ジャンクフードと俺物語

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20.だらしない牛丼

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 英単語の「BOSS」。義務教育で習うので皆さんもご存じかと思うが、日本語に直訳すると「矢沢永吉」という意味だ。ただ、例外的に「ブルース・スプリングスティーン」というアメリカのミュージシャンを指すこともある。そんなブルースさんの代表曲の一つである「ハングリー・ハート」。ストレートに訳すると「飢えた心」で、常に何かに渇望している若人特有の気持ちを歌っている名曲だ。聴くたびに「俺にもこういうギラギラしてた時期があったな」と懐かしく思ってしまう。

 自分で言うのもなんだが、今の私はサクセスしている。圧倒的な財力があるので、ラーメン屋でチャーシューを多めに食べたいと思えば値段も見ずにチャーシュー麺を頼む。ほっともっとではのり弁でなく特のりタル弁当がデフォルト。マクドナルドでポテトにつけて食べるために別売り40円のナゲット用のマスタードソースを購入する事さえある。金に糸目をつけないとはこんな事を言うのだろう。
 おかげで腹周りにバッチリと脂肪がついてるが、緊張感のない生活のせいで魂にはそれ以上の贅肉がついている。
 めんどくさい事があったらお金で解決し、壁にぶち当たったら避けて通る毎日だ。最近もダイエットを決意したのだが、筋トレや運動メニューを考えるよりも先に脂肪の吸収を抑制する特保のお茶を箱買いしてみた。我ながら順番が少しおかしい様に思える。
 つらい局面でもひたすらに試行錯誤し、手間や労力、そして忍耐と根性で切り抜けていた若かりし頃と比べると実に情けない有り様だ。色んな意味で丸くなった自分に反省し、昔持ってたハングリーさを取り戻したいと切望する時がままある。

 そんな時は吉野家で牛丼をテイクアウトし、そのまま市内をあてどなくドライブだ。30分ほど車を走らせ、適当な駐車場に車を止めてから牛丼を頂く。当然ながら出来上がりから相当の時間が経った牛丼なので味が落ちてるが、私が求めてるのはそんなだらしない牛丼だ。
 年に1度か2度、私はこんな事をやっている。なんて事を書くと「薄々感じてたけど、この記事書いてる人って奇行種だったんだ」とお思いになる読者様もいらっしゃるかもしれない。確かに傍から見れば奇抜な行動でしかないが、これはあくまでも私にとって必要なプロセス。つらかった社畜時代を思い出し、気合を入れなおすための儀式なのだ。
 
 私が東京で社畜道を邁進していた頃の上司は「無茶振り」というスキルを習得した特殊固体だった。無茶振りは「命令系」と「哀願系」に大別できる。その上司は後者で、「申し訳ないけど」の言葉さえ使えばどれだけ部下を酷使しても問題ないと勘違いしてる、頭のネジが外れたクレイジーな男だった。
「申し訳ないけど、昼前までに〇〇の数字を纏めて簡単な資料作ってくれない」そんな依頼をよくされたのだが、どうやらその上司は「昼前」を「昼休みが終わるまで」と認識していたらしく、大抵は依頼されるのが午前11時なんて時間帯だった。そもそも「午前9時から12時頃」が気象庁による「昼前」の定義なので「この上司は立派な大学を出て難しい資格も持ってるのに、そんな簡単な事も知らないのだろうか」と、いつも疑問に思ったものだが、いくら考えても昼休みが終わるまでに書類を作らないといけない事実は変わらない。それに当時の私は上司から命令されたら人殺し以外何でもやりそうなほど社畜として仕上がっていた、頭のネジが外れたクレイジーな男だった。上司のご意向に添えるよう、無茶振りをこなす以外の選択肢はない。
 そんな時は昼食を買いに行く、ましてや食べに行く時間的余裕などないので、後輩に1,000円札を手渡し「今日は吉野家で牛丼を食べてきな。俺のおごりだ。但し、帰りに牛丼買ってきて」と、牛丼のテイクアウトを依頼して凌いだものだ。
 上司の依頼をミッションコンプリートした頃にはたいてい冷めきっていたテイクアウトの牛丼。完全につゆを吸いきってしまったお米、冷めて硬くなり始めた具が特徴だ。質感が丼物というより、チャーハンっぽく変化している。妙にパラパラ感があるので、お箸よりもスプーンで食べた方が良い逸品だ。
 この牛丼を食べるといつだって「あの社畜道と言う地獄をサバイブしたんだ、大抵のことは耐えられる」との力強い想いが胸に込み上げてくる。

