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第三章 昔の自分を救いたかったら

04.

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 鹿島くんを追いかけ駅ビルを出ると、外は眩いばかりの好天で、横断歩道には色とりどりの人混みが広がり、空から地面まで計りきれないほどの熱量で満ちていた。

 道行く人々のざわめき、バスや電車の走行音、駅のホームから漏れ聞こえる放送の声、街中だというのにどこからともなく聞こえてくるセミの声。

 そんな夏の騒音をかけ分けて、鹿島くんの背中を追う。

 鹿島くんはサンロード商店街のアーケードに入っていった。夏休みらしく、サンロードは私たちと同じくらいの年代の男女で溢れている。鹿島くんは、ぶつかりそうになったり、慌てて避けたらバランスを崩したりと不器用に人混みの中を歩いていった。

 カフェ、ブティック、雑貨屋……。普段の放課後、安曇と二人で寄るようなお店を全てスルーして、鹿島くんはずんずん前に進んでいく。

 街に出たらいくところは決まっているって……どこか行きつけのお店でもあるのだろうか?

 帽子屋の角で右に曲がり、横断歩道を渡って、ヨドバシカメラの前を横切り、その大きなビルの裏手へ。ヨドバシカメラの裏には、小さくておしゃれなカフェやレストランがたくさんある。

「席が空いているといいんだが」

 斜め前を歩く鹿島くんは、そう言いながら、とある建物を目指していった。二階建ての赤茶けたビル。円形の窪みに、建物より高く聳える大けやき。

 その建物は、私も知っている場所だ。最近は来ていなかったけれど、昔はよくお父さんと来たものだ。

「……ここかあ」

 吉祥寺図書館。最近内装をリニューアルしたその建物は、自動ドアを開け、鹿島くんと私を心地よい冷気で迎え入れてくれた。

 確かに、夏休みに勉強するならここだ。そこらのおしゃれなカフェより長く居られるし、何より経済的だし。うん。鹿島くんは正しい。

 館内には老若男女問わず大勢の利用者がいた。調べ物に来ているふうの人、新刊の棚や新聞、雑誌をチェックしている人、そしてただ涼みに来ているのか、何も呼んでいない人。図書館はあらゆる来訪者を拒むことなく受け入れていた。

 私たちと同じく勉強しに来ているのだろう少年少女もいる。彼らはちょうど階段を登っていくところだった。

「二階行く? 確か自習席あったよね」

 私が小声で訊くと、鹿島くんは「いや」と首を振った。

「まずは地下を見よう。お気に入りの席があるんだ」

 階段を降り、下のフロアへと向かう。吉祥寺図書館の地下一階は確かに地面より低くにある。だけど、一階部分から繋がる巨大な窓からふんだんに陽光を採り入れており、明るく開放感があるのが特徴だ。

「ついてるな」

 前を行く鹿島くんが振り返って呟き、大きな窓際に並ぶカウンター席に向かっていく。確かに端の方の席が二つ並んで空いている。

 一番端とその隣の席を無事確保する。席は窓の方を向いており、目の前の地下庭園に植えられたツツジの緑が眩しい。

 地下に大きな窓があるのは知っていたけれど、実際この席を使うのは初めてだ。

「……この席、いいね」

 地下の静けさと窓辺の開放感、そのどちらもがここにはある。

「だろう?」

 鹿島くんは得意げに笑みを浮かべた。

 いつも通り教科書とノートを二冊広げる。

 問題集や参考書を買おうと思って、何がいいか鹿島くんに相談したけれど、鹿島くんは『学校の試験なら、教科書だけで十分だ』と答えた。『というか本当は授業だけで十分、といいたいところなんだけどな』と、鹿島くんは嫌味も忘れなかった。今も私は鹿島くんのノートを先生に、一学期のバーチャル授業を続けている。

 私の隣で鹿島くんは教科書を読んでいる。補習のプリントも夏休みの宿題も終わらせたから、今は二学期の予習をしているそうだ。

 夏休みの使いかたを間違っていませんか。口許まで出かかった言葉を、私は何とか呑みこんだ。

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