しずかのうみで

村井なお

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第五章 自分にできること

32.夢と現実

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 夢を見ているとき『あ、これ夢だ』って気づくことがある。

 今夜がそうだった。

 みずうみの上にニオが横たわっている。

 水面には波ひとつない。鏡のようだ。

 ニオの髪は、身にまとう白衣と同じくらいに白い。

 湖面から赤黒いかすみが立ちのぼってくる。

 幽気だ。

 幽気のひもがニオの体を覆っていく。

 わたしは手を伸ばす。

 届かない。

 足を踏み出そうとする。

 前に出ない。

 それはそうだ。水の上なんだから。

 一歩、一歩と足を上げて下ろすごとに、水の中へ沈んでいく。

 幽気が増えていく。

 ニオの姿が隠れていく。

 腰、お腹、胸と水面がのぼっていく。

 逆だ。わたしが沈んでいく。

 誰か、ニオを。

 わたしの代わりにニオを。

 誰か……。



「お母さん!」

 はね起きる。掛ぶとんがずり落ちる。

 ……ここは?

 二階。

 わたしの部屋。

 姫神神社。

 今は?

 何時だろう。

 暗いけど、空はほのかに青くなっている。夜明け前みたい。

 うわ、汗びっしょり。

 パジャマを脱いで、部屋にあったタオルで体をふく。

 嫌な夢だった。こんなの覚えてなくていいのに。

 窓を開けると、早朝の空気が冷たくて気持ちいい。

 少し外に出ようかな。

 白衣を手早く身につけ、わたしは静かに部屋を出た。



 玄関から外に出る。

 世界が真っ青だ。

 朝の神社は清らかで、みずうみからの風が嫌な夢と汗を祓っていく。

 見あげると空にはまだ月が出ている。

 そういえば、月にもうみがあると昔お父さんが言っていた。

 うみか。せっかくだし琵琶湖を見ようかな。

 拝殿の横を歩いている途中、人の声がするのに気づいた。

 本殿の裏手を、そっとのぞく。

 やっぱり。のどかだ。

一二三ひふみ 一二三ひふみ

 奥津鏡おくつかがみ 辺津鏡へつかがみ 十握剣とつかのつるぎ

 布留部ふるべ 由良由良止ゆらゆらと 布留部ふるべ

 人さし指だけを立てて印を組み、祝詞をくりかえし唱えている。

 何度も。何度も。

 そっか。
 だからのどかは、いつも眠そうにしてるんだ。

「一二三 一二三

 奥津鏡 辺津鏡 十握剣

 布留部 由良由良止 布留部」

 わたしは、のどかに声をかけず戻ることにした。
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