 吉野家のだらしない牛丼以外で気合が入るものと言えば「味の薄いスパゲッティ」がある。給料日前はいつも生きるか死ぬかの瀬戸際だった学生時代を思い出す食べ物だ。
 当時はのり弁ばかり食べてた。理由は金がないからだが、ぶっちゃけ一食270円ののり弁が食べられる状況はまだまだ余裕がある状況。「ぬるま湯」と言っても良いだろう。
 金銭的に追い詰められた、本当にシリアスな状況の時は毎日スパゲッティだ。あまりにもスパゲッティばかり食べてるので、大学時代の友人たちは私の事をシチリア島出身のイタリアからの留学生と勘違いしていたかもしれない。
 麺を茹で、それをマ・マーのミートソース缶や、ブルドッグが販売していた粉タイプのパスタソース「まぜりゃんせ」で頂くわけだが、贅沢は敵なので1缶で2食分のミートソース缶を3食に、「まぜりゃんせ」は1食分を2回に分けて使っていた。1食当たりのコストを下げるためだが、必然的に味は薄くなった。しかし、こうすれば1食100円以下だ。周りから見ればこち亀の給料日前の両さんみたいに滑稽な生活だが、こうでもしないと餓死してしまうので本人はいたって真剣だ。
 
 ちなみに「まぜりゃんせ」は普通に食べても美味しくなかった。今となっては当たり前となっている「パスタに混ぜるだけ」のコンセプトを20年以上も前にやっていたので、まさに時代の最先端と呼ばれるべき商品だったが、当時の食品製造業の技術ではふりかけに毛が生えた程度のものしか作れなかったのだろう、肝心の味がイマイチだったので残念だ。どうやら終売したみたいだが、今の技術なら美味しい「まぜりゃんせ」が作れるのではないだろうか。是非、「まぜりゃんせNEO」「まざりゃんせTurbo」「まざりゃんせNextGeneration」みたいなネーミングで復活し、私の学生時代の負の記憶を上書きしてもらいたいものだ。

 また話が逸れるが、もっとハングリーな後輩がいた。「先輩、知ってますか?1週間カップラーメンだけで過ごすと眩暈がするようになるんですよ」そんな誰も知りたくない豆知識を教えてくれた後輩だ。これを聞いた時は悔しかった。こんなに強力な貧乏マウントを取られたのは後にも先にも経験がない。男というのは武勇伝を語るのが好きな生き物だ。それも人が経験してないような話を。この後輩の武勇伝はちょっと羨ましい。
 

 さてさて、食事以外では旅だ。最近は無難な旅行しかしていない。近ければ新幹線、遠ければ飛行機で移動し、宿泊はちゃんとしたホテルや旅館に泊まる。「良い景色を観て、良い飯喰って、良い女を抱くかホテルの有料チャンネルを観る」なんて旅行のテンプレばかり。これはこれで悪くないが、いつでも金に困ってるけど時間だけは無限にある、そんな学生時代にゴリ押しで行った旅行だけが持つ高揚感には敵わない。
 田舎の大学に通う学生の旅行と言えば自動車旅行が王道だ。一人当たりのガソリン代を少しでも安くするため、狭い車内にすし詰め状態。快適さとは縁遠い旅路だ。当然、高速道路は使わない。何故か私の所属していたサークルでは「高速道路を使うやつは卑怯者の根性なし」との共通認識があった。何故、高速道路を使う事が卑怯で根性なしになるのか、今となっては論理展開があまりにも不可解と思えるが、当時の私たちはそう思い込んでるので仕方がない。
 そして当時はまだネットが未発達。どこにどんな観光地があるのか、どんなご当地グルメがあるのか調べるためには「マップル」のような旅行ガイドの本を買わないと分からないのだが、そんな本を買う金銭的余裕もない。予備知識もほとんどない状態で未知の土地へ突っ込んでいってたのだから若さというのは素晴らしくもあり、怖ろしくもある。まあ、おかげで情報不足によりご当地グルメにありつけず、コンビニ飯で飢えを凌いだ事も多々ある。「何しに旅行に行ってるの?」とツッコミたくなる状況だ。
 まあ、今となってはそんな失敗の数々も良い思い出だったりする。どこへ旅した時のことかもう記憶が定かではないが、秋の早朝、海を見ながらコンビニで買ったジャムパンを食べていた記憶がある。何故、旅先でジャムパンを食べる必要性があったのか分からないが、あのジャムパンは美味かったことは今でもありありと記憶に残ってる。
 
