しずかのうみで

村井なお

文字の大きさ
上 下
30 / 59
第五章 自分にできること

30.祭祀の準備

しおりを挟む
 次の日には、またニオが神社にやって来た。

 前回と同じく、祭祀のためだ。
 その祭祀はニオの不運体質を和らげるため、いつもなら週に一回のペースで行っているらしい。

 前回は三日前に済ませているけれど、今週は特別にもう一回やっておくそうだ。
 翌日にはニオも近江八幡までお出かけする。
 琵琶湖や姫神神社から離れてしまうので、念のためだとみちるさんは言っていた。

「今日はあんたたちも参列しなさい」

 ということで、わたしたちは社務所で祭祀用の服に着替えることになった。

「今日着るのは常装つねのよそいよ。日常的な祭祀のときに着るの。もっと特別な祭祀のときには斎服いつきのふくというのを着るわ」

 のどかは男性用の狩衣かりぎぬを、わたしは女性用の水干すいかんという衣装をはおり、浅葱色の袴をはいた。

「どれもサイズが大きいわね」

 と、みちるさんがうなる。

 のどかのはおじいちゃんので、わたしのはお母さんのお古らしい。
 たしかに水干も袴もタンスのにおいがした。

 当たり前だけど大人用のサイズなので、同い年と比べても小柄なわたしやのどかに合うわけがない。

「ちょうどいいから、明日町の祭具店で注文してくるわ。後で採寸しておきましょう」

「わたし、新品よりお母さんのこれがいいな」

「ダメ。装束が体に合っていないとみっともないし、気持ちが引き締まらない」

「そのうち背も伸びて、またつくり直しになるともったいないよ」

「それじゃ遅いわ」

 と、みちるさんは首を横に振った。

「御役目はあんたたちの成長を待ってはくれないの」



「ねえ、みちるさん。質問というか、確認なんだけど」

 拝殿に向かう途中、のどかが問いかけた。

 みちるさんが「うん?」と軽く振りむく。

「神仕えじゃない人に、神気は見えないんだよね。神世とか魂鎮めのこととかは黙ってたほうがいい?」

 たしかに言われてみれば。もしかして秘密にしなくちゃいけないのかな?

「別にしゃべってもかまわないわよ」

「いいの!?」

 みちるさんは立ち止まってわたしたちのほうを見た。

「しずか、神社で神頼みをしたり、おみくじの結果で喜んだり悲しんだりする人たちを、おかしいって思う?」

「ううん。思わないけど」

「じゃあ『おみくじで大凶をひいたおまえは呪われてるから神社でお祓いしないと死ぬ』ってって他人をおどす人は?」

「それはかなりヤバい人ね」

 みちるさんがうなずく。

「そういうものよ。要はね、何が見えても、何を信じてようとも、他人に押しつけなければいいの。祭祀もそう。わたしたちは魂鎮めの神業をおこなう。神気が見えない人にとってはただの祭祀に見える。それでいいの。意味は受けとる人が自分で決めることだから。神仕えは来るものこばまず、去るもの追わず。ただ自分にできることをするだけ」

「……うん。それはわかったけど」

「まだ何か引っかかる?」

 みちるさんは穏やかな笑みを浮かべてわたしを見た。
 たぶんこれは大事なお話で、怒られたとしても本音を話したほうがいい。
 みちるさんの顔を見て、そう思った。

「信じることを押しつけないっていうのは、いいと思う。でも、それだと誰も神社に来なくなっちゃうんじゃないかな」

「神仕えがいる意味がなくなっちゃいそうだね」

 のどかがつけくわえる。

 みちるさんは腕を組んで少し考え、それから答えてくれた。

「しずか。信じる信じないと、感情は別の問題よ。神気が見えなくとも、神さまのありがたさを感じることはできる。魂鎮めの本当の意味がわからなくても、神社での祭祀に参加して心を浄めることはできる。一昨日までの自分たちがどうだったか考えてみて。それこそ神気とか神世なんて知らなくても、神社で神頼みしたり、おみくじに一喜一憂したり、当たり前のようにしてたでしょう」

「たしかに」
「してたね」
 のどかと顔を見合わせる。

「神社はね、昔からそうして人の社会の中にあり続けてきたのよ」

 そう言ってみちるさんは片目をつぶり、また歩き始めた。



 拝殿に向かう前に、祭具庫に立ち寄った。

 祭祀にはいろいろと祭具を使う。

 例えば大幣おおぬさ
 大幣というのは、木の棒に紙垂しで(ぎざぎざに切って折った紙)をたくさんつけた祭具だ。
 祭具の形にはやっぱり意味がある。大幣では、ほこりをはたくみたいにまとわりついた神気を御解しする。
 そして紙に水を染み込ませるように神気をまとわりつかせる。

「みちるさん、今日やるのも魂鎮めなんだよね?」

 と、大幣を抱えたのどかが聞く。

「……いいえ。ニオちゃんにしているのは、魂祓たまはらえよ」

「魂祓え?」

「後でわかるわ」

 みちるさんはそれだけ答え、後は黙って拝殿へと向かっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

アルダブラ君、逃げ出す

んが
児童書・童話
動物たちがのびのびとおさんぽできる小さな動物園。 あるひ、誰かが動物園の入り口の扉を閉め忘れて、アルダブラゾウガメのアルダブラ君が逃げ出してしまいます。 逃げ出したゾウガメのあとをそっとついていくライオンのオライオンと豚のぶた太の三頭組が繰りひろげる珍道中を描いています。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

魔界カフェへようこそ

☆王子☆
児童書・童話
小さな踏切の前で電車を待つ一人の少年。遮断機がおり警報機が鳴りだすと、その少年はいじめという日々から逃れるため、ためらいなく電車に飛び込んだ。これですべて終わるはずだった――。ところが少年は地獄でも天国でもない魔物が暮らす世界に迷い込んでしまう。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

処理中です...