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本編
14話:私たち、すごくない???
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七月中旬。
真由香の父のシアタールームにて。
夏の暑さが今年も始まった。それでも嫌なことばかりではなく、真由香が大好きなメロンソーダがいっそう美味くなる時期でもある。
「飾りすぎだと思うのだけど」
緋色は太った星形の風船を膨らませていた。
誕生日会だと言われても、お別れ会だと言われても納得できてしまうほどの風船の数だ。
猫や犬のぬいぐるみも飾っている。
「インパクトって大事なんです」
「そうかもだけど」
「緋色ちゃんドレス着ます? なんなら、ちょっと露出多めで、ほら男性を釣ってしまいましょう!」
「真由香さん!」
緋色は顔を赤くする。
少し想像してしまったのか、少し反応するまで間があった。
「本当に歌わなくていいんですか、真由香さん」
「歌わない。俺っちは演出専門だから」
「歌うことが好きなのに?」
緋色は初めてシアタールームに来たときから、会う度に真由香にも歌ってほしいと言い続けた。
しかし、真由香は断り続ける。
それでも緋色は諦めなかった。
「何度言っても」
真由香は子供をなだめるように言う。
その時だった。
緋色が真由香を抱き締めた。
「こんなにも、こんなにも一緒にいたいのに?」
真由香は緋色の綺麗な声が好きだ。
その声があって、緋色の温もりを受けてしまえば、真由香は言葉が出なくなってしまう。
「え、……え?」
真由香は息が詰まりそうだった。
「一緒に歌おう、真由香さん」
緋色が真由香を開放する。
「俺っちだって歌いたくないわけではない。けど、俺っちの声は駄目だから。緋色ちゃんの声の邪魔をしてしまったら、俺っちも、緋色ちゃんも、何も成さないまま終わってしまう」
真由香は床に正座をした。
緊張し始めたからか、真由香は腰を浮かして正座していた。
「私は真由香さんと歌って楽しいよ。私の歌声に託してくれるのも嬉しい。友達になったのも嬉しいよ。けど、二人で歌った方がもっと仲良くなれる」
真由香は緋色から目を反らした。
「一緒に生きよう、緋色は真由香さんの隣で、真由香さんは緋色の隣で。誰よりも無責任な歌を一緒に歌おう」
緋色の強い思いに、真由香は少しの間黙っていた。
真由香は両手を合わせて、それぞれの手の人差し指をくるくると回す。
「けど、けど。俺っちは自分の声をアップしたことがあって。けど、全然評価されなくて。声が好きですとか、歌詞が、メロが好きですって人はいたんですけど、あなたの曲は好きではないですとか、苦手な声ですとか、言わなくてもいいことも言われて。消したんです、アップした曲は全部」
真由香は近くに置いていたペットボトルを手繰り寄せるように持つ。
メロンソーダを豪快に呷った。
「怖くないですか、曲を上げたときって」
緋色は元アイドルだった。曲をネットにアップすることも少なくない。
「怖いけど、楽しかった。らぶらぶ・ホイップが解散に追い込まれて消えてほしくなかったくらい。リーダーが自殺未遂をして解散に追い込んだ社会を恨んだくらい」
「緋色ちゃんはグループの力というか、評価されてたのもあって。俺っちの誰も見てくれない怖さとは違う」
真由香は緋色を拒絶したように感じて、咄嗟に「ごめんなさい」と頭を下げた。
「私が真由香さんの声が大好きで、一緒に歌いたくて、真由香さんと歌う方が絶対いい曲になると信じているだけでは足りない?」
「緋色ちゃん、強くなった。けど、俺っちは弱いままだ」
真由香は足を崩して伸ばす。
「曲を上げた日の前日とか翌日とか。コメントをもらった日とか」
真由香は追加でメロンソーダを口に含んだ。
「お昼が迫っても目を開けたくない、朝からほど遠い朝があったんだ。真夜中を越えても心が落ち着かない、夜からほど遠い夜があったんだ」
緋色は真由香を真剣に見ていた。真由香は続ける。
「いっそ何もしなかった方がましで、自分の歌声を削除した。けど、評価されないって烙印を押されて、頑張ったって評価されなくて、どんどん臆病になってく。やって後悔して、どんどん弱くなっていく自分がいる。評価されなくて、何も成さない人のままだ」
「でも今は私もいる。それでも足りない?」
真由香は頷く。
「緋色ちゃんの声だけで挑戦したい」
何か成したい真由香の臆病な部分を緋色は聞いた。
