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本編
9話:俺っちのためにって、もう愛してます!
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カラオケの一室にて。
真由香の手元のコップには、茶色っぽい緑っぽい液体が入っていた。
「ええ……、何そのドリンク?」
「あ、これはコーラとメロンソーダ混ぜたやつです。これがないと歌う気合が入らないので」
真由香は靴を脱いでソファの上にしゃがんでいた。腕を使ってタッチパネルを抱える。
「ってまずいよ、緋色ちゃんっ」
「どうしたの?」
「な、なんと。作戦が通用しません! フリータイムにしたのに」
真由香は叫んだ。
どうやら良くないことが起こったらしい。
カラオケでフリータイムを選んだのは、どうしても高得点を出すまでは帰りたくないからである。
カラオケの店がアニメとコラボしていて、高得点を取ると、そのアニメのミニクリアファイルが手に入る。
「準備してきた曲がクリアファイル対象外なんです。俺っち、アイドル曲歌ったことないのに」
真由香は「きいー」と叫びながら、悔しそうにハンカチを噛む。
「そのためのフリータイムでしょ?」
「そうですけど、もうこのカリカリして美味しそうな唐揚げ頼みます。どうしてくれるんですか、緋色ちゃん」
緋色が真由香を見ると、いつの間にかタッチパネルの代わりにメニュー表を持っていた。
「緋色ちゃんはフライドポテトでいいですか?」
「さっき食べたけど?」
「えーー、オニオンリングにします? あ、パフェもあるよっ」
真由香がはしゃぐ。
緋色はソーダを一口飲んだ。
「甘いものはさっき食べたし、お昼ハンバーガーでしょ?」
「えー、いじわるモードですか緋色ちゃん」
真由香が緋色の手元にあったコップに口をつけた。
「え?」
「あ、ソーダですね!」
「なんで勝手に飲んだんですか」
緋色が顔を赤くして怒る。
「冗談なのに」
「冗談にならない。私飲んだ後だよ?」
「大丈夫、女の子同士だから尊いっていうんだよ」
真由香が曲を入れる。
緋色は怒った様子で部屋から出た。
緋色はドリンクバーで新しくコップを取った。
叩きつけるような雨が聞こえる。
コーラを注いだ。
「真由香さん、アイドル曲は歌わないんだ」
緋色は一度口に出した言葉をゆっくり飲み込む。
カラオケ店の自動扉が開くと、激しい雨音が鮮明になる。
雨に冷やされた風が肌を撫でる。
店員が満室の説明を一通りすると、カップルが溜息をついてロビーソファに腰を下ろす。
カップルは待ってでも歌いたいらしい。
緋色はその光景を見て胸が痛んだ。
フリータイム料金を払ったとはいえ、歌わないのに部屋を使っている。
「私は歌わないから、高得点が欲しいとしてもフリータイムにする必要ない」
真由香はどうしてもフリータイムがいいと言った。
それは歌うこと以上に、真由香が緋色と同じ時間を共有したいということだろう、緋色は考える。
緋色が部屋に戻ると、フライドチキンや包装されているチョコレートが並んでいた。
そしてマイク片手に歌う真由香の姿がある。
振り付けはない。知らないのだろう。
それでも音階を追う歌声を聴いて、緋色の体が熱を帯びていく。
「ふうー、この曲は苦手です」
真由香はマイクを置く。
「やっと戻って来ましたか。緋色ちゃんが油断している間に食べ物頼みました。もうすぐです、カレーが来るのは」
「お、おう」
真由香に楽しんでもらいたいと決意して部屋に入ったが、どうやら無駄な心配だったらしい。
「緋色ちゃんは約束通り応援して、なのです」
テレビの映像が切り替わり、歌詞の一節が表示される。
「頑張れ、真由香さん」
緋色の声が届いたのか、真由香の声が音程を捉える。
テレビを確認すると、今のところ音程やリズムは完璧らしい。
この曲なら、緋色も真由香も思った。
そしてサビに入ったところだった。
「あ」
緋色がつい声を出してしまう。