 そんなわけで最近、気合が入りそうな旅行の計画を練っている。とりあえずコンセプトは「低予算」、そして「非日常感」と「非トラベル感」の両立だ。まだざっくりとした計画でしかないが、心の背筋がビシッと伸びそうな計画だ。簡単に説明させてもらうとこうだ。

①移動はもちろん高速バス。一晩中狭い座席に押し込められるので、目的地に到着と同時にストレッチからスタート。
②観光地やご当地グルメに目もくれず、競艇場か競馬場へ突撃だ。そこでビールを飲みながら、公営ギャンブル場でお馴染みのぼったくり価格のホットドッグや牛串を食い散らかす。競艇に関しては「榎木さんはシャレにならないくらい強い」という事、競馬は「ストライクイーグルはムラがある」それくらいしか知らないので、野生の勘で賭ける事になるが何とかなるだろう。賭ける前から外れる事を考えるバカはいない。
③ホテルにも旅館にも分類できないので、とりあえず「宿泊施設」と呼ぶしかないような場所に泊まるのが理想。それがダメなら壁紙がヤニで汚れまくり、シャワーも一定の水量をキープ出来ないような限界まで安くてぼろいビジネスホテル。
④夕食は噂に名高いスーパー、「スーパー玉手」や「ラ・ムー」を表敬訪問だ。どんなスーパーか簡単に言うと、「成城石井の真逆」だ。とにかく激安らしく、インフレが庶民を苦しめているこのご時世にも関わらず、この二つのスーパーはデフレ全開だった1990年代後半のノリで突き進んでいるらしい。ちょっと信じがたいが、知り合いから聞いたところによると「ラ・ムーではコロッケが3個で100円とか普通ですよ」との事だ。短いスパンで同じ事を言って恐縮だが、今の日本はインフレだぞ。異世界にも程がある。
ここを経験しないと激安を語れない気がするので、死ぬまでに必ず一度は訪れてみたい。

 どうだろう、「知らない土地の安っぽいビジネスホテルで怪しげなお惣菜を頬張りながら、良く知らないローカルタレントがやってる旅番組なんかを横目にストロング系チューハイをガブ飲みする」なんて滅多にない体験ではなかろうか。
 日常かと言われるとそうでもないし、旅行かと言われてもウンとは言えない。いつか、このどうしようもない旅レポが書けたらと思っている。


 繰り返すが、私はサクセスしている。カレーが食べたい時は松屋で牛丼の具が乗ってるカレギュウを頼むし、すき屋で110円払ってみそ汁を豚汁に変更することだってある。さすがにやよい軒で190円払ってお味噌汁を豚汁へグレードアップさせるのはちょっと高くて悩んでしまうが、変更する時は変更する。そんな成り上がり感溢れる私だが、成功と引き換えに失ったハングリーさを取り戻したいと思う時がある。今回はそれだけの話だ。
 何でもない話だが、語るに足る何かがあると思い、こうして長々と綴らせて頂いた。最後まで読んで下さった読者の皆様に心からの感謝を。

 最後になるが、「ブルース・スプリングスティーン」の「ハングリー・ハート」の歌詞を調べてみたところ、私が思っていた内容と全然違っていた。サクセスを掴もうと野心を滾らせる若者の歌と思っていたのだが、歌詞を読んでみると「みんな寂しい人生を送ってる」みたいなテンション低めの内容だった。暗すぎるだろう。
 まあ、洋楽ってそんなものだ。マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」も子供の頃に聴いてる時は「きっとマイケルがかっこいい歌詞を歌ってるんだろう」と思ったものだが、大人になって調べてみると「それは俺の子供じゃねえ!」って昼ドラを連想させる内容を連呼してただけだった。ショックを受けたよ。
 
 当然ながら立派な書き手なら間違いを見つけたら修正するべきなのだろうが、残念な事に筆者は魂に脂肪がついた自堕落な中年だ。今から冒頭の400文字を書き直すなんて無理だ。見逃して欲しい。

 そう、「めんどくさい事があったら避けて通る」のが私だから。
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