ジャンクフードと俺物語

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32.それに痺れる憧れる

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 信用情報機関のブラックリストに登録されてるとか、普通に朝出勤してるけど実は会社が倒産してるので日中は公園で時間を潰してから帰宅しているとか、「どぶろく」のコードネームで黒の組織に所属してるとか等々、人は誰しも家族に言えない秘密を抱えている。当然、私にもある。それなりに罪悪感を感じているので決して軽微とは言い切れない秘密が。
 本日はそれについて懺悔していきたい。ただ、困ったことに私は無神論者。許しを乞うべき神や仏がいない。代わりが務まるほど偉大な存在を・・・

 と、前回の冒頭をほぼほぼコピペした暴挙で始まる今回。前回に引き続き「子供の頃は好きだったけど今ではあまり好きではない実家のおかず」を紹介する「お母さんごめんなさい」シリーズです。今回のテーマは「丸美屋の麻婆豆腐」。
 さあ、本日も張り切って懺悔していこう。俺たちのゴッド、E.YAZAWAに。


 麻婆豆腐と言えば今や日本の食卓の定番料理。本来、本場中国では山椒の痺れる辛さを表す「麻」、唐辛子のヒリヒリする辛さを表す「辣」の二文字を取って「麻辣(マーラー)豆腐」と呼ばれるアグレッシブな料理だ。特に四川風の辛さは別格。それを「料理の鉄人」で中華の鉄人としてブイブイ言わせた陳建一氏の父である陳建民氏が日本人向けにアレンジしたマイルド路線のレシピを考案。それがTVの料理番組で紹介されたら大好評。一気に日本で普及する事となったらしい※1。その路線を踏襲して開発されたのが「丸美屋の麻婆豆腐」だ。
 日本人向けに辛さを抑え、あんでとろみをつけた優しい口当たりのそれは今も昔も日本全国のキッズのハートを鷲掴みしている。子供というのは無垢で残酷な生き物なので晩御飯のおかずに対して常に正直な反応をする。煮魚や野菜炒めのように子供に不人気なやつが晩御飯に出てくると明らかにテンションが下がり、仏頂面で黙々と食べるが、そんな厳しい審査員である子供たちも麻婆豆腐が出てくれば思わずニッコリ。ハイテンションで食べ進める「大当たり」のおかずだ。
 幼少期の私ももちろん大好物。個人的な「好きな晩御飯のおかず四天王」のカレー、ハンバーグ、唐揚げ、トンカツと比べたら若干貫目が落ちるものの、受け手である私が「丼飯を掻き込みたいモード」に入っている時なら話は別。箸をスプーンへと持ち替え、ご飯に麻婆豆腐をぶっかけてから掻き込む感じは他の四天王には出せない魅力だ。まさにここぞというタイミングで良い仕事をする晩御飯界の元木大介。後年、毎日のように松屋で牛丼やビビン丼を掻き込んでいた、いわゆる「丼スト※2」としての基礎を作ったのは間違いなくこの実家で食べた麻婆豆腐丼だろう。

※1・・・諸説あり。私の説明は結構間違ってるのでご注意を

※2・・・正式な読み方は「ドンブリスト」。いかに早く食べるかを追求し、そこに美学を見出した男たちの事を指す。はた目から見ると卑しい雰囲気が出ている。まあ、卑しいのは否定できない。

 もちろん、この関係もバーモントと同様に私の上京によって幕を閉じる。東京は欲望に塗れた街だが、同時に山椒や花椒(ホアジャオ)のような中華系スパイスに塗れた街でもある。田舎生まれの感覚では考えられない程、街の至る所に街中華屋や中華料理のチェーン店がひしめき合い鎬を削っていた。そしてそれらはどの店も本場の味に寄せた本格派だ。麻婆豆腐と言えば丸美屋しか知らなかった筆者はこの地で本当の麻婆豆腐とは何かという事をその舌をもって知る事となる。

 激しい麻婆豆腐との初めての出会い。場所はお約束のバーミヤンだ。ガストを運営しているすかいらーくが展開しているこの中華系ファミリーレストランで生まれて初めて「本格四川麻婆豆腐」を食べるのだが、「本場の麻婆豆腐はかなり辛い」と美味しんぼの山岡さんと周大人から教えてもらっていたものの実物は想像以上。大学生時代にココ壱番屋で多少の辛さ耐性は身につけていたが、それでも食べてる最中に全身の毛穴が開く凶悪さだ。「麻婆豆腐は汗をかきながら食べるもの」という概念が欠落していた私にとってカルチャーショック以外の何物でもなかった。
 しかし、この麻婆はまだ「序の口」だ。四川料理に欠かせないと言われるスパイス、「花椒(ホアジャオ)」がまだかかってない状態。これをかけると舌の先の痛覚にくる。「麻婆豆腐は痛みを耐えながら食べるもの」という概念が欠落していた私にとってカルチャーショック以外の何物でもなかった。辛さ耐性と痛さ耐性が高い猛者どもはこれをブンブンかけるわけだから世の中は広い。