真由香は緋色よりも先に気付いただろう。
字幕にはトランプのスペードやハート等が弾丸のように次々と流れる。
真由香の呼吸がだんだん荒くなって、音程を大幅に外し始める。
なんとか歌い切ったが、緋色は真由香が目を擦った様子を見ていた。
「なんでですか、なんでメンバーごとのパートがあって一節ずつ歌うんですかソロで歌えないですよ」
真由香は早口に言う。
緋色は真由香が泣いていることに気づく。
「真由香さん」
「一旦もぐもぐしますっ。俺っちは諦めたくないです。絶対ファイル欲しいので」
真由香はチョコレートを口の中に詰めた。
緋色はタッチパネルに表示されたコラボキャンペーンを確認した。
どうやらコラボしているアニメがかわいらしいキャラたちのアイドルオタク活動をテーマにしているらしく、キャンペーンの対象はアイドル曲のみらしい。
「真由香さんはどうしてアイドル曲は歌わないの? カラオケには結構行きそうだけど」
真由香はようやくチョコレートを飲み込む。
「カラオケには行きますけど、緋色ちゃんってアイドルが好きなんですか?」
「好きな方ではあると思う」
「俺っちが歌うアイドル曲は?」
「歌はすごい上手だと思う。けどアイドル特有の、振り付けとか各メンバーのパフォーマンスの感じとかが曲に組み込まれてて、それが苦手なのかなって」
真由香は驚いたように目を開く。
緋色は真由香から目を反らした。
「緋色ちゃん詳しい、なのです。やっぱりドルオタだと思いますけど?」
「思ったこと言っただけで詳しくないと思うけど?」
「分かりました。俺っち、見てから歌います」
真由香はスマートフォンを取り出して、耳にイヤホンを付ける。
真由香の目つきは真剣だった。
その目つきがある日のレッスンを思い出させる。緋色は懐かしく思った。
「振り付け分かりました。踊ってみます」
真由香が選んだ曲はらぶらぶ・ホイップで活動していたとき、緋色たちのことを可愛がってくれた先輩の曲だった。
拙い振り付けをしながら歌うと、得点は大幅に下がった。
真由香は汗を流している。
「歌い方、掴めるかもです」
真由香は踊りながら歌う。歌った後は再び実際に踊っている動画を見て振り付けを確認する。
「真由香さん」
できるわけない。アイドルをしてきた緋色は分かる。数時間練習したところでステージには立てない。
それでも徐々に表情が明るくなる真由香の姿に祈らずにはいられない。
「得点の伸びが足りないになってきました。このままだとだめですね」
真由香は、ぐったりとソファにもたれるように座った。
歌う途中で運ばれてきたカツカレーを頬張る。
「意外と辛いかも。喉が痛いよー、緋色ちゃん」
「もう休んだ方がいいと思います」
「そーだけども。グッズどうしよ。でもまずは休まないと今は歌えない」
真由香はジュースを飲み切った。
「トイレ行ってジュースおかわりしてきます。夕食がカラオケは嫌ですか?」
真由香は遠慮気味に聞く。
その弱い声からまだ挑戦したいという気持ちがしっかり伝わる。
それでもこれ以上踊りながら歌うのは、真由香にかかる負荷を考えればやめた方がいい。
緋色は覚悟を固めた。
でもそれはいくらでも真由香に歌わせる覚悟ではない。
「あと三十分かな。もうしんどそうだから」
「大丈夫だよ、俺っち」
真由香は負けず嫌いだと思う。
その“大丈夫”が何よりも信じてはいけない“大丈夫”だと思う。
だから無理をさせたくない。
「約束して三十分って。じゃないと友達やめるから」
「えー分かりました」
真由香がしょんぼりした様子で部屋を出た。
三十分あれば大丈夫、高得点は出せる。
「私が歌う。人前じゃない、誰も見ていない」
緋色は自分の頬を叩く。
コーラを呷った。
「ここなら私は、私はひとりだ」
タッチパネルで曲を探す。
すぐに曲を入力した。
曲名は『しゅーくりーむの中身はあまあま』、歌っていたアイドルは『らぶらぶ・ホイップ』、シュークリーム担当のためのソロパートがある、つまりは緋色の曲だ。
「アイドルの曲を歌えっていうなら、私が歌えばいいんだ!」
