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最終章 規約違反少女がマッチングアプリで無法すぎる! 149~
その4 ヒウタとトアオⅣ
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広い庭のある一軒家。
表札には『麦科』の字。
ヒウタは朝、トアオの家に行ってインターホンを鳴らした。
出ない。
それから、十分ほど待ってもう一度鳴らす。
エプロン姿の運ちゃんがやってきた。
「ヒウタくん、こんな朝にトアオちゃんが起きていると思う? 一応アポ取ってくれてるみたいだから入れてあげるけど」
「ありがとうございます」
「トアオちゃん、起きるのは夕方だろうね。長期休暇始まっちゃったし」
「ごめんなさい」
「どうせ勘違いでしょ? あたしには分かるけど、そうだとしても傷つくものだから。シュイロさんとヒウタくんは決して恋愛関係ではない」
「それを伝えに来ました」
運ちゃんの表情が変わった。
ヒウタを突き刺すような鋭い目付きになる。
運ちゃんは玄関の扉を閉めてしまった。
「それだけなら来ない方がいい。ヒウタくんのためにも、トアオちゃんのためにも」
運ちゃんは扉の向こうで扉に背もたれして腰を下ろす。
ヒウタは引き返すわけにはいかない。
「あたしが好きになった人だから、トアオちゃんに譲ったのに。がっかりかな」
運ちゃんの声はヒウタには聞こえない。
運ちゃんよりも先にトアオがヒウタと出会った。トアオは嬉しそうに楽しそうにしていた。
トアオはヒウタに救われ、ヒウタに惹かれていった。
そのうち、運ちゃんもヒウタを好きになってしまったが、トアオのために引いたのだ。
それがこの結果か。
ヒウタはトアオと会った後、好きな人ができてしまった。
カワクロというヒウタの通う大学の先輩で、大学では人気者らしい。
好きな人の出現に耐えながらアプローチをしてきた。
だが、ヒウタがシュイロのために行動し、二人の仲の良さを目の当たりにしてしまって、トアオの心が折れてしまったようだった。
シュイロとヒウタがお似合いに見えてしまったのだ。トアオはシュイロを友人だと思っている。一方で、シュイロが綺麗でスタイルが良くて優しくて、なんでもできる完璧超人であることも知っている。
「僕はトアオさんと話したいです」
「好きな人が迫ってきたら、不幸だと分かってもなかなか拒めないんだよ。だから、トアオちゃんと約束をしていても帰ってほしいって思っている」
ヒウタも鈍感ではない。
運ちゃんはトアオのために、ヒウタにもう会わないでくれと伝えているのだ。
「今日、雪が降るそうだから。明日にかけて積もるかもって。電車も止まるかもしれない。今すぐ帰った方がいい」
ヒウタが見上げると灰色の空が広がる。
冷えた風が吹いてくる。
ヒウタは手を合わせて白い息をかけた。
手袋を忘れてしまったのは誤算だった。
「外は寒い。風邪ひいてしまうよ? 今は家族のもとで暮らしているんでしょ?」
「シュイロさんが借りたマンションにいます」
「実家暮らしの方がまだ良かったのに、どうしてシュイロさんのとこにいるのかな」
ヒウタは下唇を噛む。
トアオに伝えたい言葉はいくらでも用意した。
運ちゃんがトアオの家にいる可能性も考えていた。
それでもここまで拒絶されるとは思っていなかった。
「運ちゃん、通して!」
叫び声。
パチンと激しい音がした。
「トアオちゃん、ヒウタくんは」
「通して。ここは私の家です」
「何を話すの? ここで依存したらトアオちゃんは、」
「通して、運ちゃん。ヒウタさんと話します」
扉が開く。
小柄な少女は、ボサボサなセミロングヘアーで立っていた。
パジャマは皺が多いが、それでも汚ならしくなっていないのは、運ちゃんが世話をしたからだろう。
「なに? 傷ついたトアオちゃんがまともに生活するわけないでしょ? だからあたしが面倒見てた」
「……運ちゃん、ちょっとひどい」
「別に。あたしは向こうでお風呂掃除でもしてるから。なんでも話せばいい」
運ちゃんはエプロンを脱いで行ってしまった。
トアオはヒウタにお茶とお湯を入れたカップ麺を用意して、共に炬燵に入る。
「いろいろありましたね、ヒウタさん」
「はい」
言うことは決めた。
それなのに、手が震えてしまう。
