ちっぽけな革命/Rebuild 私たちが歌うまでの物語

アメノヒセカイ

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本編

6話:時給も出します、れんたる緋色ちゃんです

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 土曜日の昼過ぎ。
 緋色は、カップうどんの容器にお湯を注ぐ。
 麺がスープに浸った。
 それから、容器の蓋の先端を折って固定する。
 お湯を作るために用いたアルミ製の鍋を、たらいの中の水に浮かべる。
 音とともに湯気が立つ。
 レポートがひと段落ついてから昼食を食べようとすると、おやつの時間になってしまうものだ。
 カップうどんの容器を見ると、推奨時間は五分らしい。
 五分という時間は長くはないが、ぼうっと過ごすにはそれなりに退屈だ。
「真由香さん、通知来てるかも」
 緋色はスマートフォンを寝室から取ってくる。
 スマートフォンの電源を付けると、通知が来ていた。
「なんだろう?」
 会話アプリの履歴を開くと、『よろしく、緋色ちゃん』というメッセージと、音声データが数件あった。
「なにこれ?」
 緋色が音声データを開こうとしたそのときだった。
 履歴に一件のメッセージが追加される。
『やっと捕まえた!』
 つい緋色はスマートフォンを落としそうになる。
 流れるようにメッセージが追加される。
『これでも徹夜して曲作りました!』
「音声データって、真由香さんが作った曲?」
 緋色は、『徹夜ですか?』と返信する。
『緋色ちゃんが配信はやめたようがいいって。だから、俺っちの本気ですっ』
 緋色は真由香がすぐ隣にいるような感覚に陥る。
 スマートフォンを介してではあるが、真由香の活気が伝わる。
「そんなつもりではないのに」
 緋色は溜息をつく。
 緋色が所属していたアイドルグループ、らぶらぶ・ホイップのリーダーの自殺未遂について話したところで、真由香にどれだけの痛みが伝わるのか?
 傷をえぐってまで、社会で目立つことの痛みを語る必要はない、緋色は自分自身を説得する。
 それでも。
 それでも、緋色が送ったメッセージは自分自身でも理解しきれない。
『もう二度と人前では歌わない』
 まるでこれでは歌を歌っていたと言ってるものではないか。
 緋色は考え過ぎだと思いながらも、真由香が察してしまうことが怖くなった。
『緋色ちゃんは歌えます。すごい綺麗な声なので』
 緋色はスマートフォンを画面は付けたまま一度置き、カップうどんの容器の蓋をめくり取った。
 かつおだしのほんのり温かい旨味が空気中に広がっていく。
 カップうどんを食べようと箸をスープに浸けた瞬間だった。
 スマートフォンから音が鳴る。
『緋色ちゃんとカラオケ行くんですぅ、点数高いと好きなアニメのミニファイルがもらえるので、せめて付いてきてください!』
 メッセージと共に、泣いている表情の顔文字が送られてきた。
『それに、何が何でも緋色ちゃんの歌声聞きたいです、音痴ですか、下手なんですか、それとも友達って約束は嘘だったんですか、かわいいかわいい後輩ちゃんとはでぇとできないんですか!』
 緋色は一旦箸を止めた。
「真由香さん?」
 メッセージから真由香が駄々をこねて騒ぐ様子が想像できた。
『私の歌なんて聞いても楽しくないよ?』
 再び箸を持って、麺を箸に絡めるように挟んだ。
『だったらせめてでぇとしてください、せっかく連絡先交換したのででぇとするんですー』
 真由香から次々とメッセージが送られてくる。
『俺っちだけ歌ってもいいので緋色ちゃんと休日にでぇとなんです』『昼食もでぇと代も出します』『時給も出します、れんたる緋色ちゃんです』
 真由香がどんどん暴走していく様子がメッセージから分かる。
『なんなら体も差し出します、どんなえっちな欲望でも俺っちが満たします!』
「え!?」
 緋色は声を上げた。
 カップうどんの容器が倒れ、スープが机の上に広がる。
 結局、緋色は真由香とカラオケに行くらしい。
 その甘さが緋色らしいのかもしれない。
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