テレビの映像が切り替わる。映像には役者の姿があり、らぶらぶ・ホイップの姿はない。
緋色はマイクを持った。息を吸う。
第一声が部屋全体を震わせる。
息を吸って歌っていく。
間は覚えている。レッスンが体に染みついている。
もうアイドルではない少女はカラオケの得点ばかり気にしていた。それでも当時の振り付けが宿っていた。
熱気が立つ。
緋色は響かせる、魅せる。
過去の自分を降ろした歌声は激しくも音程を捉える。
ソロパートではしっかりと加点を繋いでいた。
しかし、シンデレラにはタイムリミットがある。
緋色の声も体力も限界を超えていた。
解散してからレッスンはずっとやっていないのだ。
喉が焼けて破れるかもしれない。マイクを持つ手が痛くなってきた。緊張で目が乾燥した気がする。
でも。
緋色が高得点を取ると決めて勝手に歌っているのだ。
ここで得点を取らなければかっこ悪い。
しかし、渇いた声が外れていく。
まだグッズがもらえる点数だろうか、緋色は画面を見る。
テレビに表示されている推定点数は少し足りない。緋色はマイクを持ち直した。
声が出た。
その声が再び音程を捉える。
緋色は最後の間で音程バーを確認した。
緋色の声が最後のバーの中間で切れかかる。
集中が切れかかっているからかカレーの香りがした。そのカレーの香りで、緋色の声はバーの末端まで繋がった。
真由香に良いところを見せたくなったのだろう。
緋色が満足げにソファに座り込んだ。
「あ、緋色ちゃん」
真由香がメロンソーダ片手に部屋に戻った。
「やっぱりドルオタ……、高得点!? 緋色ちゃんが俺っちのためにって、もう愛してます!」
真由香が緋色の胸に飛び込む。
「ああ、ジュース零れそう」
「もういいんです。でも悔しくなってきました。俺っちも三十分歌います」
真由香が部屋を出る前の約束を思い出した。
「歌うんですか?」
「歌うんです、緋色ちゃんと二人ならさっきのやつ歌えます」
真由香は嬉しそうだ。
緋色はもう歌わないつもりだった。しかし、緋色は真由香に甘いのだ。
「三十分だけなら」
緋色の表情はどこか柔らかい。
真由香の手元のコップには、茶色っぽい緑っぽい液体が入っていた。
「ええ……、何そのドリンク?」
「あ、これはコーラとメロンソーダ混ぜたやつです。これがないと歌う気合が入らないので」
真由香は靴を脱いでソファの上にしゃがんでいた。腕を使ってタッチパネルを抱える。
「ってまずいよ、緋色ちゃんっ」
「どうしたの?」
「な、なんと。作戦が通用しません! フリータイムにしたのに」
真由香は叫んだ。
どうやら良くないことが起こったらしい。
カラオケでフリータイムを選んだのは、どうしても高得点を出すまでは帰りたくないからである。
カラオケの店がアニメとコラボしていて、高得点を取ると、そのアニメのミニクリアファイルが手に入る。
「準備してきた曲がクリアファイル対象外なんです。俺っち、アイドル曲歌ったことないのに」
真由香は「きいー」と叫びながら、悔しそうにハンカチを噛む。
「そのためのフリータイムでしょ?」
「そうですけど、もうこのカリカリして美味しそうな唐揚げ頼みます。どうしてくれるんですか、緋色ちゃん」
緋色が真由香を見ると、いつの間にかタッチパネルの代わりにメニュー表を持っていた。
「緋色ちゃんはフライドポテトでいいですか?」
「さっき食べたけど?」
「えーー、オニオンリングにします? あ、パフェもあるよっ」
真由香がはしゃぐ。
緋色はソーダを一口飲んだ。
「甘いものはさっき食べたし、お昼ハンバーガーでしょ?」
「えー、いじわるモードですか緋色ちゃん」
真由香が緋色の手元にあったコップに口をつけた。
「え?」
「あ、ソーダですね!」
「なんで勝手に飲んだんですか」
緋色が顔を赤くして怒る。
「冗談なのに」
「冗談にならない。私飲んだ後だよ?」
「大丈夫、女の子同士だから尊いっていうんだよ」
真由香が曲を入れる。
緋色は怒った様子で部屋から出た。
緋色はドリンクバーで新しくコップを取った。
