104 / 162
8章 魅了少女が不安すぎる!『前期』90~108話
その13 ヒウタとお菓子の儀式
しおりを挟む
「一応私が勝ち?」
ビンゴゲームは早くビンゴした人から景品を選ぶシステムになっている。
最新ゲーム機や温泉旅行券などもあるが、ヒウタが最後の景品をもらうことになってカワクロ、ヒウタの順でビンゴになった。カワクロは駄菓子の詰め合わせ、ヒウタは入浴剤の詰め合わせをもらった。
「そうですね」
「ほら、私の幸運」
「誤差では?」
「そうなの。でも一番と二番にはそれはもう想像できないほどの差がある」
カワクロは天を指差す。
「それはトップの話でワースト一と二には差がないと思いますよ?」
「でも勝ちなの」
「そうではあるけど」
続いて、パティシエが作ったクッキーである。
箱に入っていて四種類のクッキーが入っているらしい。パティシエが一枚ずつ焼いて作ったもので、手作業であったため相当な額が使われているだとか。
仮装して、『トリックオアトリート』と言えばもらえることになっていて、大赤字を生む一因であった。
カワクロが涎を垂らしながら目をキラキラと輝かせているのを見ていると、シュイロが赤字を覚悟してまでお菓子を用意する気持ちも分かるかもしれない。
「ほらほら。シュイシュイは私のことが大好きなの。私の提案なの!」
シュイシュイとはシュイロのことである。
「どうしてクッキーをもらってからダンス、後夜祭なんですか?」
「お菓子を一人でも多く渡したいから。シュイシュイは赤字でイベントをするのが好きなの。今、変って思った?」
「シュイロさんについてはずっと変だって思ってますけど」
「そっか」
「赤字の話ばかりで雇われてる僕が心配になりますよ?」
「ただ普段の利益で全体としては黒字。そこにシュイシュイの真髄がある。ってことで食べるの! ふわあ、ほわあ」
カワクロは両手の拳を握って胸の辺りに近づける。目がうるうると潤っていた。というか肌のつやも良くなっていて全身から光を放つのではないのかと思えてしまう。
列に並ぶ。
カワクロは後ろに並ぶヒウタを見る。
「果たしてヒウタの分はあるか、なの」
「え?」
「元々ダンスから参加するならこのお菓子配布は不参加だと思うなの」
「え?」
ヒウタは背中に冷たい汗を感じた。
カワクロはおかしそうにプッと吹き出して笑った。
「シュイシュイに聞いたら私が受け取ってほしいって言われたの。だから本人が並んで受け取っても問題ないから」
ヒウタはホッと胸を撫で下ろす。まだ心臓が鳴っている。
悪いことをしているような気分になっていた。
どうやらカワクロが事前に話をしてくれたのか。
「そういやスイーツパーティみたいに全部私の! とか言わないんですね」
「買うわけじゃないからなの。個数制限なくてお金を出せばいくらでも買える場合は私が食べるだけ買うなの」
「まともですね」
「私をどう思ってるの?」
ようやくカワクロとヒウタの番が来た。
ケーキが入っているような持ち手付きの白い箱はずっしりと重かった。
カワクロは待ちきれないようで既に食べ始めて頬にクッキーが崩れた粉を付けている。
ヒウタはその様子を見ると、気づいたように離れる。
クッキーを持って踊るわけにはいかない。
相談口に戻る。
女性スタッフ二人がビニール袋を眺めていた。
「ビンゴ?」
「はい。入浴剤が当たりました」
「ゲーム機も温泉旅行券も間に合わなかったのか。残念だね」
「お、クッキーじゃん。私たちは後でもらうんだけど、中見てもいい?」
「いいですけど、僕はダンスの準備なので」
「いってらっしゃい」
「青春だねえ」
女性スタッフは感慨深げに呟く。
ヒウタよりは年上だろうが二人とも大学生である。
何を言ってるんだか。
「行ってきます」
ヒウタはダンス会場まで。喧騒がヒウタを焦らせる。
スマホを取り出してメッセージを見る。
『ヒウタさん一時間は遅れます』
果たしてトアオは来るのだろうか?
