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第三章 昔の自分を救いたかったら
06.
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鹿島くんは図書館の利用カードを持っていたので、私たちは自動貸出機で『友情』と『山月記』を借り、それから地階へと戻った。
席についたところで、鹿島くんは折りたたんだルーズリーフを差し出してきた。
「これは?」
「箴言メモ集だ。テストに関するテクニックを色々書いてある」
「箴言って何だっけ?」
受け取りながら尋ねると、鹿島くんは「警句や格言、アフォリズムと同じようなものだ」と答えた。
開いてみると、そこには見慣れた鹿島くんの字が並んでいた。
「え、鹿島くん自作?」
「当然だろ」
と得意気な鹿島くんに「へ、へえ」と返しつつ、内容に目を通す。
『最後に見直し、最後の最後は見直しの見直し』。
『身体的ルーティーンが精神の安定をもたらす』。
『後悔しない選択肢を選べ』。
『教科書は裏切らない 辞書は嘘をつかない』。
等々、おみくじに書かれた運勢の一言のような言葉がいくつも並んでいる。ルーティーンの話や、教科書の話は既に聞いていたものだったが、それ以外にも多くの箴言が書かれていた。
「追追試の前に見とけ。貸すだけだからな。後でちゃんと返せよ」
「あ、うん。自分用のメモって、鹿島くん本当まめっていうか……」
「文句あるなら返せ」
ルーズリーフを引ったくろうとする鹿島くんの手を咄嗟に避ける。
「文句とかないない、ありません! ありがたくお借りします」
ルーズリーフを高く掲げ、深く深く頭を下げる。
「ったく……。あと、ルーティーンも怠るなよ」
「あ、忘れてた」
待ち合わせのときにライブを失敗してから、結局一度も起動していない。
「毎日勉強の前にやっとけよ。見たら心落ち着く、という条件反射を身に付けないとだからな」
「はいはい、そうでした」
スマホの音量をミュート設定にして『アイスト』を起動する。久しぶりにレネの顔を見た気がする。画面にいつものレネのセリフが表示される。
『今日も一日、頑張っていきましょう!』。
今更身に付けなくても、レネに会うと私の心は落ち着くようになっている。
スタミナは溜まりきっていけれど、図書館の静けさの中では画面のタップですらうるさくなる気がして、ライブは止めておいた。
スマホをしまい、再びノートに向き合う。
背後を行き来する人の気配。遠い誰かの咳き。階段を上り下りする足音。すぐ隣で鹿島くんが教科書のページを捲る音。
そうした微かな雑音が耳を抜けていくのが心地よい。一つ一つの音だったら気に止まるかもしれない。でも、全てひっくるめた雑音になると、何も気にならなくなる。
学校の空き教室と同じだ。窓の向こうから聞こえる外の世界のざわめきが、内側の静けさを際立てる。
数時間が経った頃、
「……あ」
と、不意に鹿島くんが小さな声を上げた。
何事かとノートから顔を上げてみると、窓の外が妙に暗くて驚いた。もう夜になったのかと思ったが、そうではなかった。
窓ガラスにぽつっと水滴が付いた次の瞬間、重厚な雨が外のツツジに降り掛かった。
夕立だった。
透明な薄膜を一枚隔てた向こうの大音声、その音に館内の気配すらもが覆い隠された。
「夏も、もうすぐ終わるな」
「早かったね」
私には鹿島くんの声だけが聞こえた。
きっと、彼にも私の声だけが届いている。
席についたところで、鹿島くんは折りたたんだルーズリーフを差し出してきた。
「これは?」
「箴言メモ集だ。テストに関するテクニックを色々書いてある」
「箴言って何だっけ?」
受け取りながら尋ねると、鹿島くんは「警句や格言、アフォリズムと同じようなものだ」と答えた。
開いてみると、そこには見慣れた鹿島くんの字が並んでいた。
「え、鹿島くん自作?」
「当然だろ」
と得意気な鹿島くんに「へ、へえ」と返しつつ、内容に目を通す。
『最後に見直し、最後の最後は見直しの見直し』。
『身体的ルーティーンが精神の安定をもたらす』。
『後悔しない選択肢を選べ』。
『教科書は裏切らない 辞書は嘘をつかない』。
等々、おみくじに書かれた運勢の一言のような言葉がいくつも並んでいる。ルーティーンの話や、教科書の話は既に聞いていたものだったが、それ以外にも多くの箴言が書かれていた。
「追追試の前に見とけ。貸すだけだからな。後でちゃんと返せよ」
「あ、うん。自分用のメモって、鹿島くん本当まめっていうか……」
「文句あるなら返せ」
ルーズリーフを引ったくろうとする鹿島くんの手を咄嗟に避ける。
「文句とかないない、ありません! ありがたくお借りします」
ルーズリーフを高く掲げ、深く深く頭を下げる。
「ったく……。あと、ルーティーンも怠るなよ」
「あ、忘れてた」
待ち合わせのときにライブを失敗してから、結局一度も起動していない。
「毎日勉強の前にやっとけよ。見たら心落ち着く、という条件反射を身に付けないとだからな」
「はいはい、そうでした」
スマホの音量をミュート設定にして『アイスト』を起動する。久しぶりにレネの顔を見た気がする。画面にいつものレネのセリフが表示される。
『今日も一日、頑張っていきましょう!』。
今更身に付けなくても、レネに会うと私の心は落ち着くようになっている。
スタミナは溜まりきっていけれど、図書館の静けさの中では画面のタップですらうるさくなる気がして、ライブは止めておいた。
スマホをしまい、再びノートに向き合う。
背後を行き来する人の気配。遠い誰かの咳き。階段を上り下りする足音。すぐ隣で鹿島くんが教科書のページを捲る音。
そうした微かな雑音が耳を抜けていくのが心地よい。一つ一つの音だったら気に止まるかもしれない。でも、全てひっくるめた雑音になると、何も気にならなくなる。
学校の空き教室と同じだ。窓の向こうから聞こえる外の世界のざわめきが、内側の静けさを際立てる。
数時間が経った頃、
「……あ」
と、不意に鹿島くんが小さな声を上げた。
何事かとノートから顔を上げてみると、窓の外が妙に暗くて驚いた。もう夜になったのかと思ったが、そうではなかった。
窓ガラスにぽつっと水滴が付いた次の瞬間、重厚な雨が外のツツジに降り掛かった。
夕立だった。
透明な薄膜を一枚隔てた向こうの大音声、その音に館内の気配すらもが覆い隠された。
「夏も、もうすぐ終わるな」
「早かったね」
私には鹿島くんの声だけが聞こえた。
きっと、彼にも私の声だけが届いている。
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