けれども、「緋色と真由香さんはまだ何も成していないから」と緋色は微笑んで言う。
「私は独りぼっちで歌ったらいいの? 二人だったら臆病ではいられない。一人なら怖いものだらけでも、二人なら伝えたいことに挑める気がする」
「俺っちの声は評価されないから」
「でもそれは一人で、でしょ?」
「いや、でもでも」
「心細いなんてないよ、真由香さんの夢は今からは私たちの夢」
真由香は赤い目を擦る。
「私たち、すごくない???」
緋色のわくわくした表情に、真由香は泣かずには言われなかった。
「すごいなの、緋色ちゃんと俺っち」
「こんなことってないよ、すごいんだよ私たち! 同じ大学に入って、でも違う学科で、学年も二つ違ってて、パソコン室で初めて会って」
真由香にとっては億劫な日々が始まりそうな春だった。
それでも二人は出会い、二人の小さな物語が始まったのだ。
「すごい、なのかもです」
真由香は顔を上げた。涙で濡れた顔を緋色がタオルハンカチで拭く。
「たまたま同じ教室で、真由香さんが三時間目、私が四時間目。こんな広い大学で再会した」
「けど、この広い世界で同じ大学に進んだ時点で、再会なんて楽勝だけど?」
真由香も微笑む。
「雨の日に不便な食堂行って。私は傘を忘れた。たまたま雨が止んでいたから」
「また雨が降ってきて心配だったから、傘持って結構急ぎました」
「雨に濡れた真由香さんを見て、びっくりしちゃった」
緋色は真由香の頭を撫でる。
「傘を返すときに良い作戦を思いついたと思った。けど、せっかく作戦があったのに傘を先に返してしまった。連絡先を手に入れるための人質がなくなった」
「私、律儀に連絡先渡したでしょ?」
「それよりも友達になれたことがすっごい嬉しかった」
「それからカラオケに行って。久しぶりに自分の曲を歌った。それから真由香さんと一緒に歌って嬉しかった」
真由香はメロンソーダを飲み切った。
「緋色ちゃんがアイドルだったって知ってびっくりした。緋色ちゃんと歌うのは楽しかった。緋色ちゃん、歌が大好きなのを知った。歌うべきだと思った」
「すごい何かが生まれる予感。一緒に歌おう、真由香さんっ」
真由香は緋色の胸の中に飛び込む。
「二人なら歌いたい。よろしくお願いします、緋色ちゃん」
鳴海緋色は再び歌うことにしたらしい、真由香と出会ったからだ。綾瀬真由香はこれから歌うそう、緋色と出会ったからだ。
真由香の父のシアタールームにて。
夏の暑さが今年も始まった。それでも嫌なことばかりではなく、真由香が大好きなメロンソーダがいっそう美味くなる時期でもある。
「飾りすぎだと思うのだけど」
緋色は太った星形の風船を膨らませていた。
誕生日会だと言われても、お別れ会だと言われても納得できてしまうほどの風船の数だ。
猫や犬のぬいぐるみも飾っている。
「インパクトって大事なんです」
「そうかもだけど」
「緋色ちゃんドレス着ます? なんなら、ちょっと露出多めで、ほら男性を釣ってしまいましょう!」
「真由香さん!」
緋色は顔を赤くする。
少し想像してしまったのか、少し反応するまで間があった。
「本当に歌わなくていいんですか、真由香さん」
「歌わない。俺っちは演出専門だから」
「歌うことが好きなのに?」
緋色は初めてシアタールームに来たときから、会う度に真由香にも歌ってほしいと言い続けた。
しかし、真由香は断り続ける。
それでも緋色は諦めなかった。
「何度言っても」
真由香は子供をなだめるように言う。
その時だった。
緋色が真由香を抱き締めた。
「こんなにも、こんなにも一緒にいたいのに?」
真由香は緋色の綺麗な声が好きだ。
その声があって、緋色の温もりを受けてしまえば、真由香は言葉が出なくなってしまう。
「え、……え?」
真由香は息が詰まりそうだった。
「一緒に歌おう、真由香さん」
緋色が真由香を開放する。
「俺っちだって歌いたくないわけではない。けど、俺っちの声は駄目だから。緋色ちゃんの声の邪魔をしてしまったら、俺っちも、緋色ちゃんも、何も成さないまま終わってしまう」
真由香は床に正座をした。
緊張し始めたからか、真由香は腰を浮かして正座していた。
「私は真由香さんと歌って楽しいよ。私の歌声に託してくれるのも嬉しい。友達になったのも嬉しいよ。けど、二人で歌った方がもっと仲良くなれる」
真由香は緋色から目を反らした。
「一緒に生きよう、緋色は真由香さんの隣で、真由香さんは緋色の隣で。誰よりも無責任な歌を一緒に歌おう」
緋色の強い思いに、真由香は少しの間黙っていた。
真由香は両手を合わせて、それぞれの手の人差し指をくるくると回す。
