しずかのうみで

村井なお

文字の大きさ
上 下
43 / 59
第七章 お母さんはあの日

43.わたしはそれでもう十分

しおりを挟む
「ひとつ、覚えておいてほしいことがあるですよ」

 と、そこで姫神さまが口を挟んだ。

「ぼくの本分は知ってるですよね。航海の神であり、音曲おんぎょくの神であり、そしてうみの平穏を守る神であるです。お賽銭箱の後ろにも書いてあるです」

「ご利益りやくですよね」

「ですです。どの神さまもご利益、つまり本分が決まってます。神さまは、何でもはできません。ぼくの場合は風や雨、雷や大波の魂鎮めが、つまり大気や水に宿った神気を鎮めるのが本分です。人や動物、ものの魂鎮めなんかもできはしますけど得意じゃないのです」

 姫神さま「うーん」と少し考えてからまた話を続けた。

「例えば、縁結びの神さまに合格祈願するようなものなのです。合格祈願は、受験する学校との縁結びだともいえますので、効果はなくはないです。物は言いようです。けど、あんまり期待しちゃダメなのです」

「姫神さまにとっての幽気も、そうだということですか?」

「はいです。きみたち息長一族の神業みわざはうちが貸している力によるものです。えー、結局何が言いたいかというとですね、幽気を簡単に祓えるとは思わないでほしいってことなのです。決して、油断をしたとか、力不足であったとか、そういうことではないのです」

 姫神様はめずらしく力を入れてそう訴えた。

「……まあ、そういうこと」

 みちるさんが再び話しだした。

「ニオちゃんにとりついた幽気は、見たこともないような量だった。それでも二人がかりなら何とかなると、わたしはそう思った」
 首を振り、こぶしを握るみちるさん。

「でも、姉さんはちがった。姉さんは一人ですべてを祓おうとした。姉さんは神札みふだでわたしの足を縛って、たった一人で幽気に立ち向かっていった」

 何で、そんな……。

「そして姉さんは幽気に魂を持っていかれた。空っぽになった体は、みずうみの波にさらわれて……」

 みちるさんは言葉をとぎれさせ、わたしを見た。

 そっか。

 わたし、見てたんだね。

 お母さんの最期。

「じゃあ、お母さんは、やっぱり今も……」
「うみにいるのね」

 のどかのつぶやきに、わたしが続けた。

「義兄さんは、姉さんの最期を聞いてこの神社を離れる決心をしたの。二人がみずうみに心をとらわれないように。危険な御役目に関わらなくてすむように。そして、しずかがあの日のことを思い出すことのないように」

 それで、わたしたちはずっと淡海町に来ていなかったんだ。

「だけど、御役目というのは逃げようと思って逃げられるものじゃない。わたしと義兄さんは約束してたの。『いつか二人が神通力に目覚めたら、必ず神社につれてくる』と」

「修行のために?」

「そう。生兵法なまびょうほうは怪我のもと。中途半端な力、生半可な知識はかえって自分の身を危険にさらすわ。しずかが春の嵐を魂鎮めしてしまったときのようにね」

「う。ごめんなさい」

 みちるさんは、かすかに笑みを浮かべて首を振った。

「いいの。失敗していいの。転んで、すりむいて、痛みを覚えて、そうしてあんたたちは成長していくの。そのためにわたしがいる。いつもちゃんと見てるから、だからあんたたちは失敗していいの」

「……みちるさん」

 だからみちるさんは、わたしたちを名古屋に帰らせなかったんだ。
 ちょっとした外出にも慎重になって、いつもそばにいてくれて。

「しずか、のどか」

 みちるさんはたたずまいを直し、わたしたちを正面から見すえた。

「二人に、お母さんの、息長あぐりの最期の言葉を伝えます」

 わたしとのどかも、背筋を伸ばす。

「『しずかがいて、のどかがいて、浩次さんがいて、みちるがいて、みんながハッピーなら、わたしはそれでもう十分』」

 みちるさんの目が光る。

「二人とも、忘れないでいて」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

アルダブラ君、逃げ出す

んが
児童書・童話
動物たちがのびのびとおさんぽできる小さな動物園。 あるひ、誰かが動物園の入り口の扉を閉め忘れて、アルダブラゾウガメのアルダブラ君が逃げ出してしまいます。 逃げ出したゾウガメのあとをそっとついていくライオンのオライオンと豚のぶた太の三頭組が繰りひろげる珍道中を描いています。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

魔界カフェへようこそ

☆王子☆
児童書・童話
小さな踏切の前で電車を待つ一人の少年。遮断機がおり警報機が鳴りだすと、その少年はいじめという日々から逃れるため、ためらいなく電車に飛び込んだ。これですべて終わるはずだった――。ところが少年は地獄でも天国でもない魔物が暮らす世界に迷い込んでしまう。

処理中です...