叩きつけるような雨が聞こえる。
コーラを注いだ。
「真由香さん、アイドル曲は歌わないんだ」
緋色は一度口に出した言葉をゆっくり飲み込む。
カラオケ店の自動扉が開くと、激しい雨音が鮮明になる。
雨に冷やされた風が肌を撫でる。
店員が満室の説明を一通りすると、カップルが溜息をついてロビーソファに腰を下ろす。
カップルは待ってでも歌いたいらしい。
緋色はその光景を見て胸が痛んだ。
フリータイム料金を払ったとはいえ、歌わないのに部屋を使っている。
「私は歌わないから、高得点が欲しいとしてもフリータイムにする必要ない」
真由香はどうしてもフリータイムがいいと言った。
それは歌うこと以上に、真由香が緋色と同じ時間を共有したいということだろう、緋色は考える。
緋色が部屋に戻ると、フライドチキンや包装されているチョコレートが並んでいた。
そしてマイク片手に歌う真由香の姿がある。
振り付けはない。知らないのだろう。
それでも音階を追う歌声を聴いて、緋色の体が熱を帯びていく。
「ふうー、この曲は苦手です」
真由香はマイクを置く。
「やっと戻って来ましたか。緋色ちゃんが油断している間に食べ物頼みました。もうすぐです、カレーが来るのは」
「お、おう」
真由香に楽しんでもらいたいと決意して部屋に入ったが、どうやら無駄な心配だったらしい。
「緋色ちゃんは約束通り応援して、なのです」
テレビの映像が切り替わり、歌詞の一節が表示される。
「頑張れ、真由香さん」
緋色の声が届いたのか、真由香の声が音程を捉える。
テレビを確認すると、今のところ音程やリズムは完璧らしい。
この曲なら、緋色も真由香も思った。
そしてサビに入ったところだった。
「あ」
緋色がつい声を出してしまう。
真由香は緋色よりも先に気付いただろう。
字幕にはトランプのスペードやハート等が弾丸のように次々と流れる。
真由香の呼吸がだんだん荒くなって、音程を大幅に外し始める。
なんとか歌い切ったが、緋色は真由香が目を擦った様子を見ていた。
「なんでですか、なんでメンバーごとのパートがあって一節ずつ歌うんですかソロで歌えないですよ」
真由香は早口に言う。
緋色は真由香が泣いていることに気づく。
「真由香さん」
「一旦もぐもぐしますっ。俺っちは諦めたくないです。絶対ファイル欲しいので」
真由香はチョコレートを口の中に詰めた。
緋色はタッチパネルに表示されたコラボキャンペーンを確認した。
どうやらコラボしているアニメがかわいらしいキャラたちのアイドルオタク活動をテーマにしているらしく、キャンペーンの対象はアイドル曲のみらしい。
「真由香さんはどうしてアイドル曲は歌わないの? カラオケには結構行きそうだけど」
真由香はようやくチョコレートを飲み込む。
「カラオケには行きますけど、緋色ちゃんってアイドルが好きなんですか?」
「好きな方ではあると思う」
「俺っちが歌うアイドル曲は?」
「歌はすごい上手だと思う。けどアイドル特有の、振り付けとか各メンバーのパフォーマンスの感じとかが曲に組み込まれてて、それが苦手なのかなって」
真由香は驚いたように目を開く。
緋色は真由香から目を反らした。
「緋色ちゃん詳しい、なのです。やっぱりドルオタだと思いますけど?」
「思ったこと言っただけで詳しくないと思うけど?」
「分かりました。俺っち、見てから歌います」
真由香はスマートフォンを取り出して、耳にイヤホンを付ける。
真由香の目つきは真剣だった。
その目つきがある日のレッスンを思い出させる。緋色は懐かしく思った。
「振り付け分かりました。踊ってみます」
真由香が選んだ曲はらぶらぶ・ホイップで活動していたとき、緋色たちのことを可愛がってくれた先輩の曲だった。
拙い振り付けをしながら歌うと、得点は大幅に下がった。
真由香は汗を流している。
「歌い方、掴めるかもです」
真由香は踊りながら歌う。歌った後は再び実際に踊っている動画を見て振り付けを確認する。
「真由香さん」
