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8章 魅了少女が不安すぎる!『後期』109~122話

その26 ヒウタとトアオⅢ

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 シフユとの勝負内容は以下の通りである。
 大学祭を四つ回ること。
 シフユを含めた四人で回ること。
 シフユ、ヒウタ以外の人物は一人一回しか参加できない。
基本的に二人の人物をヒウタは誘うことになる。
 以上のルールを達成できたらヒウタの勝ち。
 達成できなければシフユの勝ちである。
 ヒウタが勝てばシフユに一つ言うことを聞かせられる。
 シフユが勝てばシュイロたちと絶縁をして好き勝手をするというもの。好き勝手といっても、シフユの元恋人であるミドリを傷つけた罪を償うために命を断とうとしている。同性であるミドリにマッチングアプリで出会うことは重大な規約違反である。そのうえで傷つけたのだから、バイセクシャルであるシフユからすれば自分自身の価値観の揺らぎは想像を絶する。
 だがマッチングアプリの代表であるシュイロはシフユを心配している。
 ヒウタは勝つしかない。
 ただし、今日集めるうちの一人は確実に回収しなければならない。
 理由は簡単である。寝坊する人間だからだ。
「ひ、ひややややや!」
 なんとか大学近くのファーストフード店までやって来たが。
 寝坊する人間こと、『怠惰』少女である麦科むぎしな都青とあおは目の前の人物を見て怯えていた。
 小柄でワンピース姿、小さな肩掛けバッグを持つトアオはじっと丸まったままだ。
「はあ、そんなに私が怖いのかしら。どう思う、ヒウ君は」
 女性にしては背が高くいわゆるモデルのようなスタイルの人物。
 ロングスカートと、灰色と紫色が交互に来る縦編みセーターで合わせている。
 巣桃すもも秋豊あきとよ、『憤怒』少女。怒りやすく怖いところも多いが、それは感情的になりやすいということ。喧嘩が強い。
「でもトアオさんっていつも怯えている印象なので」
 ヒウタは隣の席にいるトアオをじっと見る。
 トアオは顔を赤くすると、覚悟を決めたように目を閉じてヒウタの胸に飛び込む。
 ソファに寝転がるトアオ。
「そうです、私は、私は怯えてるので! ヒウタさんの、その、温もりを要求します! ヒウタさん、ヒウタさん、ヒウタさん」
 トアオは小刻みに震えている。
 昔アキトヨと何かあったのだろうか?
「うへへ、ヒウタさん。ヒウタさんの匂いを合法的に。アキトヨさんが怖いので仕方ないですよね、ぐへへへ」
 トアオは小刻みに震えていた。
 ついでに腰をくねくねと曲げたり伸ばしたりしていた。
 悶えているらしい、ヒウタは溜息を一つ。
「ふーん、面白い人を連れてきたのかな。アキトヨちゃんとトアオちゃん、人付き合いだけは表面上するメリアやカワクロとも違うね。一匹狼の二人、それに相当面白い事情持ち」
 シフユはフライドポテトを齧る。
 ここはフライドポテトを紙の小さい包装に入れて、スパイスをかけてよく振って食べる。
 ブラックペッパーの刺激が鼻孔をくすぐる。
 フライドポテトは指よりも十分に細くてカリッとした食感が楽しい。
 スナック菓子を食べるような感覚と、芋と油の組み合わせが甘みを盛り上げる。
「テリヤキバーガーが一番美味しいかな」
 シフユは起き上がってチーズバーガーを食べるトアオを見る。
 トアオは一歩引こうとしてソファの背に当たった。
「いたたたた。ヒウタさん、私頑張ってますよね。あとで私に優しくしてください、よしよししてください、もちろん良ければですが」
「そう、そうだな。トアオさんにもできれば話してほしいって思ったけど」
 シフユ、アキトヨには聞こえない声で言う。
「分かりました、頑張りますよ。ヒウタさんにポンコツなところばかり見せられません」
 トアオは立ち上がる。
 両手を握って胸の辺りに構える。
「シフユさん、アキトヨさん、今日は私とよろしくお願いします!」
 トアオは息苦しそうに顔を赤くして。
 シフユは口元に手を当てて微笑む。
 アキトヨは後ろを見て一瞬で咳きこむと、ジュースをストローで飲む。
 大学祭に着く。
 アカペラサークルの歌を聞いて、車研究部でエンジンの話を楽しみ、ロケット研究会で大会までの動画を見た。
「ほう、トアオちゃんはモブ男が好きなのね?」
 シフユが言うと、トアオはヒウタの腕を組む。
「その呼び方、少しばかり気に入りません。ヒウタさんは私のヒーローなので」
「悪かったね。ヒウ君と呼ぼうかな」
「私の真似ってことね。どうせ普段はモブ男って呼んでるらしいし、今日だけはモブ君と呼ぶことを許すわ」
 アキトヨが言うと、トアオは下唇を噛む。
 トアオにはアキトヨに口出しをする勇気はないらしい。
 ヒウタにもないが。
「で、好きなのかい?」
「見ての通りですけど? 私のヒーローなので」
「そうか。大変なことになっているね。頑張りなよ、面白いことになってるから。じゃあ、ボクの負けでいいよ。勝負もここまで。モブ君、私が一つだけ言うことを聞いてあげる。どうする?」
「シフユさんに教えてほしいことがあります」
「面白いかな」
「恋ってどこまでが許されますか?」
「今聞くなら最も相応しいかもしれない。けどさ、ボクには分からないよ。だからこんなことになってるんじゃないかな」
「同性同士の結婚とか……」
 ヒウタが言うと、シフユの眉がピクリと動く。
「あり得ません。少なくとも子どもは作れませんし日本の法律も認めていません。それに準じて、シュイロさんのマッチングアプリでは同性とマッチングすることを認めていません。ですが、シュイロさんだって、それこそミドリさんだって個人としては認めていた。それでも結婚はできない」
 ヒウタは唾を飲み込んで喉を鳴らす。
 続けて。
「どこまで許されるべきだと思いますか? 全員同性婚をすれば人間なんてものは百年足らずでこの世からいなくなります。多数の人間からすれば不正解です、同性間の恋愛というものは。それに僕もどうしても誰も傷つけない結末を恋愛が求めているようには思えない。傷ついて、でもまた立ち上がれる。もう無理ですか?」
「どこまで許されるか? そうだね、私は倫理の話がしたい。私は許されない、罰を抱えきれない。そう思うよ。じゃあね、モブ君」
 シフユと分かれた。
「ヒウ君、意外とあっさり返すのね。私は説得でもすると思っていた。何かある?」
「鋭い、アキトヨさんの言う通りだよ。シフユさん、怒るだろうな」
「ねえ、ヒウタさんって思ったより怖い? 優しいからこそだって思うけど」
「私はだね、ヒウ君は弱いってずっと思ってた。でも水族館で強いところを見て友達になっておこうって思って」
「え? アキトヨさん、ヒウタさんとデートしてる! 私、こんなに綺麗な人とデートしてるなんて聞いてない! シュイロさんが手配したってことじゃなくてヒウタさんが直接誘っていたってこと? ええ、嫉妬です!」
「あ、私友達だからそういうのは大丈夫かしら。でもね、あのときのヒウ君は格好良かったけど?」
「そんなこと言わないでください!」
 アキトヨはトアオの頭を撫でる。
「格好良いところ聞きたくないの? もっと好きになるかもね!」
「ずるいです、気になる。アキトヨさん。……ってアキトヨさん。アキトヨさん話しやすい、怒る怖いってイメージなのに!」
 ヒウタは楽しそうに話す二人を眺める。
 頭を掻いた。
 二人は仲良くなれそうだ。
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