それは神のみぞ知る。
「始めは私でどうよ?」
「口にクッキー付いてますよ」
「何それ。恥辱を受けた、ヒウタのクッキーももらうの」
「駄目ですが」
ヒウタが応えると司会者が声を上げる。
仮面を付ける。
バイオリンとピアノの音、透き通った音律が会場に広がっていく。甘美な音が耳を満たす。カワクロはヒウタの手を取って足でステップを踏む。それが上手いものではないだろう。きっとここで踊る人たちはダンスが上手いわけではない。これは儀式だ。身体中を包む音楽に身体を浸すための儀式だ。人と人との出会いを色づける、時間を彩って象るための儀式だ。非日常を切り取って日常に貼るための儀式だ。
ヒウタもカワクロに合わせる。手の温もりを感じて一瞬遅れて躓きかける。
カワクロの歩幅は小さい、自分ではない存在、自分にはない存在。
くるくると回るようにステップを繰り替える。
夏のような熱気が会場を溢れる。
「ヒウタ、そんなもんなの?」
「どうだろ?」
カワクロが挑戦的に言うものだから、ヒウタは余裕そうに応える。
ステップを速くする。ヒウタが息を切らすとカワクロは楽しそうに笑う。ヒウタはやり返したくてカワクロをふわりと浮かばせる。カワクロの足が床を離れる、そしてまた離れる。カワクロは顔を赤くした。
「やるなの。ただまだまだ」
「僕だって」
なんてカワクロはステップを速めると、ヒウタはカワクロを持ち上げて回す。
ついにカワクロはバランスを崩してヒウタの手から離れる。
すぐに床に頭を衝突させんとして、慌ててカワクロの腰に手を回すようにしてヒウタが支える。
「危ないっ」
「うん。ヒウタ、私は負けてないなの。けどこれ以上は怒られるなの」
「そうですね、気を付けます」
音楽が変わる。どうやら交代らしい。
次はピエロの格好の女性、続いて自前だろうか悪魔のような格好の女性と踊った。
カワクロのように無茶をし合うわけではなかったが、上品な音楽の中で踊るのは身体も温まって楽しかった。
だがまだトアオの姿はない。
ビンゴゲームは早くビンゴした人から景品を選ぶシステムになっている。
最新ゲーム機や温泉旅行券などもあるが、ヒウタが最後の景品をもらうことになってカワクロ、ヒウタの順でビンゴになった。カワクロは駄菓子の詰め合わせ、ヒウタは入浴剤の詰め合わせをもらった。
「そうですね」
「ほら、私の幸運」
「誤差では?」
「そうなの。でも一番と二番にはそれはもう想像できないほどの差がある」
カワクロは天を指差す。
「それはトップの話でワースト一と二には差がないと思いますよ?」
「でも勝ちなの」
「そうではあるけど」
続いて、パティシエが作ったクッキーである。
箱に入っていて四種類のクッキーが入っているらしい。パティシエが一枚ずつ焼いて作ったもので、手作業であったため相当な額が使われているだとか。
仮装して、『トリックオアトリート』と言えばもらえることになっていて、大赤字を生む一因であった。
カワクロが涎を垂らしながら目をキラキラと輝かせているのを見ていると、シュイロが赤字を覚悟してまでお菓子を用意する気持ちも分かるかもしれない。
「ほらほら。シュイシュイは私のことが大好きなの。私の提案なの!」
シュイシュイとはシュイロのことである。
「どうしてクッキーをもらってからダンス、後夜祭なんですか?」
「お菓子を一人でも多く渡したいから。シュイシュイは赤字でイベントをするのが好きなの。今、変って思った?」
「シュイロさんについてはずっと変だって思ってますけど」
「そっか」
「赤字の話ばかりで雇われてる僕が心配になりますよ?」
「ただ普段の利益で全体としては黒字。そこにシュイシュイの真髄がある。ってことで食べるの! ふわあ、ほわあ」
カワクロは両手の拳を握って胸の辺りに近づける。目がうるうると潤っていた。というか肌のつやも良くなっていて全身から光を放つのではないのかと思えてしまう。
列に並ぶ。
カワクロは後ろに並ぶヒウタを見る。
「果たしてヒウタの分はあるか、なの」
「え?」