 ただ、最初の頃は「美味しいけど舌が痛い」と戸惑ったものだが、気が付けば「痛美味いな」と慣れてしまった。人間の適応力とは計り知れない。誰かが言っていたと思うが、「環境に適応した生物が生き残る」というやつだろう。きっとこれは東京砂漠で生き残るために必要な進化だったのだ。


 そうやってバーミヤンで四川料理への基礎訓練を終えたら次は当時の会社のお偉いさんが常連だった中国人経営のガチ中華料理屋だ。お偉いさんの機嫌が良い時によく連れて行かれたものだが、この店では社会人として、そして人として大事なことを二つ学んだ。一つは目上の人が紹興酒を所望した際はザラメも一緒に店員さんにオーダーすること。使える社畜はこのような細やかな配慮が出来るものだ。もう一つ学んだことは本場の麻婆豆腐は容赦がないこと。他の中華料理屋はあまり知らないのでこれが中華的に普通のやり方なのか分からないが、麻婆豆腐が提供された時点で山のように花椒がかかってるので強制的に痺れレベルMAXのブツを食べさせられるハメになった。バーミヤンのブツがか弱く感じるほどの強烈な一品だった。

 ただ、これも意外と早く克服してしまった。SかMか問われれば間違いなくMと答える私的に痛さはある種のご褒美だったのかもしれない。


 このような麻婆遍歴をたどるとどうしても丸美屋の中辛程度では満足できない。東京時代で学んだのは先にも述べたように麻婆豆腐は味覚と痛覚で味わうもの。すでに「舌が痺れないような麻婆豆腐は麻婆豆腐にあらず」との過激な麻婆思想を持つようになっている。

 田舎にUターンした今でも体は定期的に突き抜けるような辛さの麻婆豆腐を求める。関東で利用していたバーミヤンは私が住む辺境の地へは進出していない。代替案としての個人経営の中華料理屋もあるにはあるが、これ系の店はお店の人と常連が妙な一体感を醸し出しているので人見知りの私的にものすごいアウェイ感を感じて居心地が悪い。こうなれば自作するしかない。家族が寝静まった後、晩酌のおつまみ用にクッキングだ。

 前回のカレーの話の際に「世間一般的にスパイシー化の傾向にある」と述べたが、麻婆豆腐も同様に激しさを求める流れになっている気がする。おかげで近所のスーパーにも痺れる系の麻婆豆腐の素が並ぶようになった。その中でもお気に入りの商品を2つ紹介したい。

 まずは新宿中村屋の「本格四川 辛さ、ほとばしる麻婆豆腐」。インドカレーに中華まん、更には月餅やカステラなんかのお菓子系と守備範囲の広さに定評がある中村屋が発売している中華レトルトだ。辛さがほとばしるとの看板に偽りなし。辛さの表記は5。しっかり辛い。山椒の小袋が付いてくるのでしっかり痺れさせてくれるのもM気質な我々からすればポイントが高い。「小袋をかけるとかなり辛くなりますので・・・」云々の注意書きが書いてあるがこの商品を買う層に山椒ごときにビビるやつはいないと信じたい。「ひよってるやつ、いる?いねえよなあ!」最後の一粒までしっかりかけよう。
 辛さもしっかりしているのだが、この商品の最大の売りは香り高さだ。パウチを空けた瞬間、とてもレトルトとは思えない美味そうな中華の匂いが漂ってくる。フライパンで熱するとそれが増幅され、作ってるだけでよだれが垂れてくる破壊力だ。
 この麻婆豆腐はとにかくビールに合う。こいつさえあればグビグビ乱舞だ。それだけでも充分過ぎるほどの存在価値があるのに、丸美屋のやつと同様にご飯にもめっぽう合う。優秀過ぎにも程がある逸品だ。
 ゆえに1回で二人分なので晩酌で半分、翌日の朝食で半分食べるのが理想的なペース配分だ。朝からこいつをご飯にぶっかけた麻婆豆腐丼、それとマルちゃんのワンタンスープあたりを一緒に食べれば一日の始まりとしてこれ以上のものはないだろう。私はいつもそう考えて調理しているのだが、悲しいことに晩酌で全部食べ切ってしまい、翌朝に悲しい気持ちになるのが常だ。後を引く辛さからくるお代わりの誘惑が断れない。何という罪な食べ物、何というシャイなあんちくしょうだろう。
 
 ちなみに正式な商品名を調べようと中村屋のHPを見てみたら「本格四川 鮮烈な辛さ、しびれる麻婆豆腐」なる商品を見つけた。辛さレベルは驚愕の6。辛さ5を限界突破した商品が出ているとは。「辛さレベル6だからってひよってるやつ、いる?いねえよなあ」と、私の中のマイキーが檄を放つ。ゆえに「こんなもの絶対喰わないといけないだろう」と思うも、近所のスーパーやコンビニで見かけた事がない。どうやら休みの日に遠征しないといけないようだ。やれやれ、忙しくなってきやがったぜ。

 次は日本ハムが販売している「中華名菜 四川辛口 麻婆豆腐」だ。中華の名店「四川飯店」が監修している一品で、同店秘伝の豆板醤や甜麺醤を使ってるせいか本格的な四川風の味付けと辛さが際立つ名作だ。
 中村屋は香り高く、ちょっとだけ上品な印象だが、こちらは挽肉のゴロゴロ感が魅力だ。よりジャンキーな感じがする。未食の方は是非、豆腐の植物性たんぱく質とひき肉の動物性たんぱく質のせめぎ合いをその舌で堪能して欲しい。こちらも花椒の小袋が付いていて例の如く注意書きが書いてあるが、当然そんなの無視して全ツッパだ。むしろ花椒を別に購入しておいて追い花椒するくらいの気概が欲しい。
 お値段は300円程度で2食分×2回分。新宿中村屋のほうが2食分×1回分で200円程度なのでこちらの方が1回当たり50円安い。圧倒的にコスパが良いわけだが、常温保存が出来ない上に賞味期限もそんなに長くないデメリットも存在する。なので計画はご利用的にとお願いしたい。
 ところでこの商品を監修している四川飯店の料理長・陳建一郎氏だが、祖父は日本に麻婆豆腐を広めた立役者であるあの陳建民大先生だ。祖父が麻婆豆腐をメジャーな食べ物にし、その認知度をベースに孫が本格的な麻婆豆腐を改めて日本人に紹介する。ついでに父親は鉄人としてテレビ番組でブイブイ。親子三代に渡る壮大かつ、感動的なエピソードだ。ハリウッド案件だろう。
 もちろんこいつも晩酌で半分、翌日の朝食で半分食べるのが理想。それに本場の人も分かっているのだろう、調理法や原材料が書かれている裏面にやたらデカデカと「ご飯にかけると美味しいです」と派手な注意喚起がなされている。きっと建一郎先生が監修するにあたって「これだけは言っておかないと」と強く思ったのだろう。ひょっとしたら先生も丼ストなのかもしれない。ただ、これも中村屋同様に一度も試せてない。晩酌のあてとして一気に食べ尽くしてしまう。こんなに美味い麻婆を翌日に繰り越せなんてはっきり言って無理ゲーだ。

 ちなみにどちらも切った豆腐を麻婆豆腐の素を一緒にフライパンに入れてひと煮立ちさせるだけ。トロミ粉を溶いて混ぜ合わせる工程がない分、丸美屋よりも簡単に調理できる。実際、丸美屋のやつのトロミをつける工程はかなりセンシティブな作業を要する。コンロの火を消し、本体の温度が冷めるのを待たずにとろみエキスを投入したせいでダマが出来た事もある。ただ、今日紹介したこいつらにはそんな悲劇は起きない絶対に起きない。酔っぱらっていても完璧に作れるほどイージーだ。
 どちらも実に素晴らしい商品だ。皆様にも是非、ご賞味いただきたい。おうち麻婆の概念が変わること請け合いだ。


 そろそろ読者様の中でも「懺悔するって話だったのに何でおススメの商品を全力で紹介してるの?」と筆者を訝しみ始めた方もいらっしゃるだろう。その通り。実は既に状況は変わっていて懺悔などというフェーズにない。この話を4割程度を書き終えた後、近所のスーパーに寄ったら「中華名菜 四川辛口 麻婆豆腐」に3割引きのシールが貼られていたのだ。その瞬間、心臓を掴まれたかのような恐怖を感じた。
 スーパーの売り場はプロ野球の1軍に負けず劣らず熾烈な競争社会。店側は「売れて当然」と思ってるので評価は常に厳しい。そんな中で3割引きのシールなんて守備がエラーをしたようなものだし、賞味期限切れでの廃棄に至ってはタイムリーエラーくらい印象が悪い。そんな選手に待っているのは2軍落ち。すなわち売り場から撤去される未来だ。

 そこで「お母さんごめんなさい」から「中華名菜 四川辛口 麻婆豆腐」の販促路線へと舵を切らせてもらった次第だ。「なら、冒頭部分は書き直すべきじゃ」との声が聞こえてきそうだが、まあ、あの、書き直しは面倒だったのでご容赦願いたい。
 今回は3割引きの段階で食い止める事が出来たが、如何せん私は自分が住んでいる地域しかフォロー出来ない。同志諸君、各人私に習って「中華名菜 四川辛口 麻婆豆腐」のフォローをして頂きたい。と言うか、むしろガンガン買い支えてこの商品が一日でも長く販売されるようにご協力願いたい。誰のためでもなく、私のためにだ。
 もちろん、ただでとは言わない。買い支えにご協力頂く見返りとしてとっておきの情報を教えたいと思う。「本当は教えたくないジャンクフード喰いが考える麻婆豆腐の最高に美味しい食べ方」だ。本当は教えたくないので他言無用でお願いしたい。

「麻婆豆腐はご飯にかけて食べると最高に美味い」どうだろう?対価として充分に見合った情報ではないだろうか。
 
 それでは同志達よ、今すぐスーパーへ向かって走るんだ!
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