「けど、けど。俺っちは自分の声をアップしたことがあって。けど、全然評価されなくて。声が好きですとか、歌詞が、メロが好きですって人はいたんですけど、あなたの曲は好きではないですとか、苦手な声ですとか、言わなくてもいいことも言われて。消したんです、アップした曲は全部」
真由香は近くに置いていたペットボトルを手繰り寄せるように持つ。
メロンソーダを豪快に呷った。
「怖くないですか、曲を上げたときって」
緋色は元アイドルだった。曲をネットにアップすることも少なくない。
「怖いけど、楽しかった。らぶらぶ・ホイップが解散に追い込まれて消えてほしくなかったくらい。リーダーが自殺未遂をして解散に追い込んだ社会を恨んだくらい」
「緋色ちゃんはグループの力というか、評価されてたのもあって。俺っちの誰も見てくれない怖さとは違う」
真由香は緋色を拒絶したように感じて、咄嗟に「ごめんなさい」と頭を下げた。
「私が真由香さんの声が大好きで、一緒に歌いたくて、真由香さんと歌う方が絶対いい曲になると信じているだけでは足りない?」
「緋色ちゃん、強くなった。けど、俺っちは弱いままだ」
真由香は足を崩して伸ばす。
「曲を上げた日の前日とか翌日とか。コメントをもらった日とか」
真由香は追加でメロンソーダを口に含んだ。
「お昼が迫っても目を開けたくない、朝からほど遠い朝があったんだ。真夜中を越えても心が落ち着かない、夜からほど遠い夜があったんだ」
緋色は真由香を真剣に見ていた。真由香は続ける。
「いっそ何もしなかった方がましで、自分の歌声を削除した。けど、評価されないって烙印を押されて、頑張ったって評価されなくて、どんどん臆病になってく。やって後悔して、どんどん弱くなっていく自分がいる。評価されなくて、何も成さない人のままだ」
「でも今は私もいる。それでも足りない?」
真由香は頷く。
「緋色ちゃんの声だけで挑戦したい」
何か成したい真由香の臆病な部分を緋色は聞いた。
けれども、「緋色と真由香さんはまだ何も成していないから」と緋色は微笑んで言う。
「私は独りぼっちで歌ったらいいの? 二人だったら臆病ではいられない。一人なら怖いものだらけでも、二人なら伝えたいことに挑める気がする」
「俺っちの声は評価されないから」
「でもそれは一人で、でしょ?」
「いや、でもでも」
「心細いなんてないよ、真由香さんの夢は今からは私たちの夢」
真由香は赤い目を擦る。
「私たち、すごくない???」
緋色のわくわくした表情に、真由香は泣かずには言われなかった。
「すごいなの、緋色ちゃんと俺っち」
「こんなことってないよ、すごいんだよ私たち! 同じ大学に入って、でも違う学科で、学年も二つ違ってて、パソコン室で初めて会って」
真由香にとっては億劫な日々が始まりそうな春だった。
それでも二人は出会い、二人の小さな物語が始まったのだ。
「すごい、なのかもです」
真由香は顔を上げた。涙で濡れた顔を緋色がタオルハンカチで拭く。
「たまたま同じ教室で、真由香さんが三時間目、私が四時間目。こんな広い大学で再会した」
「けど、この広い世界で同じ大学に進んだ時点で、再会なんて楽勝だけど?」
真由香も微笑む。
「雨の日に不便な食堂行って。私は傘を忘れた。たまたま雨が止んでいたから」
「また雨が降ってきて心配だったから、傘持って結構急ぎました」
「雨に濡れた真由香さんを見て、びっくりしちゃった」
緋色は真由香の頭を撫でる。
「傘を返すときに良い作戦を思いついたと思った。けど、せっかく作戦があったのに傘を先に返してしまった。連絡先を手に入れるための人質がなくなった」
「私、律儀に連絡先渡したでしょ?」
「それよりも友達になれたことがすっごい嬉しかった」
「それからカラオケに行って。久しぶりに自分の曲を歌った。それから真由香さんと一緒に歌って嬉しかった」
真由香はメロンソーダを飲み切った。
「緋色ちゃんがアイドルだったって知ってびっくりした。緋色ちゃんと歌うのは楽しかった。緋色ちゃん、歌が大好きなのを知った。歌うべきだと思った」
「すごい何かが生まれる予感。一緒に歌おう、真由香さんっ」
真由香は緋色の胸の中に飛び込む。
「二人なら歌いたい。よろしくお願いします、緋色ちゃん」
鳴海緋色は再び歌うことにしたらしい、真由香と出会ったからだ。綾瀬真由香はこれから歌うそう、緋色と出会ったからだ。
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