「元々ダンスから参加するならこのお菓子配布は不参加だと思うなの」
「え?」
ヒウタは背中に冷たい汗を感じた。
カワクロはおかしそうにプッと吹き出して笑った。
「シュイシュイに聞いたら私が受け取ってほしいって言われたの。だから本人が並んで受け取っても問題ないから」
ヒウタはホッと胸を撫で下ろす。まだ心臓が鳴っている。
悪いことをしているような気分になっていた。
どうやらカワクロが事前に話をしてくれたのか。
「そういやスイーツパーティみたいに全部私の! とか言わないんですね」
「買うわけじゃないからなの。個数制限なくてお金を出せばいくらでも買える場合は私が食べるだけ買うなの」
「まともですね」
「私をどう思ってるの?」
ようやくカワクロとヒウタの番が来た。
ケーキが入っているような持ち手付きの白い箱はずっしりと重かった。
カワクロは待ちきれないようで既に食べ始めて頬にクッキーが崩れた粉を付けている。
ヒウタはその様子を見ると、気づいたように離れる。
クッキーを持って踊るわけにはいかない。
相談口に戻る。
女性スタッフ二人がビニール袋を眺めていた。
「ビンゴ?」
「はい。入浴剤が当たりました」
「ゲーム機も温泉旅行券も間に合わなかったのか。残念だね」
「お、クッキーじゃん。私たちは後でもらうんだけど、中見てもいい?」
「いいですけど、僕はダンスの準備なので」
「いってらっしゃい」
「青春だねえ」
女性スタッフは感慨深げに呟く。
ヒウタよりは年上だろうが二人とも大学生である。
何を言ってるんだか。
「行ってきます」
ヒウタはダンス会場まで。喧騒がヒウタを焦らせる。
スマホを取り出してメッセージを見る。
『ヒウタさん一時間は遅れます』
果たしてトアオは来るのだろうか?
それは神のみぞ知る。
「始めは私でどうよ?」
「口にクッキー付いてますよ」
「何それ。恥辱を受けた、ヒウタのクッキーももらうの」
「駄目ですが」
ヒウタが応えると司会者が声を上げる。
仮面を付ける。
バイオリンとピアノの音、透き通った音律が会場に広がっていく。甘美な音が耳を満たす。カワクロはヒウタの手を取って足でステップを踏む。それが上手いものではないだろう。きっとここで踊る人たちはダンスが上手いわけではない。これは儀式だ。身体中を包む音楽に身体を浸すための儀式だ。人と人との出会いを色づける、時間を彩って象るための儀式だ。非日常を切り取って日常に貼るための儀式だ。
ヒウタもカワクロに合わせる。手の温もりを感じて一瞬遅れて躓きかける。
カワクロの歩幅は小さい、自分ではない存在、自分にはない存在。
くるくると回るようにステップを繰り替える。
夏のような熱気が会場を溢れる。
「ヒウタ、そんなもんなの?」
「どうだろ?」
カワクロが挑戦的に言うものだから、ヒウタは余裕そうに応える。
ステップを速くする。ヒウタが息を切らすとカワクロは楽しそうに笑う。ヒウタはやり返したくてカワクロをふわりと浮かばせる。カワクロの足が床を離れる、そしてまた離れる。カワクロは顔を赤くした。
「やるなの。ただまだまだ」
「僕だって」
なんてカワクロはステップを速めると、ヒウタはカワクロを持ち上げて回す。
ついにカワクロはバランスを崩してヒウタの手から離れる。
すぐに床に頭を衝突させんとして、慌ててカワクロの腰に手を回すようにしてヒウタが支える。
「危ないっ」
「うん。ヒウタ、私は負けてないなの。けどこれ以上は怒られるなの」
「そうですね、気を付けます」
音楽が変わる。どうやら交代らしい。
次はピエロの格好の女性、続いて自前だろうか悪魔のような格好の女性と踊った。
カワクロのように無茶をし合うわけではなかったが、上品な音楽の中で踊るのは身体も温まって楽しかった。
だがまだトアオの姿はない。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?
ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる