ちっぽけな革命/Rebuild 私たちが歌うまでの物語

アメノヒセカイ

文字の大きさ
上 下
15 / 16
本編

14話:私たち、すごくない???

しおりを挟む
 七月中旬。
 真由香の父のシアタールームにて。
 夏の暑さが今年も始まった。それでも嫌なことばかりではなく、真由香が大好きなメロンソーダがいっそう美味くなる時期でもある。
「飾りすぎだと思うのだけど」
 緋色は太った星形の風船を膨らませていた。
 誕生日会だと言われても、お別れ会だと言われても納得できてしまうほどの風船の数だ。
 猫や犬のぬいぐるみも飾っている。
「インパクトって大事なんです」
「そうかもだけど」
「緋色ちゃんドレス着ます? なんなら、ちょっと露出多めで、ほら男性を釣ってしまいましょう!」
「真由香さん!」
 緋色は顔を赤くする。
 少し想像してしまったのか、少し反応するまで間があった。
「本当に歌わなくていいんですか、真由香さん」
「歌わない。俺っちは演出専門だから」
「歌うことが好きなのに?」
 緋色は初めてシアタールームに来たときから、会う度に真由香にも歌ってほしいと言い続けた。
 しかし、真由香は断り続ける。
 それでも緋色は諦めなかった。
「何度言っても」
 真由香は子供をなだめるように言う。
 その時だった。
 緋色が真由香を抱き締めた。
「こんなにも、こんなにも一緒にいたいのに?」
 真由香は緋色の綺麗な声が好きだ。
 その声があって、緋色の温もりを受けてしまえば、真由香は言葉が出なくなってしまう。
「え、……え?」
 真由香は息が詰まりそうだった。
「一緒に歌おう、真由香さん」
 緋色が真由香を開放する。
「俺っちだって歌いたくないわけではない。けど、俺っちの声は駄目だから。緋色ちゃんの声の邪魔をしてしまったら、俺っちも、緋色ちゃんも、何も成さないまま終わってしまう」
 真由香は床に正座をした。
 緊張し始めたからか、真由香は腰を浮かして正座していた。
「私は真由香さんと歌って楽しいよ。私の歌声に託してくれるのも嬉しい。友達になったのも嬉しいよ。けど、二人で歌った方がもっと仲良くなれる」
 真由香は緋色から目を反らした。
「一緒に生きよう、緋色は真由香さんの隣で、真由香さんは緋色の隣で。誰よりも無責任な歌を一緒に歌おう」
 緋色の強い思いに、真由香は少しの間黙っていた。
 真由香は両手を合わせて、それぞれの手の人差し指をくるくると回す。
「けど、けど。俺っちは自分の声をアップしたことがあって。けど、全然評価されなくて。声が好きですとか、歌詞が、メロが好きですって人はいたんですけど、あなたの曲は好きではないですとか、苦手な声ですとか、言わなくてもいいことも言われて。消したんです、アップした曲は全部」
 真由香は近くに置いていたペットボトルを手繰り寄せるように持つ。
 メロンソーダを豪快に呷った。
「怖くないですか、曲を上げたときって」
 緋色は元アイドルだった。曲をネットにアップすることも少なくない。
「怖いけど、楽しかった。らぶらぶ・ホイップが解散に追い込まれて消えてほしくなかったくらい。リーダーが自殺未遂をして解散に追い込んだ社会を恨んだくらい」
「緋色ちゃんはグループの力というか、評価されてたのもあって。俺っちの誰も見てくれない怖さとは違う」
 真由香は緋色を拒絶したように感じて、咄嗟に「ごめんなさい」と頭を下げた。
「私が真由香さんの声が大好きで、一緒に歌いたくて、真由香さんと歌う方が絶対いい曲になると信じているだけでは足りない?」
「緋色ちゃん、強くなった。けど、俺っちは弱いままだ」
 真由香は足を崩して伸ばす。
「曲を上げた日の前日とか翌日とか。コメントをもらった日とか」
 真由香は追加でメロンソーダを口に含んだ。
「お昼が迫っても目を開けたくない、朝からほど遠い朝があったんだ。真夜中を越えても心が落ち着かない、夜からほど遠い夜があったんだ」
 緋色は真由香を真剣に見ていた。真由香は続ける。
「いっそ何もしなかった方がましで、自分の歌声を削除した。けど、評価されないって烙印を押されて、頑張ったって評価されなくて、どんどん臆病になってく。やって後悔して、どんどん弱くなっていく自分がいる。評価されなくて、何も成さない人のままだ」
「でも今は私もいる。それでも足りない?」
 真由香は頷く。
「緋色ちゃんの声だけで挑戦したい」
 何か成したい真由香の臆病な部分を緋色は聞いた。
 けれども、「緋色と真由香さんはまだ何も成していないから」と緋色は微笑んで言う。
「私は独りぼっちで歌ったらいいの? 二人だったら臆病ではいられない。一人なら怖いものだらけでも、二人なら伝えたいことに挑める気がする」
「俺っちの声は評価されないから」
「でもそれは一人で、でしょ?」
「いや、でもでも」
「心細いなんてないよ、真由香さんの夢は今からは私たちの夢」
 真由香は赤い目を擦る。
「私たち、すごくない???」
 緋色のわくわくした表情に、真由香は泣かずには言われなかった。
「すごいなの、緋色ちゃんと俺っち」
「こんなことってないよ、すごいんだよ私たち! 同じ大学に入って、でも違う学科で、学年も二つ違ってて、パソコン室で初めて会って」
 真由香にとっては億劫な日々が始まりそうな春だった。
 それでも二人は出会い、二人の小さな物語が始まったのだ。
「すごい、なのかもです」
 真由香は顔を上げた。涙で濡れた顔を緋色がタオルハンカチで拭く。
「たまたま同じ教室で、真由香さんが三時間目、私が四時間目。こんな広い大学で再会した」
「けど、この広い世界で同じ大学に進んだ時点で、再会なんて楽勝だけど?」
 真由香も微笑む。
「雨の日に不便な食堂行って。私は傘を忘れた。たまたま雨が止んでいたから」
「また雨が降ってきて心配だったから、傘持って結構急ぎました」
「雨に濡れた真由香さんを見て、びっくりしちゃった」
 緋色は真由香の頭を撫でる。
「傘を返すときに良い作戦を思いついたと思った。けど、せっかく作戦があったのに傘を先に返してしまった。連絡先を手に入れるための人質がなくなった」
「私、律儀に連絡先渡したでしょ?」
「それよりも友達になれたことがすっごい嬉しかった」
「それからカラオケに行って。久しぶりに自分の曲を歌った。それから真由香さんと一緒に歌って嬉しかった」
 真由香はメロンソーダを飲み切った。
「緋色ちゃんがアイドルだったって知ってびっくりした。緋色ちゃんと歌うのは楽しかった。緋色ちゃん、歌が大好きなのを知った。歌うべきだと思った」
「すごい何かが生まれる予感。一緒に歌おう、真由香さんっ」
 真由香は緋色の胸の中に飛び込む。
「二人なら歌いたい。よろしくお願いします、緋色ちゃん」
 鳴海緋色は再び歌うことにしたらしい、真由香と出会ったからだ。綾瀬真由香はこれから歌うそう、緋色と出会ったからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

連載打ち切りになりそうなので私達ヒロインは消える事になりました

椎菜葉月
キャラ文芸
筆者が見た夢の話を小説にした短編恋愛?話。 自分の暮らす世界は少年向け雑誌に連載されている漫画であり 自分はその作品の主人公ではなく脇役かつ影の薄いキャラで 漫画の連載を続ける為に存在を消されることになっている── そんな運命のモブキャラ主人公が頑張る話です。 サクッと短く完結する話です。 ※続きがあるような表現がありますが、あくまで物語のフレーバーであり細かい事は無視して読んで下さい。 ※好評なら続きや作中作の本編(少年誌漫画本編)も書くかもしれません。 ※メモ帳に書いた文章をベタ貼りしたものですので改行などあまりせず読みにくい可能性が高いです。ご了承ください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...