメなのです」
「姫神さまにとっての幽気も、そうだということですか?」
「はいです。きみたち息長一族の神業はうちが貸している力によるものです。えー、結局何が言いたいかというとですね、幽気を簡単に祓えるとは思わないでほしいってことなのです。決して、油断をしたとか、力不足であったとか、そういうことではないのです」
姫神様はめずらしく力を入れてそう訴えた。
「……まあ、そういうこと」
みちるさんが再び話しだした。
「ニオちゃんにとりついた幽気は、見たこともないような量だった。それでも二人がかりなら何とかなると、わたしはそう思った」
首を振り、こぶしを握るみちるさん。
「でも、姉さんはちがった。姉さんは一人ですべてを祓おうとした。姉さんは神札でわたしの足を縛って、たった一人で幽気に立ち向かっていった」
何で、そんな……。
「そして姉さんは幽気に魂を持っていかれた。空っぽになった体は、みずうみの波にさらわれて……」
みちるさんは言葉をとぎれさせ、わたしを見た。
そっか。
わたし、見てたんだね。
お母さんの最期。
「じゃあ、お母さんは、やっぱり今も……」
「うみにいるのね」
のどかのつぶやきに、わたしが続けた。
「義兄さんは、姉さんの最期を聞いてこの神社を離れる決心をしたの。二人がみずうみに心をとらわれないように。危険な御役目に関わらなくてすむように。そして、しずかがあの日のことを思い出すことのないように」
それで、わたしたちはずっと淡海町に来ていなかったんだ。
「だけど、御役目というのは逃げようと思って逃げられるものじゃない。わたしと義兄さんは約束してたの。『いつか二人が神通力に目覚めたら、必ず神社につれてくる』と」
「修行のために?」
「そう。生兵法は怪我のもと。中途半端な力、生半可な知識はかえって自分の身を危険にさらすわ。しずかが春の嵐を魂鎮めしてしまったときのようにね」
「う。ごめんなさい」
みちるさんは、かすかに笑みを浮かべて首を振った。
「いいの。失敗していいの。転んで、すりむいて、痛みを覚えて、そうしてあんたたちは成長していくの。そのためにわたしがいる。いつもちゃんと見てるから、だからあんたたちは失敗していいの」
「……みちるさん」
だからみちるさんは、わたしたちを名古屋に帰らせなかったんだ。
ちょっとした外出にも慎重になって、いつもそばにいてくれて。
「しずか、のどか」
みちるさんはたたずまいを直し、わたしたちを正面から見すえた。
「二人に、お母さんの、息長あぐりの最期の言葉を伝えます」
わたしとのどかも、背筋を伸ばす。
「『しずかがいて、のどかがいて、浩次さんがいて、みちるがいて、みんながハッピーなら、わたしはそれでもう十分』」
みちるさんの目が光る。
「二人とも、忘れないでいて」
と、そこで姫神さまが口を挟んだ。
「ぼくの本分は知ってるですよね。航海の神であり、音曲の神であり、そしてうみの平穏を守る神であるです。お賽銭箱の後ろにも書いてあるです」
「ご利益ですよね」
「ですです。どの神さまもご利益、つまり本分が決まってます。神さまは、何でもはできません。ぼくの場合は風や雨、雷や大波の魂鎮めが、つまり大気や水に宿った神気を鎮めるのが本分です。人や動物、ものの魂鎮めなんかもできはしますけど得意じゃないのです」
姫神さま「うーん」と少し考えてからまた話を続けた。
「例えば、縁結びの神さまに合格祈願するようなものなのです。合格祈願は、受験する学校との縁結びだともいえますので、効果はなくはないです。物は言いようです。けど、あんまり期待しちゃダメなのです」
「姫神さまにとっての幽気も、そうだということですか?」
「はいです。きみたち息長一族の神業はうちが貸している力によるものです。えー、結局何が言いたいかというとですね、幽気を簡単に祓えるとは思わないでほしいってことなのです。決して、油断をしたとか、力不足であったとか、そういうことではないのです」
姫神様はめずらしく力を入れてそう訴えた。
「……まあ、そういうこと」
みちるさんが再び話しだした。
「ニオちゃんにとりついた幽気は、見たこともないような量だった。それでも二人がかりなら何とかなると、わたしはそう思った」
首を振り、こぶしを握るみちるさん。
「でも、姉さんはちがった。姉さんは一人ですべてを祓おうとした。姉さんは神札でわたしの足を縛って、たった一人で幽気に立ち向かっていった」
何で、そんな……。
「そして姉さんは幽気に魂を持っていかれた。空っぽになった体は、みずうみの波にさらわれて……」
みちるさんは言葉をとぎれさせ、わたしを見た。
そっか。
わたし、見てたんだね。
お母さんの最期。
「じゃあ、お母さんは、やっぱり今も……」
「うみにいるのね」
のどかのつぶやきに、わたしが続けた。
「義兄さんは、姉さんの最期を聞いてこの神社を離れる決心をしたの。二人がみずうみに心をとらわれないように。危険な御役目に関わらなくてすむように。そして、しずかがあの日のことを思い出すことのないように」
それで、わたしたちはずっと淡海町に来ていなかったんだ。
「だけど、御役目というのは逃げようと思って逃げられるものじゃない。わたしと義兄さんは約束してたの。『いつか二人が神通力に目覚めたら、必ず神社につれてくる』と」
「修行のために?」
「そう。生兵法は怪我のもと。中途半端な力、生半可な知識はかえって自分の身を危険にさらすわ。しずかが春の嵐を魂鎮めしてしまったときのようにね」
「う。ごめんなさい」
みちるさんは、かすかに笑みを浮かべて首を振った。
「いいの。失敗していいの。転んで、すりむいて、痛みを覚えて、そうしてあんたたちは成長していくの。そのためにわたしがいる。いつもちゃんと見てるから、だからあんたたちは失敗していいの」
「……みちるさん」
だからみちるさんは、わたしたちを名古屋に帰らせなかったんだ。
ちょっとした外出にも慎重になって、いつもそばにいてくれて。
「しずか、のどか」
みちるさんはたたずまいを直し、わたしたちを正面から見すえた。
「二人に、お母さんの、息長あぐりの最期の言葉を伝えます」
わたしとのどかも、背筋を伸ばす。
「『しずかがいて、のどかがいて、浩次さんがいて、みちるがいて、みんながハッピーなら、わたしはそれでもう十分』」
みちるさんの目が光る。
「二人とも、忘れないでいて」
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