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第七章 後悔しない選択肢を選べ

04.

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 教室に入ろうとしたところで、安曇とばったり出くわした。

 安曇は目許にくまをつくっていた。コンシーラーで隠そうとしているようだったが、そのくまの青さは隠しきれていなかった。

「……どいてよ」

「寝不足?」

「トイレ」

 どうにも会話が噛み合っていない。

 道を空けると、安曇は「サンキュー」と呟いて廊下を歩いていったが、その足取りも覚束ないものだった。

 教室に入り、安曇の席を見遣ると、机の上にはノートと参考書、それから栄養ドリンクの瓶が並んでいた。希帆さんが見たら、きっと『体調管理、大事!』と叱るだろうな。

 自席に向かいながら、周囲を見渡す。

「やべえ、結局全然勉強できてねー」

「私も一夜漬けー。超眠い……」

「この公式、絶対出るよな」

「あー、先生めっちゃ言ってたもんね」

 テストに臨む態度も、準備も人それぞれだ。

 単語帳を見ながら呟いていたり、ノートを見返していたり、勉強してませんよアピールに余念がなかったり、どこがテストに出るか予想しあっていたり、諦めの境地に至ったのか窓から空を見ていたり。

 私がどうするかは決まっている。

 自席に着き、スマホを取り出す。

 『アイスト』を起動し、もう何度も見返したイベントをまた再生する。

 深夜、独り机に向かうレネ。

 『何で私、こんなにできないんだろう』と涙ぐむが、レネはペンを手放さない。

 『努力が足りないからだ。だってみんなはちゃんとできてるんだもの』と、レネは泣きながら机にかじりつく。

 この後のイベントでは、テストに受かり喜ぶ姿も見ることができる。

 でも私はこのシーンばかりを再生している。

 報われる保証も持たず、自分の無力は嘆いても他人のせいにせず、涙を流しながらも頭を働かせるその姿が、私に力をくれる。

 ……よし。

 今から私は、臆病な自尊心と、尊大な羞恥心、その全てを懸けてテストに臨む。

 それでも精神状態は普段と同じ。

 いつも通りに机に向かう。

 八時半のチャイムが鳴り、青木先生が教室に入ってくる。

 先生は、一時間目のテスト用紙を既に脇に抱えている。

 十分のホームルームの後、いよいよ期末テストが始まる。

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