「ヒウタさんがマッチングアプリ登録のときに店舗で会いましたね。それからマッチングアプリでマッチングして、人と会うのが怖くて、何度もドタキャンしていた私に気づいて、私を探してくれましたね」
トアオの声が弱々しく感じられた。
ヒウタはトアオの表情を見る。
違う。
ヒウタはトアオを傷つけたと思った。
気まずいけど伝えたいと思ったから来た。
でもトアオは。
頬を赤く染めて、風呂上がりのような蕩けた表情で、緊張して頭から湯気を出しながら、穏やかな視線をヒウタに向けていた。
丸々とした二重。
「ふふ。私はヒウタさんに怒りません。好きですから、だから。どんな決定でも気にしません。でも二番目にされるくらいなら縁を切れという運ちゃんの気持ちも分かります。ただ惚れた私の負けなので」
カップ麺の蓋を開ける。
蓋に溜まった水滴が合わせながら流れていく。
ラー油を足す。
「僕はトアオさんを利用したことがあります。シフユさんのときとか。シュイロさんとカワクロさんにお願いされたからです」
「知っています。でも気づいたんです。誰がお願いしてもヒウタさんは私を利用したはず。でも私が傷つくなら手を変えたと思っています。それに、最初にオーパーツ探しとして利用したのは私の方です」
トアオはラーメンを啜る。
「僕はシュイロさんとそういう関係ではありません」
「分かっています。お似合いと思っただけです。一番頑張ろうと思えて、自然体で居られる人がきっと一番いい人ですよ」
トアオはヒウタのカップ麺の蓋も取った。
微笑む。
「僕がここに来たのは、トアオさんに会うためです。話すためです。決意を伝えるためです」
「いいよ、ヒウタさん。私を思う存分ふっ、」
思う存分振ってほしい、そう言いかけた。
涙を堪えて、できるだけ余裕そうに。
テーブルに水滴が一つ、二つと溢れる。嘘だ、とトアオは頬をなぞって、その手が目尻まで届く。
乾いていた、最近はよく眠れていないのだ。ボロボロな心で生活すれば肌も少しは荒れる。
なら、この涙は。
「トアオさん、僕と一緒に生きてください。僕にとって、一番いい人が一番自分らしく頑張れる人なら、それはトアオさんです」
ヒウタは何を言っているのか?
トアオは困惑していた。
だが、ヒウタの真剣な表情を見て、その手を取る。
「私はあなたが怖い、」
トアオは笑顔になる。
「怖いくらい、大好きです!」
表札には『麦科』の字。
ヒウタは朝、トアオの家に行ってインターホンを鳴らした。
出ない。
それから、十分ほど待ってもう一度鳴らす。
エプロン姿の運ちゃんがやってきた。
「ヒウタくん、こんな朝にトアオちゃんが起きていると思う? 一応アポ取ってくれてるみたいだから入れてあげるけど」
「ありがとうございます」
「トアオちゃん、起きるのは夕方だろうね。長期休暇始まっちゃったし」
「ごめんなさい」
「どうせ勘違いでしょ? あたしには分かるけど、そうだとしても傷つくものだから。シュイロさんとヒウタくんは決して恋愛関係ではない」
「それを伝えに来ました」
運ちゃんの表情が変わった。
ヒウタを突き刺すような鋭い目付きになる。
運ちゃんは玄関の扉を閉めてしまった。
「それだけなら来ない方がいい。ヒウタくんのためにも、トアオちゃんのためにも」
運ちゃんは扉の向こうで扉に背もたれして腰を下ろす。
ヒウタは引き返すわけにはいかない。
「あたしが好きになった人だから、トアオちゃんに譲ったのに。がっかりかな」
運ちゃんの声はヒウタには聞こえない。
運ちゃんよりも先にトアオがヒウタと出会った。トアオは嬉しそうに楽しそうにしていた。
トアオはヒウタに救われ、ヒウタに惹かれていった。
そのうち、運ちゃんもヒウタを好きになってしまったが、トアオのために引いたのだ。
それがこの結果か。
ヒウタはトアオと会った後、好きな人ができてしまった。
カワクロというヒウタの通う大学の先輩で、大学では人気者らしい。
好きな人の出現に耐えながらアプローチをしてきた。
だが、ヒウタがシュイロのために行動し、二人の仲の良さを目の当たりにしてしまって、トアオの心が折れてしまったようだった。
シュイロとヒウタがお似合いに見えてしまったのだ。トアオはシュイロを友人だと思っている。一方で、シュイロが綺麗でスタイルが良くて優しくて、なんでもできる完璧超人であることも知っている。
「僕はトアオさんと話したいです」
「好きな人が迫ってきたら、不幸だと分かってもなかなか拒めないんだよ。だから、トアオちゃんと約束をしていても帰ってほしいって思っている」
ヒウタも鈍感ではない。
運ちゃんはトアオのために、ヒウタにもう会わないでくれと伝えているのだ。
「今日、雪が降るそうだから。明日にかけて積もるかもって。電車も止まるかもしれない。今すぐ帰った方がいい」
ヒウタが見上げると灰色の空が広がる。
冷えた風が吹いてくる。
ヒウタは手を合わせて白い息をかけた。
手袋を忘れてしまったのは誤算だった。
「外は寒い。風邪ひいてしまうよ? 今は家族のもとで暮らしているんでしょ?」
「シュイロさんが借りたマンションにいます」
「実家暮らしの方がまだ良かったのに、どうしてシュイロさんのとこにいるのかな」
ヒウタは下唇を噛む。
トアオに伝えたい言葉はいくらでも用意した。
運ちゃんがトアオの家にいる可能性も考えていた。
それでもここまで拒絶されるとは思っていなかった。
「運ちゃん、通して!」
叫び声。
パチンと激しい音がした。
「トアオちゃん、ヒウタくんは」
「通して。ここは私の家です」
「何を話すの? ここで依存したらトアオちゃんは、」
「通して、運ちゃん。ヒウタさんと話します」
扉が開く。
小柄な少女は、ボサボサなセミロングヘアーで立っていた。
パジャマは皺が多いが、それでも汚ならしくなっていないのは、運ちゃんが世話をしたからだろう。
「なに? 傷ついたトアオちゃんがまともに生活するわけないでしょ? だからあたしが面倒見てた」
「……運ちゃん、ちょっとひどい」
「別に。あたしは向こうでお風呂掃除でもしてるから。なんでも話せばいい」
運ちゃんはエプロンを脱いで行ってしまった。
トアオはヒウタにお茶とお湯を入れたカップ麺を用意して、共に炬燵に入る。
「いろいろありましたね、ヒウタさん」
「はい」
言うことは決めた。
それなのに、手が震えてしまう。
「ヒウタさんがマッチングアプリ登録のときに店舗で会いましたね。それからマッチングアプリでマッチングして、人と会うのが怖くて、何度もドタキャンしていた私に気づいて、私を探してくれましたね」
トアオの声が弱々しく感じられた。
ヒウタはトアオの表情を見る。
違う。
ヒウタはトアオを傷つけたと思った。
気まずいけど伝えたいと思ったから来た。
でもトアオは。
頬を赤く染めて、風呂上がりのような蕩けた表情で、緊張して頭から湯気を出しながら、穏やかな視線をヒウタに向けていた。
丸々とした二重。
「ふふ。私はヒウタさんに怒りません。好きですから、だから。どんな決定でも気にしません。でも二番目にされるくらいなら縁を切れという運ちゃんの気持ちも分かります。ただ惚れた私の負けなので」
カップ麺の蓋を開ける。
蓋に溜まった水滴が合わせながら流れていく。
ラー油を足す。
「僕はトアオさんを利用したことがあります。シフユさんのときとか。シュイロさんとカワクロさんにお願いされたからです」
「知っています。でも気づいたんです。誰がお願いしてもヒウタさんは私を利用したはず。でも私が傷つくなら手を変えたと思っています。それに、最初にオーパーツ探しとして利用したのは私の方です」
トアオはラーメンを啜る。
「僕はシュイロさんとそういう関係ではありません」
「分かっています。お似合いと思っただけです。一番頑張ろうと思えて、自然体で居られる人がきっと一番いい人ですよ」
トアオはヒウタのカップ麺の蓋も取った。
微笑む。
「僕がここに来たのは、トアオさんに会うためです。話すためです。決意を伝えるためです」
「いいよ、ヒウタさん。私を思う存分ふっ、」
思う存分振ってほしい、そう言いかけた。
涙を堪えて、できるだけ余裕そうに。
テーブルに水滴が一つ、二つと溢れる。嘘だ、とトアオは頬をなぞって、その手が目尻まで届く。
乾いていた、最近はよく眠れていないのだ。ボロボロな心で生活すれば肌も少しは荒れる。
なら、この涙は。
「トアオさん、僕と一緒に生きてください。僕にとって、一番いい人が一番自分らしく頑張れる人なら、それはトアオさんです」
ヒウタは何を言っているのか?
トアオは困惑していた。
だが、ヒウタの真剣な表情を見て、その手を取る。
「私はあなたが怖い、」
トアオは笑顔になる。
「怖いくらい、大好きです!」
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