できるわけない。アイドルをしてきた緋色は分かる。数時間練習したところでステージには立てない。
それでも徐々に表情が明るくなる真由香の姿に祈らずにはいられない。
「得点の伸びが足りないになってきました。このままだとだめですね」
真由香は、ぐったりとソファにもたれるように座った。
歌う途中で運ばれてきたカツカレーを頬張る。
「意外と辛いかも。喉が痛いよー、緋色ちゃん」
「もう休んだ方がいいと思います」
「そーだけども。グッズどうしよ。でもまずは休まないと今は歌えない」
真由香はジュースを飲み切った。
「トイレ行ってジュースおかわりしてきます。夕食がカラオケは嫌ですか?」
真由香は遠慮気味に聞く。
その弱い声からまだ挑戦したいという気持ちがしっかり伝わる。
それでもこれ以上踊りながら歌うのは、真由香にかかる負荷を考えればやめた方がいい。
緋色は覚悟を固めた。
でもそれはいくらでも真由香に歌わせる覚悟ではない。
「あと三十分かな。もうしんどそうだから」
「大丈夫だよ、俺っち」
真由香は負けず嫌いだと思う。
その“大丈夫”が何よりも信じてはいけない“大丈夫”だと思う。
だから無理をさせたくない。
「約束して三十分って。じゃないと友達やめるから」
「えー分かりました」
真由香がしょんぼりした様子で部屋を出た。
三十分あれば大丈夫、高得点は出せる。
「私が歌う。人前じゃない、誰も見ていない」
緋色は自分の頬を叩く。
コーラを呷った。
「ここなら私は、私はひとりだ」
タッチパネルで曲を探す。
すぐに曲を入力した。
曲名は『しゅーくりーむの中身はあまあま』、歌っていたアイドルは『らぶらぶ・ホイップ』、シュークリーム担当のためのソロパートがある、つまりは緋色の曲だ。
「アイドルの曲を歌えっていうなら、私が歌えばいいんだ!」
テレビの映像が切り替わる。映像には役者の姿があり、らぶらぶ・ホイップの姿はない。
緋色はマイクを持った。息を吸う。
第一声が部屋全体を震わせる。
息を吸って歌っていく。
間は覚えている。レッスンが体に染みついている。
もうアイドルではない少女はカラオケの得点ばかり気にしていた。それでも当時の振り付けが宿っていた。
熱気が立つ。
緋色は響かせる、魅せる。
過去の自分を降ろした歌声は激しくも音程を捉える。
ソロパートではしっかりと加点を繋いでいた。
しかし、シンデレラにはタイムリミットがある。
緋色の声も体力も限界を超えていた。
解散してからレッスンはずっとやっていないのだ。
喉が焼けて破れるかもしれない。マイクを持つ手が痛くなってきた。緊張で目が乾燥した気がする。
でも。
緋色が高得点を取ると決めて勝手に歌っているのだ。
ここで得点を取らなければかっこ悪い。
しかし、渇いた声が外れていく。
まだグッズがもらえる点数だろうか、緋色は画面を見る。
テレビに表示されている推定点数は少し足りない。緋色はマイクを持ち直した。
声が出た。
その声が再び音程を捉える。
緋色は最後の間で音程バーを確認した。
緋色の声が最後のバーの中間で切れかかる。
集中が切れかかっているからかカレーの香りがした。そのカレーの香りで、緋色の声はバーの末端まで繋がった。
真由香に良いところを見せたくなったのだろう。
緋色が満足げにソファに座り込んだ。
「あ、緋色ちゃん」
真由香がメロンソーダ片手に部屋に戻った。
「やっぱりドルオタ……、高得点!? 緋色ちゃんが俺っちのためにって、もう愛してます!」
真由香が緋色の胸に飛び込む。
「ああ、ジュース零れそう」
「もういいんです。でも悔しくなってきました。俺っちも三十分歌います」
真由香が部屋を出る前の約束を思い出した。
「歌うんですか?」
「歌うんです、緋色ちゃんと二人ならさっきのやつ歌えます」
真由香は嬉しそうだ。
緋色はもう歌わないつもりだった。しかし、緋色は真由香に甘いのだ。
「三十分だけなら」
緋色の表情はどこか柔らかい。
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